Caligula

怠惰の食卓(主琵琶)

2018/02/23 14:10
主琵琶

「博愛?とかそういうの信じられないし、きらいだよ。世界で一番ね」
「そうかい?僕はいいと思うけどね。実現可能かはさておき、平和で甘ったるくて無価値で無害で不平等、耳触りだけなら抜群に良い素敵な言葉だ」
「ああ、うん、ごめん、やっぱり世界で二番目だ。一番は先輩にあげる。そういうとこ本当に大っ嫌いだよ、かわいくてかわいそうなお兄さん」
「はいはい、慎んでお受けしますとも……君、タバスコとか要る人?」
「いらない」

本当はもっと凝ったものを作りたかったのだけど、と実に白々しい前置きを経て俺の前に置かれた白い皿にはナポリタンのスパゲッティが載っていた。たっぷりのケチャップでつけられた子どもっぽくて大雑把で濃い味が眼前の男の端正な顔とどうにも不釣り合いで、自然と口元が緩んでしまう。俺がフォークにくるくると巻き付けた真っ赤な麺のかたまりを三度口に運ぶ間に、先輩は二度、グラスの水を口に含んだ。「そんな服で料理して、汚しちゃったりしなかった?」問うと、彼はにこにこと笑って小首を傾げて見せる。さすがはMr.パーフェクト、そんなのは愚問だと言わんばかりの甘ったるくて無価値で無害な笑みだと心の中で拍手喝采。ひどく蠱惑的な唇がゆったりと弧を描く瞬間にも、彼が身に纏う汚れひとつないシャツはただひたすらに嘘くさいほどの潔白と懺悔と、そして博愛を主張していた。滑稽だ。

「ね、キスしていい?」
「何故?」
「したくなった」
「嫌だよ」
「ケチャップ嫌い?」
「別にケチャップは好きでも嫌いでもないんだが、何より君のキス自体が好きじゃないんだ」
なぜ先にそこに思い至らない、とでも言いたげな気だるい視線を送られる。細切れにされたウインナーを口に含むと、先輩の首筋に噛みついた時の味がした。
「世界で何番目に嫌い?」
「言っていいのか」
「うーん」
悩むふりをしながら、テーブルの下でそっと伸ばした足の先で先輩の足の甲に触れる。思わずびくりと震えた手の先、揺れるグラスの水面から俺の顔へ、先輩は順繰りに一瞥をくれて、そして何かを諦めたように目を閉じたのだった。

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