Caligula

answer(主鍵)

2018/03/25 22:06
主鍵

「これ、一回やってみたかったんですよね」

シャツの襟の下にループタイの紐を通して、トーチジンジャーを模した飾りの裏、小さな留め具にぱちりと嵌め込む。垂らした左右の紐の長さがきっちり同じになるように整えて、できあがり。見よう見まねでなんとかなるもんだと、内心ほっとする。制服の上着を羽織れば、そこにはいつもの先輩がいた。とは言っても、この高校生の彼の姿は、おそらく今日で、見納めになるのだけど。

「なんで?」
「なんかこういうの、すごく『恋人』っぽいなあって思って」
「そうか、うん、確かにそうだ」
「でも、これで最後ですね」

僕たち帰宅部は、今日で全てを終わらせる。だから、こうして先輩の寮の部屋に泊まるのは、これが最後。花飾りのループタイを締めてあげるのも、最初で最後だ。これで、心残りはない。

「あ、でも」

玄関で靴を履いて、先輩が何かを思い出したように声をあげた。どうしたのだろうか、靴紐を結ぶ手を止めて顔を上げた僕に、先輩はにこりと微笑む。

「向こうに帰ったら、次はネクタイだ。結ぶ練習、しといてくれる?」

これで最後にはしないよとでも言いたげな表情に、すこし泣きそうになってしまう。どうも最近、涙もろくて困ります。呟くと、「ぼくもだよ」という頼りない返事とともに掌が差し出されたので、僕はそれを掴んで立ち上がった。世界の主たちにケンカを売ることよりも、この情けないけどなんだかかわいい人とこの先の人生を歩めないかもしれないことのほうが、今の僕には恐ろしいのだ。

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