第三章 綻びの足音

 しかし、蔵の中には入り口や小窓から差し込む陽光と──珠紀のほかには、なにも見当たらない。
 あれっと軽く首を傾げ、空耳かと思い棚に向き直ったところで、再び今度ははっきりと声が聞こえた。
『なぜ……』
 その声は、最近見る夢に出てくるあの男のものだ。
 とても、暗く、負の感情が含まれた、悲しい声だった。
 もう一度聞こえるかと思い、息を潜めて待つ。
 だが、それ以降、声が聞こえることはなかった。安堵の息をつく。
 途端、背後でバサリと物が落ちた音がした。身体が小さく跳ね、恐る恐るゆっくり振り返った。
 背後に一冊の書物が床に落ちていた。
「ミャー」
 目線を上に上げると、いつの間に入って来ていたのだろう。
 珠紀の目線の位置と同じくらいの高さの棚の空きスペースに、三毛猫がいた。
 三毛猫は尻尾をブンブンと振りながら、珠紀を見つめている。
 珠紀にはまるで、悪戯が成功して喜んでいるように見えた。息をつく。
「もー。驚かさないでよ、こころ……」
 珠紀の言葉に、三毛猫は「ミャ」と不思議そうに首を傾げて、尻尾を振っていた。
 書物が落ちた所に行き、自分の目の高さの棚の空きスペースにいる三毛猫を棚から降ろす。
 その手で抱き抱え、床に落ちた書物に目をやる。
 それは、和綴じのボロボロの書物。表紙は擦り切れ、表題は墨が滲み、古びてしまって読めなくなっている。
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