第一章 季節外れの転入生

『逃げてください……』
 やっと、声を絞り出す。小さく震える声音だったが、全身全霊を込めて紡いだ。男を逃がそうとしていた。
 自分が、なぜそうしようとしているのかわからないが。
『逃げてください。逃げて、逃げて、逃げ続けなさい。それが、私と貴方の罰です』
 精一杯の、きっぱりとした声で言う。
 男はまだなにか言いたそうだが一瞬きつく睨みつけ、暗闇の中に姿を消した。
 そこで彼女の意識は、途切れた。
 春日珠紀は、自分の身体が跳ねたことで目が覚めた。
 ゆっくり辺りを見回し、見慣れた天井を見てそこが自室なのだとわかった。
 当たり前だが、珠紀のほかに誰もいない。
 なんだか小さく胸がざわつく。
 夢から覚めたのに、まだ胸がざわついていた。
「変な夢……」
 脳が夢から現実に覚醒していくに連れ、胸のざわつきも治まっていった。
 上体を起こし、布団から出て立ち上がった。
 窓辺に近づき、窓を開ける。
 見上げる空はいつもと同じどこまでも青く、白い雲が広がっていた。
 冬の空気は冷たく澄んでいる。
 とても清々しい気分になる。
 息をつくと、息が白い。
 今日もまた、一日がはじまる。
 大きく背伸びして、気分を切り替える。
「ニー」
 後ろを振り返ると、布団の中からオサキ狐が不満そうに鳴き声を上げている。
 寒い空気が部屋に入ったことで、寒いから窓を閉めろと言わんばかりに抗議の催促。
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