🎻・🎼『とある御夫人の想い出話』

 それを見ていた娘が、母に倣い窓の外に目をやり尋ねてきた。
「あめもおもしろいの?」
「うん。そうね──ちょうど、この時季」
 文化祭が終わって少し経った、学校の下校時。
 あの時も、今みたいに雨が降っていた。
 傘を持っていなかった彼と、居合わせ自分の傘に入れてあげた。
 それでさり気なく、彼は傘を持ってくれたことがまた嬉しくて。
 途中、本屋に寄って少し買い物して店を出たら雨は上がっていた。なんだか、残念な気持ちになった。その理由はその時はわからなかった。
 「道すがら何か買ったのか?」と聞かれ、お世話になってる人と答えたら。
「──そしたらおとうさん、なんて言ったと思う?」
「ん~~~~……」
『……一つで足りるのか?』
「──って。悪気がないところが、また失礼だよね」
 悪態をつくが、それも今では、いい思い出で香穂子は笑う。
「もし付き合っていたら、完全にあいあい傘だったわねぇ」
 香穂子は笑って付け足す。
「ねえねえおかあさん、あいあいがさってなあに?」
「それはね──」
 玄関の扉が開く音に気づく。香穂子は、閉めてあるリビングの扉の方を向く。
「あらちょうど、蓮とらんが帰ってきたわね」
 膝の上から娘を降ろす。
 椅子から立ち上がってリビングの扉の前で人差し指を唇に当て、笑顔で娘に振り返る。
「今見せてあげる」
 二人で玄関へ出迎えに向かった。
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