Caligula

いきかたの、びがく(主人公とソーン)

2018/03/19 10:22
主+ソーン

「ねえねえ、世間話していい?」
「どうぞ。あまりにつまらない話なら適当に聞き流すわ」
「それだと俺のひとりごとになっちゃうなあ。まあいいか、聞いてよ」

だいぶ俺の扱いに慣れてきたのか。ルシードとしての俺の部屋を訪れたソーンとの間に流れる空気は、楽士になりたての頃ほどピリピリしてはいない。紅茶のカップに口をつける時の彼女が少し伏し目がちになることを知ったし、その長い睫毛が顔に影を落とす様子がとてもきれいだということにも気づいた。だからといって、その気づきが好意に繋がるのかと言ったら話は別だけど。これは美しい絵だとか、雄大な景色だとか、きらきらした鉱石なんかを眺めるときの感情に近い。

「恋は生きる力になってくれるけど、突然死にたい理由に変わってしまうのも困りものだよな」
「……どうしたの、急に」
「いや、こないだその手の話でひと悶着あって……ああ、俺じゃなくて、俺の知り合いがね。まあ俺も一応そこに居合わせて、なんとか丸く収めたんだけど、疲れたよ」
「ふうん、そう。大変だったのね。お疲れさま」

特に大変だともお疲れとも思っていなさそうなことは明らかな口調で、ソーンは俺に淡白な労いの言葉をかける。「……そんだけ?」と尋ねれば、「これだけよ」と、これまた平坦な返事。楽士としての活動に支障さえ来さなければ、どこで何のトラブルに首を突っ込もうが個人の勝手だとでも思っているのだろう。しかし細かな規則でギチギチに縛られることが何よりも嫌いな俺にとって、活動方針や定時連絡といった数本の大きなルールの柱を立てる以外は自由、という彼女の適度な放任主義は性に合っていた。
それにしても、だ。俺は今日も無表情を崩さないソーンの顔をちらりと見遣る。その「知り合い」があんたの因縁の相手であり、「ひと悶着」はランドマークから飛び降りて死んでやると喚く女の子との揉め事だったと告げたら。ソーンの表情はいったいどんなふうに歪むのだろうかと、俺は夢想する。さすがに、すぐさま実行に移す勇気はなかったが。

「まあ、でも」

不意に、ソーンが口を開いた。

「どんな不幸の最中にいても、その思いが実ったことが生きる気力になる。逆に、どんなに恵まれていても、その思いが破れただけで死んでしまいたくなる。そこまで強く人間を揺さぶるのが、恋という感情。あなたの大好きな損得勘定や小賢しい屁理屈なんかで説得するには、相当骨が折れるでしょうね」
「……あ、もしかして俺、超見下されてる?」
「…………」
「たはー、やっぱり俺みたいな俗物とは違うんだねえ、愛に生きるオンナってやつは」

けらけらと笑う俺を、ソーンはただ見つめている。たとえ相容れない思想の持ち主でも、あんたが歩く地獄までの道を切り拓く剣にはなれることくらいは知っておいて欲しいなあと、思った。まあ、実際俺が使うのは銃だけど。


「じゃあ、俺にも見せてくれよ。あんたなりの、逝き方の美学ってやつをさ」



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