Caligula

あかいうそのにおい(主鍵)

2018/02/26 05:13
主鍵

「先輩、何か僕たちに黙ってることあります?」
「うん?」
まさに「あどけない」と表現するに相応しい表情だった。まるで、おもちゃで遊んでいたところに突然声をかけられ、おもむろに顔を上げた子どものような。灰色の瞳の中には驚くほどの純真さがあって、鍵介はその一瞬、息をすることさえ忘れて見入ってしまった。「そんなに何か思い詰めてるように見えたかな?」鍵介の問いかけに首を傾げた部長は、苦笑いをして頭を掻く。
「僕が頼りなくて不安にさせたなら、ごめんな。でも、困ったことがあるならちゃんと帰宅部のみんなに相談するつもりでいるし、そこは信用してほしいかな……」
「あ……ち、ちがうんです、そういうのじゃなくて、すみません」
大した確証も持っていないくせに、軽率な物言いだったか。鍵介は慌てて首を振った。部長は気の良い青年だが、一度気分がへこむと坂を転がり落ちるようにネガティブな方へ向かってしまうことをつい最近知った。見た目通りに繊細なのだ。
「部長だからって無理しすぎないでほしいと思ったんですけど、そうですよね、僕らのことも頼ってくれますよね」
「……もちろんだよ、そもそも僕はそんなにいろいろ抱え込める器じゃないって、はは」
「ふふ、ですね、ちょっと安心しました」
困ったように眉を下げる笑顔は、草木が芽吹く春の空気のように柔らかだ。そう、彼は帰宅部の部長。少し気弱なところもあるけど、決めるところはバシッと決める、しっかり者の部長。不意に見せる憂いを帯びた横顔が、「現実に帰りたいのか、実はまだ迷ってる」と、そう囁くように鍵介に告げた時の表情と少し似ているような気がした。ただ、それだけの話だ。

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