🎻・🎼『とある御夫人の想い出話』

 三年生にだけかけるつもりが、勢いあまって彼にもかけてしまい。
「おかげで、おとうさんまでずぶ濡れ!」
 香穂子は懐かしげに笑う。
「じゃあ、どうしておとうさんをすきになったの? どうしてけっこんしたの?」
 娘の言うことは最もで、そう思うのは当然だ。誰だって、そんな悪印象からどうして互いに想いを寄せ、結婚に至ったのか謎に思うに違いない。
「おとうさんのほかにも、いいひといっぱいいたんでしょ?」
 容姿は自分似なのに、こういうはっきりとものを言うところは夫そっくりで、香穂子は苦笑する。
「そうね。確かにいたよ」
 約二名、某腹黒先輩と某自分のファンと言う同級生は置いとくとして。
 同級生の土浦くん。三年生の火原先輩。一年の志水くん。クラスにもいい男子はいた。
 土浦くんには、告白までされた。
 どうして好きなったのかと問われても、自分自身にもそんなの明確な理由はわからない。
「なぜかってわからない。でも、好き」
 気づけば最近、彼のことばかり考えていた。
 でもよく考えたら、最近──って言うのは違った。
 もし、理由があるとするなら──。
 恐らく、初めて彼のヴァイオリンを聴いたあの時から、ずっと……。
 言うことはきついし。堅いし。冗談は通じないし。すぐ怒るし。無愛想だし。
 絶対に、あり得ないとも思っていたのに──。
「それでも、おとうさんを好きになった」
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