Caligula

ラーメンを食べる(主鍵)

2018/04/26 10:33
主鍵現実リクエスト
 

「ラーメンを食べる主鍵」、彩さまからのリクエストでした。ありがとうございます!













「……? なんで眼鏡取るの?」
「いや、曇るからですよ」
「ああ、なるほど」

土日の昼には行列の出来てしまっている駅前のラーメン屋も、二人で休みを合わせた平日の午前、少し早めに家を出ればそれほど待たずに店内に入れる。僕としては、鍵介と並んで待つ時間も好きだったりするのだけど、遮るものがなにもない五月の陽射しに背中は少し汗ばんでしまっていた。やはり、鍵介の言うとおりの時間に出て正解だったと思う。

「うん、おいしいですね」

カウンター席に隣り合って座った鍵介は、眼鏡を外してつるつると麺をすすっている。普段はなんだか小洒落た料理ばかり作りたがるけど、やっぱりラーメンも好きらしい。迷わず大盛りを頼むのも男の子っぽくていいなあと思いながら、僕も箸を取る。「先輩はふつう盛りで足りるんです?」と声をかけられたけど、あのね、僕はもう君ほどいっぱい食べられる歳でもないの。
麺は細めの縮れ麺で、あっさりした魚介だしの醤油スープがよく絡む。半熟の煮卵の黄身をトロトロと溶かして食べると、ひと味変わってまろやかだ。軽く歯を立てればほろりと崩れる、よく煮込まれた厚切りのチャーシュー、もう一枚は最後のお楽しみに取っておこう。

「でも、どうして急にラーメン?」

昨日まで、「明日のごはんはあるもので適当に済ませて一日ダラダラしましょう」なんて言ってたはずなのに。僕が問いかけると、鍵介は少し照れくさそうに、

「部活の帰りに、ラーメン食べにいった時の夢を見て。急に、懐かしくなったんです」
「ふぅん……」

そういえば僕もメビウスにいた頃は、鍵介と並んで大盛りのラーメン食べてたんだけどな。すっかりヘトヘトになって、限界までお腹が空いてる時は、たまに半チャーハンなんかもつけちゃったりして。そんなことを思い出しながらコシのある麺をもぐもぐと噛んで飲み込み、プラスチックのグラスに口をつける。うん、ラーメンは美味いけどお冷やはまずいな、この店。少し消毒くさい水の味に顔を顰め、グラスを置く。ふと隣を見ると、鍵介は僕とは違い、二枚のチャーシューを、先に食べきってしまっていた。

「……」

幽体離脱症候群なんかに罹らず、普通に生きていれば、街ですれ違うだけだったかもしれない。ラーメンの食べ方も、年齢も、趣味も、物の考え方だって違う彼と、今もこうして隣り合っていることを、僕は突然、ひどく不思議に感じた。はふはふと麺をすする鍵介の横顔を、つい凝視してしまう。幼い丸みを日々少しずつ失い、大人びたそれに変わりつつある彼の輪郭は、それでもあの日、大人になるのが嫌だと泣きじゃくっていた姿とも確かに繋がっていて。すごく不思議で、その変化を、こうして当たり前のように隣で見ていられるのは、まるで奇蹟のようなことで。気がつくと、手元のどんぶりからふわりとのぼる湯気の向こうから、鍵介の瞳が僕を見ていた。

「……先輩、食べないならもらっちゃいますよ」
「鍵介」
「何です?」
「鍵介ー」
「だから何ですか」
「呼んだだけだよ」
「……そうですか?」
「そうですよ」

ふふっと笑って、僕はすっかり止まっていた箸を再び動かす。しばらく僕をじっと見つめてから、鍵介はやわらかな煮卵を箸でつまんで、「ま、いいか」と呟いて、

「先輩、おかわりしてもいいですか?」
「いいよ、いっぱい食べなー」


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