Caligula
生肉(主鍵) ※前サイトログ
2018/03/04 21:27主鍵∞
鍵介がフォークを突き立てた肉のカタマリから、じゅわ、と音を立てて肉汁が溢れ出すのを、俺はぼんやり眺めていた。
「……俺もハンバーグにすればよかったかな」
「?」
リーズナブルな値段と豊富なメニューが評判の吉志舞高校の学食で不動の一番人気を誇るのが、今まさに俺の隣で鍵介が食べているハンバーグ定食だ。ボリュームのあるサイズのハンバーグに野菜の付け合わせが彩りを添え、ライスは頼めば大盛りにできるしコンソメスープはおかわり自由。食べ盛りの高校生にはうってつけのメニューだ。
「先輩のもおいしそうじゃないですか?」
「まあそうだけど、……」
今日はさっぱりしたものが良いと思い注文した白身魚のソテーも勿論まずくはないのだが、すぐそばで熱々のハンバーグをぱくぱく頬張られるとやっぱりなんだか羨ましくなってしまうのが人間のサガというやつだ。鍵介は俺の目と自分の皿をしばらく交互に見遣ったあと、「仕方ないな」と息をついてハンバーグを切り分けてくれた。「はい、あーん」差し出されたフォークの先にぶら下がる一口サイズのそれを、ぱくりと頬張る。濃厚なデミグラスソースに負けないくらいしっかり塩コショウが利いていて、ほどよい弾力もあるけど何かひとつ足りないこれは果たしていったい何の肉なのだろうと思いながら、しばらく口の中で転がして飲み下した。
「おいしかった。ありがと」
「お礼なら、僕じゃなくて食堂のおばさんに。きっと喜んでくれます」
「……そのジョーク笑えないんだけど」
「くふふ、すみません」
食堂に入ってすぐのカウンターの中をせわしなく動き回るNPCたちにちらりと目を向け、俺は声を潜めた。鍵介はフォークの先でにんじんのグラッセを転がしている。
「先輩知ってますか、これって、最初から肉なんですよ」
「? どういうこと」
鍵介から唐突に耳打ちされ、俺は首を傾げた。
「この世界って、犬とか猫とか、もちろん牛とかブタもニワトリも魚も作り物でしょう。だから先輩には変な風に見えてるはずなのですが」
「うん」
「でも、この肉はちゃんと肉として映る。それは、牛を捌いて出来たわけじゃなくて……最初から料理に使うためのお肉としてパック詰めされた姿のまま、ポン、とこの世界にいきなり現れてるからなんですよね。メビウスには、屠殺場がないんです」
「はぁ、なるほど……魚としての鮭を見たことない子どもが、切り身のまま海を泳いでると思ってた話とちょっと似てる気がする」
「いびつですよね」
そう呟いて、鍵介はスープを啜る。人の口に入るためだけに産まれ、増やされ、肥えさせられる動物が存在しないというのは、そういうのを嫌う人たちから見ればやさしい世界と言えるのかもしれないが。
「そうだな」
皿の上の白身魚はすっかり冷めていた。ますます味気なくなってしまった命のない白いかたまりを口に含むと、爽やかなレモンソースだけが舌の上で馬鹿みたいに存在を主張していた。