Caligula

雑なロマンスを夢見たりして(主琵琶)

2018/03/15 07:24
主琵琶
 
「恋人の真似事をしたいなら、僕なんかよりもっと適役がそのへんにゴロゴロいるよ。それに、たとえ君が少し変わった性嗜好をお持ちの悩める青少年だったとして、μに願えばなんだって叶えてくれる。そうだろう?」
あとほんの数㎝のところまで近づいた先輩の表情は虚しくなるほど普段のそれと変わらなかった。たったひと言「なんで僕なんだ」と聞けばいいのに、こんなにも言葉の回り道をしなければならないのだから、彼の言うデキるオトナというやつはずいぶん燃費が悪いものなのだなぁとつい他人事のように思ってしまうほど。先輩がほんの少しでも狼狽えた様子を見せて、整った顔に汗のひとつでも浮かべて上擦った声で尋ねてくれれば、こちらだってちょっとドキドキしながら「好きかもしれないから」と答えてみるだけで済むというのに、ふたりきりの放課後の部室には価値のない沈黙ばかりが積もった。メビウスにいたって、現実と同じくらいに、それ以上にうまくいかないことはたくさんあるのだ。
「………………もういい」
口ごもった挙げ句に舌打ちをした俺が先輩の背中を強引に押しつけた固い革張りのソファからしぶしぶ降りると、先輩はそこに寝そべったまま、とうとう我慢しきれなくなったように笑った。ソファから盛大にはみ出した長い脚をゆらゆらと揺らして、ネジがぶっ壊れた人形みたいな、馬鹿みたいな高笑いをした。
「はは、は………………ああ、君は少し考えてから行動を起こしたほうがいい。それなりにいいところまではいけるけど、いつもどこかで焦ってつまらない失敗をするタイプと見た」
のんびりと体を起こしてほんの数秒で前髪を整え、よれてしまったスカーフを直せば、もうそこに後輩に襲われかけた色男はいなくなっていた。にこにこと上品な笑みを湛えた優等生がひとり座っているだけだった。なんだかすべてが馬鹿らしくなってしまって、俺は二度目の舌打ちをした。
「俺のこと馬鹿って言いたいの」
「いいや」
「じゃあ何」
「自分でゆっくり考えてみるといい。宿題だ」
「あー、あーもう俺ほんとそういうの嫌い」
「それはまあ別に構わないんだが、その舌打ちはやめたほうがいい」

家に帰って寝る直前、個人WIREに先輩から『可愛いって意味で言ったんだよ』なんていうメッセージが届いたので俺は三度目の舌打ちをした。届かなかったあの数㎝が今さら死ぬほど惜しくなって、きっと今夜の夢に見る。

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