Caligula

少なくとも恋じゃない(主琵琶)

2018/03/03 09:45
主琵琶

「君の『デート』って、金曜の放課後に女の子と待ち合わせして買い物に付き合ってごはん食べてあっさりバイバイして、七時に家に帰ることを言うのか?」
「……」
てっきり俺は朝帰りでもする予定なのだと思い込んでいたのだろう。ソファですっかり寛いだ様子だった永至先輩は玄関のドアを開けて入ってきた俺を目にして少し驚いたような表情を見せたが、しかしすぐにその唇の端を意地悪く吊り上げてみせた。「つまらない男だな、我らが部長は」ここでわざわざ引っ張り出してきた学校にいるときの呼び名と吐息混じりの微笑には、小憎たらしい揶揄の響きがたっぷり含まれている。これかけといて、と俺がソファに向かって放り投げた制服の上着を、永至先輩は長い腕を伸ばして難なくキャッチした。
「うるさいなぁ」
事実、その通りなのだから返す言葉もない。放課後に昇降口でクラスメイトの女の子と待ち合わせて、パピコで服やコスメを見て回って、夕食を食べて、恐らく勇気を振り絞って指を絡めてきた彼女の熱っぽい視線に気がつかないふりをしながら、両親は出掛けていて今日は他に誰もいないらしい自宅まで送って、解散。頭が痛くなるほど健全な青少年のデートでしたとさ。っておい、バカか。もしクラスでつるんでいる男友達に知られたら、恐らく10人中10から「勿体ない、このヘタレ、何してんだ」の大合唱を浴びせられるに違いない。今日誘われて出掛けた相手は、おとなしくてクラスで目立つほうではないものの、男子からはけっこう密かな人気のある子だ。
「だって、なんかそういう気分になれなかった」
「こんな奥手そうな子にそこまでさせておいて」
いやなんで奥手とか知ってんの、と尋ねようとしたら、永至先輩は俺のブレザーに鼻を近づけて匂いを嗅いでいるところだった。やがてちらり、と向けられる非難するような目つき。どうやら彼には、俺の服に移った香水の微かな残り香から、一緒にいた女の子のタイプにおおよその見当をつけるスキルがあるらしい。きもちわる。俺に味方はいないのか、とほんの少しだけ悲しい気持ちになった。そういう生き方を選んできたのは、他ならぬ俺自身なのだけど。
「返して」
「君が寄越したんだろ」
「いいから返してってば、犬かよ」
「……はいはい」
永至先輩が片手で差し出したブレザーに手を伸ばした瞬間、不意に伸ばされたもう片方の手に腕を強く引かれた。俺はぐらりとバランスを崩して、永至先輩のすぐ後ろ、ソファの背もたれに手をついて、まるで覆い被さるような形になる。放り出されたブレザーがばさっと音をたてて床に落ちるのと同時に、永至先輩の髪からふわりと漂った柔らかなシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。しかし、吐息がかかるほどの至近距離から突き立てられた視線はあまりに、

「どうせこんなことだろうと思って、風呂は沸かしてある。その甘ったるい匂い、とっとと落としておいで」

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