はじまり

見上げるほど大きなもの。

誰しも、憧れを抱くのではないだろうか。

「……」

(でも、私は……)

きっと、それには一生縁は無い。

そう思っていた。


〜ある休日の朝〜

いつも通り、買い物に出掛ける。
でも今日は、なんとなく……この街で一番の『都会』まで足を伸ばしてみようと思った。
それで、電車に乗った。
大きな建物が、ビルが、近づいてくるのが見える。
(大きくて、かっこいいなあ)
胸が高鳴る。
そこに降り立ってしまえば、まるで主人公になったような気がする。
(特になにをするわけでもないんだけどね)

「あれっ?」
ふと、見慣れない服装の男の子2人が視界の隅にうつった。妙に気になる。珍しい服装をしているからだろうか。着物……というにはなんだか、新しいような、古いような。
その2人は、駅の前で大きな地図を広げている。困っているようだ。
(今どき、あんなに大きな地図で観光する人いるんだ。まだ子どもなのに。親の方針かな?)
「兄さん、このあたりだよ。多分」
「そうやなあ!多分そうや!せやけど……」
道に迷っているのかもしれない。大人たちが忙しく行き交う駅の前で、動けなくなっている子どもを気遣う人はいない。
「……」
声をかけよう。自分はスマホを持っている。馴染みのない場所でも案内はできるだろう。
「>こんにちは」
「ん?なんや?おねーさん」
一人……長髪の方が見上げてきた。なんともかわいらしい、まるい目をしている。
「>2人とも、どこに行くのかな?」
「「ええと……」」
2人が顔をみあわせる。近くで見ると本当に幼い。7歳くらいだろうか。
「秘密の場所だよ」
もう一人、今度は短髪の方が目を細めて笑う。
「そうや、秘密やで。おねーさんは知らんでええの」
「ねー」
なんともかわいらしい。子どもの……秘密基地で、他の友達と待ち合わせでもしているのだろうか。
「>秘密基地に行くの?」
「……! そうだよ。なんで分かったの?」
「あ、あかん!言うたらあかん!」
この慌てよう。大人に見つかったら消えてしまうなんて面白い設定でもあるのだろうか。
しかしこんな都会の真ん中につくったらバレてしまうのではないか。少し心配になる。
「>この近くにあるの?」
「うん!」
「あーもう!あかん!これ以上は情報漏らしたら……」

ドサッ……。

後ろで音がした。反射的に振り向く。
「>あ!」
お爺さんが、倒れている。
思わず駆けつける。周りの人もさすがに動揺している様子だ。
「>大丈夫ですか!?」
声をかける。
「ああ……すまないな。こんな都会に来るのは久しぶりだったから、足がもつれてしまったわい」
体調が悪いわけではなかったようだ。ホッと一息。
「「爺ちゃん!」」
さっきまで話していた男の子2人がお爺さんに抱きつく。
「おーおー、2人とも心配をかけたのう。先に出ておったんじゃな」
「名古屋がこんなに変わってるなんてね。迷っちゃったよ」
「爺ちゃんとも途中ではぐれてしもうたしなあ」
どうやら3人は同じ場所から来たようだ。
「お嬢さん、わしらに声をかけてくれてありがとう」
「>い、いえ……」
観光客の家族が揃った。男の子もこれで安心だろう。それでは、とその場を離れようとしたとき。
「ねー、爺ちゃん。あの人がいいんじゃない?」
「俺もそう思うわ。どや?ずっと探してたんやろ?」
「ふむ……そうじゃな」
「え?」
お爺さんがニヤリと笑う。

「「秘密基地に、つれていってあげる!」」


2人の男の子と、お爺さんに連れて行ってもらった先。ある路地裏の扉の中。
小さな事務所だった。
(も、もしかしてヤバいお爺さんだったのかも)
裏組織のボスみたいな……優しそうな笑顔をしている人ほどそういう繋がりがあると聞いたことがある。
ソファに座らされ、緊張で動けない。
(でも、)
あまりにも非日常な世界にドキドキしている自分もいる。
「改めて、2人とも自己紹介じゃよ」
「はーい!僕、凌雲閣だよ」
「俺も凌雲閣やで!あ、俺がお兄ちゃんな!」
りょううんかく。どこかで聞いたことのある名前のような。
「>かっこいい名前だね」
「せやろ!気に入ってるんや」
「僕も。僕たちの名前って、すっごくかっこいいと思うよ」
ソファに座って紙パックのオレンジジュースを飲む2人は、昔の白黒映画のような服装以外は普通の男の子に見える。
「>お爺さんは……」
先程は気づかなかったが、かなりの長身だ。2人の祖父であろうその人を見上げる。
「わしのことはいいんじゃ。爺やとでも呼んでおくれ」
「>じゃあ、爺やさんは、どうしてこの街に?観光ですか?」
緊張をほぐすように質問をする。
「それもあるが、もう一つは……」

ドアのノック音。
「こんにちは。もう着いていたんですね」
「おお、入っとくれ」
「はい」
カチャリと開けて入ってきたのは、立派な体格の好青年だった。
(うわ……!すごいかっこいい)
どこか人間離れした整ったその容姿に思わず見とれてしまう。
「ビルヂング!久しぶりだね」
「なんや、随分いめちぇんしとるなあ」
「はは……いろいろあってな。爺やさん、来られるなら言ってくださいよ。皆を集めたのに……」
「いいんじゃ。おぬしらは自然の方が良い」
「そうですか?……あれ、こちらのお嬢さんは?」
「うむ。おぬしらの新しいオーナーじゃよ」
「へえ、オーナーさん。よろしく……えっ?」
綺麗な二度見。それまで落ち着いたトーンで喋っていた男の声が裏返った。
「ええと……またなにかの冗談ですか?」
「ほんとにオーナーさんだよ!」
「やっと見つけたんや。ふさわしい人をな」
「>え?わ、私?」
「本人も戸惑ってるじゃないか。さては、きちんと説明していませんね?」
当然一番自分が戸惑っている。声を出せずにいると、ビルヂングと呼ばれた男が隣に座った。
「……あ、こういうときは先に聞くんだったか。隣、いいか?」
「アホ!もう座っとるやないかい!」
「ははは、懐かしいなあこのやり取り。……じゃなくて、本当に良いか?」
「>は、はい」
「俺たちはデカいものなんだから、もっと大きな事務所を用意すべきだとは……思ってるんだがな」
苦笑してそう言う。デカいもの、とはどういうことだろうか。ここに集まる……事務所に所属している人たちは体格が良いのだろうか。肉体労働系の仕事?
なんて考えていると、突然ドアが開いた。
「おお、おぬしも来たか」
「……」
(えっ……?)
恐ろしいほどに美しい人だ。巻いた長髪、驚くほどに端正な顔。そして、均整のとれた長身。
まるで人につくられたような整った容姿に思わず息を呑む。
「ミッドランドスクエア。来てくれたのか」
ビルヂングが嬉しそうに言う。無言でどっかりと座る。ビルヂングの隣に無理やり座ったものだから、随分狭くなった。
「私に何の用だ」
ミッドランドスクエアと呼ばれた男からの射抜くような視線。爺やはそれを受けても余裕の表情だ。
「おぬしらのオーナーが変わった。それを伝えたかったんじゃ」
「ふん、それだけか」
「それだけって、お前なあ……」
「どうでもいい。書類は勝手に書き換えておけ。私には関係のないことだ」
そう言って長い脚を組む。
思わず見とれていると、ミッドランドスクエアに気づかれた。
「……お前が私のオーナーか?」
「>えっ、あっ、はい」
「私が誰か分かるか?」
「>ええと……ミッドランドスクエアさん?」
どこかで聞いたことがある名前なのだが、思い出せない。
「私が何者なのか、だ」
緑色の瞳に射抜かれる。
「>アイドル?モデル?いや、パティシエとか……?」
なんとなく答えてみる。
「撤回だ。こいつに私のオーナーは任せられん。書類は書き換えるな。以上だ」
立ち上がって、部屋を出ていくミッドランドスクエア。
「あちゃー……ああ、気にしなくていいからな。昔からああなんだ。ちょっとプライドが高くてな。根はいい奴なんだが」
(ちょっとどころではない気がする……)
知らなかった自分も悪いが。いや、知っているような気はするのだ。思い出せないだけで。
「ちなみに、俺のことは分かるか?大名古屋ビルヂングって言うんだが」
金色の瞳に見つめられる。
「>大名古屋ビルヂング?……あ!」
駅から見える、あの!
「相変わらず、すごい知名度やな!」
「はははっ、名札をつけているからな。俺は」
「>ってことは、あなたたちも?」
凌雲閣2人が頷く。
「俺たちは『ビル擬人』。よろしく、オーナーさん」

と、いうことで。
一通りの説明を受けて、用意された部屋に寝泊まりすることとなった。
(職場や親になんて言おう)
オーナーの報酬額は、今の職場と変わらない額だった。働きによって増していくらしいが。
(もう少し、考えてもいいかな……)
今日はいろいろあり過ぎた。
(眠い。けど、その前に……)
スマホでいろいろ調べてみよう。今日会った、あの美しい人のことを。
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