Caligula

過眠(主琵琶)

2018/03/12 11:37
主琵琶

「雨の、音だ……」

死んだ人間が口を利いたならきっとこんな声を出すのだろうと、ひどく矛盾したことを考えた。掠れて消えてしまいそう、なんていう庇護欲を駆り立てるような儚いものではなく、それは本当に中身がないただの音なのだ。空っぽなのだ。そもそも、自分より10㎝近く背の高い野郎を相手に庇護欲なんていう生やさしい感情が成立するのかどうか、俺は知らないけれど。

「何してんの、服着たままで」
「……」
「先輩、ここ、雨なんて降らないんだよ」
「じゃあ何だって言うんだ」

シャワーだよ、と答えれば、永至先輩は頭上から降り注ぐ温水とも冷水とも言えないどっちつかずのぬるい水の存在に、初めて気づいたかのような表情を見せた。ただいたずらに体温を奪うだけの透明な液体は、タイル張りの壁によりかかって座る彼の髪を、服を、余すところなくびしょびしょに濡らしていた。

白いシャツの下から透ける肌に少なからずセクシャルな魅力を感じずにはいられないけれど、それよりもバスルームを満たす死に似た微睡みの匂いが息苦しくてたまらない。
虚ろな視線が俺を突き刺したけれど、溶けたチョコレートのようなそれは全く痛くも痒く悲しくも嬉しくもない。タチの悪い甘さだけは、僅かに残っているのかもしれないが。

「いったい何だって言うんだ、君も、」
「俺から見れば、あんたも相当わけわかんねえよ。お互い様じゃないか」
「ああ、もう、……もう」
「わがまま言うな。もう寝てろよ」

ぺたぺたと素足で踏んだタイルは冷たい。シャワーのコックを捻って水を止め、脱衣所の棚から適当に引っ張り出してきたバスタオル(真っ白くてふわふわだ、)を頭から被せてやる。柔らかで嘘くさい潔白の下からしばらく聞こえていたぶつぶつと何かを呪うような声は止まり、先輩の首がかくんと傾いた。少しだけ、息をするのが楽になった気がした。

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