Caligula

なんでもない夜の話(主鍵)

2018/03/22 11:31
主鍵現実

「ねえ……」

修学旅行とかでいたなあこんな奴、と思った。

「ねえねえ」
「……」
「鍵介くん、起きてる?」
「……起きてますよぉ」

眠りに就くのを妨げない程度に、照明を控えめに落とした薄暗い寝室。ベッドに潜り込んでしばらく、僕が少しだけうとうととしながら天井をぼんやり見つめていると、隣で横になっていた先輩に声をかけられた。間延びした返事をしてちらりと目線だけを動かせば、先輩がゆっくりと身体を起こすのが見える。つい先週家に届いたばかり、まだふかふかの寝心地に慣れない新品のベッドが、小さく揺れた。
「ぼくは思うんだけどさ」と、普段より真剣な声で、先輩はひとつ前置きをした。僕はそれに耳を傾ける。

「病めるときも健やかなる時も、とか言うけど」
「? ……はあ」
「ぼくたち、メビウスで出会った時点でそれなりに病んでたっていうか、まあいろいろ限界だったわけじゃん」
「……そうですね」
「それでも、この人なら大丈夫と思って一緒になって、こうして現実での生活もなんとか立て直して、ふたりで暮らすところまでたどりつけた。なので……」
話を続けながら僕に背中を向けた先輩の手元から、ごそごそ、と何かを探るような音。僕も起き上がって、彼の背中から身を乗り出してみようとしたところで、先輩がこちらに向き直った。
「先輩?」
「きっと、これからもずっと一緒にいられるんじゃないかな、と思う。だから、よろしくおねがいします」

するりと通された細身のシンプルなシルバーは、僕の左手薬指にぴったりと絡んでいた。それをじっと見つめること、数秒。……こちらこそよろしくおねがいしますとか、ありがとうございますとか、色々言うべき言葉はあるはずなのに、ほんのり微睡みに浸かり始めていた僕の口から出てきたのは、

「…………なんで、このタイミングで?」
「だって……」

だって明るいと恥ずかしいじゃん、なんて。本当に恥ずかしそうに、薄暗い部屋でも分かるくらい顔を赤くして、今にも消えそうな声で答えるので、思わず吹き出してしまった。背中を震わせて笑いながら、僕も同じように、いや、きっと先輩以上に真っ赤になっているであろう顔を枕で隠しながら、ああ本当にこれでよかったんだ、と思った。

あと五秒、いや、あと十秒だけ。思う存分笑ったら、ありがとう、とお礼を言って、彼の真っ赤な頬にキスをするんだ。

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