Caligula
君とデート(主鍵)
2018/02/28 23:40主鍵現実
マンションを出てすぐ、最寄りのバス停には七月のきつい日差しを遮るような日陰がない。真夏の炎天下に晒され続けていた古いベンチは、きっと目玉焼きが焼けるくらい熱くなっているんだろうなあと僕がぼんやり思っていると、先輩は興味本位で背もたれの部分を指でつついて「ひぃ」だか「ひゃあ」だか情けない声をあげていた。しばらくすると、バスは一分の遅れもなく時刻表どおりにバス停へ到着した。
「あんまり変ないたずらしないでくださいよ」
「熱いんだろうなと思ったんだけどね、思ったより熱かった」
「……でしょうね」
平日昼過ぎの車内は空いていて、僕らは並んで座席についた。ほんの数分外にいただけで汗ばんでしまった肌に、冷房の風が心地よい。
停留所を3つほど過ぎたあたりで、先輩が今さら「鍵してきたっけ?」なんて言いながらリュックのポケットをまさぐり始めたので、僕は呆れながら自分のバッグから家の鍵を取り出して、先輩の目の前で揺らしてみせた。
「僕が締めてきました」
「お、でかした。えらい」
いや、出かけるときにドアに鍵をするなんて当たり前のことで、何もえらくはないのですけど。僕のぶつぶつとした呟きを無視して先輩は笑う。この人はどこか抜けていてどうにも頼りない時があるのだけど、それは仕事で日々神経をすり減らしている反動なのか、それとも素でこうなのだろうか。今となっては知る由もない。
鍵に取り付けた青いイルカのマスコットが、カーブを曲がるバスの振動に合わせて僕らの間でぷらぷら揺れる。先輩と二人きりで出かけた二度目のシーパラで買った、おそろいのマスコット。本当は、彼にはピンク色の彼女イルカがいるのだけれど、それは先輩が家に忘れてきたもうひとつの鍵についているので今日はお留守番だ。君たちもデートしたかっただろうに、かわいそうだね。
「あ、次だ」
バスが5つ目の停留所を通過し、車内アナウンスが始まると同時に、先輩はすらりとした腕を伸ばしてすぐ脇の停車ボタンを押した。軽快なブザーの音が響き、ボタンがぱっと赤くなる。
「それにしても久しぶりだね、シーパラ」
「そうですね。近いしいつでも行ける、なんて思ってると、案外行けなかったりするものですし」
「そんなもんだよな、人生とかも」
「……なんですそれ」
「深いでしょ」
「あんまり……」
話をしているうちに、ゆっくりとバスが停車した。目的地へ到着だ。「ね、先輩、早く」僕が手を握って急かすと、先輩は苦笑する。子どもみたいだ、なんて言われても、今日はいいんだ。いくつになっても、やっぱりデートって楽しい。