🎻・🎼『とある御夫人の想い出話』

 そこには、最愛の夫と夫に瓜二つの愛息子がご帰宅していた。
「ただいま香穂子、真莉亜。途中で風に吹かれた。少し雨で濡れてしまって、なにか拭く物をたの──」
「はい、真莉亜。こうでーす」
「……?」
 夫が持っている傘を手に取り広げて、ピトッと笑顔で彼に身体を寄り添い、娘にあいあい傘を披露した。
 帰ってきて早々、当然のことながら状況が飲み込めない蓮は頭に疑問符を浮かべる。
 なぜ玄関で、しかも屋内で、あいあい傘をしているのだと、そのまま黙って、最愛の妻に顔だけを向けた。
 自分に寄り添い頬を赤く染めて満ち足りた幸せな表情のかわいい愛妻に、そんな疑問などは霧散し、蓮もまた同じ満ち足りた幸せな表情を浮かべた。
「よくわからないが、嬉しいよ香穂子……」
「蓮……私も……」
 傘の中で甘く囁く蓮と香穂子は、さらに身体同士を隙間なく密着させた。
 それを見て、真莉亜はぱああっと顔や目を輝かせた。
「香穂子……」
「蓮……」
 子供たちの存在を忘れ、二人だけの空間を作り、愛おしくお互いの名を囁き合う。
 人目を憚らず、目の前で、甘々なピンク色の世界を広げる両親を──。
「まりあ……もしかして、あんなおとなになりたいの……?」
「うん! おにいちゃん!」
 感動と興奮でキラキラと目を輝かせ憧れの眼差しで食い入って見つめる妹の隣で、対し双子の兄は冷静を通り越した冷然な目で見つめるのだった。


──終わり。
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