Caligula

ひとりよがり、ふたりあそび(主琵琶)

2018/02/22 13:17
主琵琶

まるで、逸る気持ちを抑えながら青いリボンをゆっくりとほどいて、落ち着いた色合いの包装紙を剥がして、現れた真っ白なプレゼントボックスの蓋に指をひっかける子どものような。彼の首元を守るスカーフをするりと引き抜き、続けてベストとシャツの前を開ける自分の手つきが、存外にやさしいものになってしまったことに思わず苦笑した。ぐったりと目を瞑る彼の丁寧に暴かれた胸元は、ゆっくりと規則的に上下している。つまり息をしている、それはイコール生きているということだった。そんな当たり前のことが嬉しかった。
「なんか、お魚みたいだよね」……まな板の上の、という言葉は省いてみせたものの、彼のとてもとても出来のよい頭はすぐさま発言の意図を見抜いてしまうようで、「喩えに品がないな」なんてぴしゃりと言い返されてしまった。この間、なんと僅か一秒。人当たりの良さそうな笑顔を湛えたこの琵琶坂永至というお兄さんは、実のところ俺に対してはけっこう手厳しい。じゃあ花にでも喩えてあげればよかったの、華やかで弱くて人を惹きつけて離さなくて情けなくてとても良い匂いがして、水をもらえなければ明日には枯れちゃう花にでも。そう思いながら彼の長い指を飾る銀色の環を、俺はひとつひとつ抜き取ってはベッドの下に落としていった。かつん、かつんと、金属がフローリングの床に当たる固い音が響く。

「なあ、そんなことは自分でやれるよ」
「俺にやらせてよ」
「というかやめてくれ、さっきから適当にポンポン放り投げて、なくなったらどうするんだ」
「そんなに怒んないでよ……代わりにいいものあげるからさ、永至」

名前を呼んで、左手薬指の根元に軽く歯を立てる。指をぐるりと囲むように残った俺の歯形を見て、永至先輩は「うわぁ」とでもいうような顔をした。というか、しばらくして実際に言った。

「うわ……いったいどこで覚えてくるんだい、こういうの」
「えへへ、まあろくでもないオトナたちを見て育ったもんで……俺のお母さんの話、聞く? ハランバンジョーってやつだよ、超面白いよ」
「結構だ、深入りはしない主義でね。……それはさておき、これは純粋に興味があってする質問なんだが、君はこれで僕が喜ぶと思ったのか?」
「全然。むしろキレるかな、くらいには」
「それはどっちに対して? 痕をつけたこと?それとも名前を呼び捨てにしたこと?」
「どっちも……」
「……、ふぅん、それはちょっと残念かな。そこまで心が狭くはないつもりでいたのだけれど、君にはそうは見えなかった?」

諦めのようにも、俺の答えに興味を失ったとも取れるような曖昧なため息を漏らした永至先輩は、やがて何も言わなくなってゆるりと目を伏せてしまった。あなた笑ってない時のほうがきれいですよね、なんて言ったら今度こそ彼は怒るだろうか。でも愛想笑いを続ける瞳の奥から侮蔑の色が染み出してくる様は、蕾がゆっくりと綻んで毒の色をした花びらを開かせる姿にきっとよく似ている。

「まあそれはともかく、えっと、今から永至先輩のことを抱きますが」
「うん、よくわかってるよ。不本意ながら」
「痛かったら言ってね」
「言うとどうしてくれるんだ?」
「先輩が痛がってるのがすごくよくわかって、俺が喜ぶ。ウキウキする」
「やさしくするよ、とかじゃないのか、つくづく最低だな君は!」
「まあねー」
「だったら口が裂けても言わないよ」
「あは、何それ優等生ジョーク?」
「……」
「戦ってるときの永至先輩、どんな顔してるのか見せてあげたいなぁ……、まあでも、いいよ、そういうの嫌いじゃない」
「……はいはい、どうも」

ひたり、と指先で触れた胸元はわずかにしっとりと汗ばんでいて、鼓動も少しだけ早まっていて、シーツに縫い止められた自分より背の高い男のことをつい「かわいい」だなんて思ってしまった。それは出来のいい昆虫標本に対して抱く感慨のようなもの、なのだろうか。とにかく早いところ滅茶苦茶にしてあげて、さっき床に落とした先輩の指輪がひとつ、ころころと転がって部屋の隅の「死ぬほど散らかってるゾーン」の中へ入っていってしまったことを、謝っておこうと思った。

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