第三章 綻びの足音

 ただとても古いものことだけはわかった。
 永く読まれていないのか、表面に薄く埃が積っていた。
 珠紀は腰を折り、片腕で三毛猫を胸に抱えて、もう片方の手を床に伸ばす。
 あと少しで書物に届きそうなところで、珠紀の心臓の鼓動が大きくドクンと脈打った。手が書物を取るのを躊躇するようにわずかに手が引っ込み動きを止めた。
『なぜ……』
 声にならない声。さっきも聞こえたあの声。
 とても、暗く、恨めしい、悲しい声だった。
 頭の中をテレビの砂嵐の白黒の画像とノイズが一瞬横切る。軽い頭痛も共に横切った。
 声も聞こえてこなかった。
 一つ、大きな息をついた。
 一瞬のことだった。珠紀自身、身体がそんな反応をしたのかわからなくびっくりする。
 まるで身体が書物を取ることを、全身で拒んだかのように。
 小さく首を振り、考えを打ち消す。
(気のせい、だよね……)
 そう思うことにして、あらたまって書物に手を伸ばす。
 今度は身体の異状も声もなかった。
 何事もなく、書物に手が届き、手にすることができた。
 そして、何事もなかったかのように書物を棚の元あった所に仕舞った。
「あ、もう夕方……」
 小窓から見る空は、薄く茜色がかっていた。
 どれくらい、そうしていたのだろう。外は夕方が迫っていた。
「夕食の準備しなきゃ」
 今日、夕食の当番のことの思い出し、小窓を閉めて外にで、蔵の扉を閉める。
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