Caligula

好きになれたらどんなに楽か(主琵琶)

2018/04/20 15:05
主琵琶
 
「先輩が俺とふたりきりでいて機嫌いいとこ見たことない」
「それって言い換えると、君が僕の機嫌を損ねるようなことしかしないんじゃないか?」
「ああ、ほら、もうさっそく不機嫌じゃんか」
「君がチャイムを鳴らした時点で既に不機嫌だよ」

気づいていなかったのか、と、ソファへ組み敷かれたままの先輩は笑ってみせたので、俺は「うん、ぜんぜん」と正直に答えた。大人の男ってやつも大変なんだなあと他人事のように思っていると、先輩は俺がソファに突いた手をそっと取り、爪の先にキスをする。柔らかな唇が爪の表面に吸い付く度、ちゅっ、と可愛げのある音を立てるのがなんというか、そう、滑稽。先輩が口を小さく開いてそこに俺の指を招き入れようとした寸前に、俺はすっと手を引いた。向こうのペースに巻き込まれるのは嫌だ。

「……ありがと。そういうとこ好きだよ」
「そう、それはどうも」
「? ……、ぐえっ」

つまらなそうな顔をしている、と、思った途端だった。どすっと鈍い衝撃が背筋を走り、俺は思わず潰れた声を漏らす。座面に収まりきらず、先輩がソファからだらりと投げ出していた長い脚を、勢いをつけて持ち上げ俺の腰に回したのだ。先輩は信じられないほどの力で、覆い被さる俺を自分に向かってぐいぐいと抱き寄せようと(脚でも抱くって言うの?)する。

「ちょ、」

人の良さそうな顔をしてるくせに意外と足癖が悪くて、優等生には似合わない、イコール俺が大好きな、ちょっと下品な煽り方だって知ってる。悪くないシチュエーションだが、相手はそれなりの体格をした男なので、如何せん重くてたまらないのだ。多分、かなりの力を入れておもしろがってやっているので、あ、やばい、折れそう、

「いてててて、重い、痛い、許して」
「だめ」

抵抗も虚しくそのままぐっと引き寄せられ、先輩の上に折り重なるように崩れたところで「愛してるよ」なんて囁かれたので、思わず笑ってしまった。耳を擽る声こそ甘いけどその中身は空っぽで、まるで箱だけキレイな過剰包装の粗悪品だ。背中を撫で上げた指先はすぐに壊れる出来の悪い露店のオモチャみたいで、躊躇いも遠慮も無く触れあった唇からは安くて甘ったるい砂糖の味がして、結局、この男をみっともなく泣かせてやりたいという気持ちで頭がいっぱいになってしまう。

「……バカみてぇ」

返事の代わりに、くしゃりと髪を撫でられた。「どっちが?」なんてわざわざ聞かないのが、この男の賢くて、厭らしくて、憎くて、どうしようもなくうらやましいところだった。


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