Caligula

シュガー・プラネット(主鍵)

2018/05/16 21:56
主鍵
 
「君、案外難儀な子だよね」
「うるさいなぁ」
「……最後まで聞きなよ。そこがいい。それがいいんだ」

わずかな嫉妬や同族嫌悪が入り交じる好意に砂糖のような欲を無理矢理ぶっかけて、それを恋だなんて呼ぼうとしているのだ、この少年は。そんなもどかしくていじらしくてたまらないちいさな生き物と、放課後の部室でキスをするのは僕にとって特別なことだった。窓から差し込む夕焼けは、椅子も机も鍵介の髪も、棚に詰め込まれて埃を被ったメトロノームも、あらゆるものの輪郭を甘く溶かすジュースのようなオレンジ色だ。部員が集まってわいわい騒いでいれば少し手狭なくらいに感じられる音楽準備室も、ソファで肩を寄せ合うふたりきりの僕らには、広すぎる。

「ん、……」
「僕はね、君のことが好きだよ。すごくかわいいと思ってるし」
「ぜんぜんかわいくないですよ。生意気だし」
「ふふ」
「今の自分には不釣り合いなくらい、理想ばっかり高くて、空回りして」
「ふふふ」
「なんで笑うんですか」
「いや、やっぱりかわいいよな、君」

ぽんぽんと頭を撫でながら前髪に隠れた眉間に寄っていた皺を親指でぐりぐりと揉んであげれば、くすぐったくなったのだろうか、やがて鍵介はへらりと相好を崩した。本来出会うはずのなかった16歳の彼は、僕が恋をした彼は、やがてこの女神の生んだ白昼夢の世界とともに消えてしまう。それは、少しだけ寂しいことだけど。

「それでも僕は、そんな難儀な君が難儀なままでいいから大人になるのを、そばで見てたいんだよね」

だからこれって恋なんだよ。そっと指を絡ませた手をぎゅっと握り返されたので、僕は黙って目を閉じる。初めて鍵介の側からされるキスだった。遠慮がちに触れてきた唇だけは、何よりも確かな、本物の熱を帯びていて、この瞬間、世界は僕らのものだった。



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