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大國日神記第四話:纏う躑躅

大國日神記第四話:纏う躑躅(テキチョク)

「ガハハ!大耀、さあ何処から攻めにいこうか!?」

「はぁ…丹羽様、まだ資料不足ですから始まってすぐに攻めるなんて無計画過ぎると思いますよ」
「む、むぅ…確かにな、俺は計略が苦手だ。そういうのは賢いぬしに任せるぞ!」
「はい」

 冷静な鬼怒川 大耀(キヌガワ ダイヤ)と対照的に、神…丹羽造(タンバノミヤツコ)は活力が有り余るという風な様子であった。元々、明るく大らかで祭り好きな神であるから、周りから見れば彼は平生である様に見えるだろう。

 しかし、彼は勝負事が好きなだけで命の取り合いは好まない。慣れぬ戦いの空気に焦っているのだろう、そう察している大耀は己の知略で如何に合理的かつ安全に勝とうかと計画を綿密に練っていた。

 大耀こそ本当に戦いとは無縁の者である。しかし、彼は胸の何処かで“死”とはどういう物なのだろう…といった好奇心を抱き、その心が恐怖心に勝ってしまっていた。

「丹羽様、正直俺たちは戦力不足です。決して貴方の力や存在を軽視するつもりな訳ではないですが、運だけでは安全性が低すぎます」
「うむ、そうだな。悔しいが認めざるを得ん。相手は俺と同じかそれ以上の実力を持った者ばかりだからな」

 丹羽は不甲斐ないと言った風に悲しげな顔をする。なんて表情豊かな神なのだろう…。

「そ、そんなに落ち込まないで下さい。俺に考えがありますので」
「な!本当か!!大耀、やっぱぬしは凄い奴だな!!」

表情がパァ…ッと明るくなる。やはり表情が豊かだ。

「まだ喋ってないのに褒められても…丹羽様、例外はいつでもありますが、この戦いは多くの場合、各十二幻神と神依児は最も設備が整っているであろう各自の神社を拠点にするでしょう。そして、この神社は敵からの攻撃が届きにくい代わりに、人口が少ないところに建っているので神威を得たり結界を張るのには都合が良くないです。…

 …ということで、まずは敵の神社に攻め込みましょう。無謀に攻め込む訳ではなく、“倒したら何か俺たちの力になるものが得られるであろう”場所に攻め込むんです。俺たちの神社には武器が少ない、だから敵から奪うんです」

 丹羽はぽや〜とした顔で大耀を見つめ返し
「うん!!!どんな話だかまったくわからんぞ!!」
と笑った。
「な…!と、とりあえず…“俺たちの武器を手に入れる為に”他の神社に攻め込みましょう!って事です」
「なるほど!そうか!!」

 暫しの間沈黙が流れる。丹羽は難しそうに考え込んでいる様だ。

「攻め込む…か、危険な仕事だな」
「はい、でも大丈夫です。俺が資料を集めて計画も練るので心配しないで下さい。…まあ、もし殺されるかも、となったら逃げましょう」
「そ、そうだな!大耀、一緒に頑張ろうぜ!」

 丹羽は友達にする様に大耀に向けてガッツポーズをする。信心深い大耀は丹羽を“信仰すべき神”として見ている上に、やはりこういった行為は気恥ずかしいようで不器用に唇を歪ませた。

………………………………………………………………

「あら……手紙…………」
 霞みがかった春の朝、勇義焔神社(ユウギエンジンジャ)には一通の手紙が届いた。きめ細かく光を反す良質の白い和紙に細く綺麗な字で書かれている。

「螭春華から………ひっ…これって敵から…じゃないんですか!?と、とりあえず御神様に見せないと…」

 伊佐美 志の(イサミ シノ)は掃除の為に持っていた箒をそこら辺に置き、酷く慌てた様子で勇虜次神(ユウリョジノカミ)の元へ向かった。

「御神様…こ、このようなものが」

勇虜次は驚いた様な顔で手紙を受け取ると、躊躇うことなく中身を読み始め、
「…雪か、流石字が上手いな」
なんて少し抜けた事を言う。
「そ…そうですね」
 未だ戦うという心の準備が出来ていない志のは落ち着かぬ様子で正座をし、勇虜次の顔を伺っていた。

「志の、心配しなくても大丈夫そうだぞ!まぁ、結構な無理難題を言ってきたが、とりあえず一時的に俺たちと手を組みたいらしい。義理堅い奴なんで心配は無いと思うけど、不安は不安だ。誰か来客が来たらすぐに俺に伝えてくれ!」
「は、はい!よかったです…すごく雅な果たし状かと思ってました…。ところで、いつ此処にいらっしゃるのでしょうか?」
「明日のお昼過ぎ…って書いてあるな、まあ…一応、敵だから警戒はしておいてくれ!」

………………………………………

 勇虜次以外の神を見たことがない志のは、漠然とした不安に駆られながら来客の訪れを待っている。差出人はわざわざ食事時を外してきてくれたのであろうが、志のは不安で昼食をあまり取ることができなかった。

 チャイムの音が鳴る。汗が垂れ、覚束ぬ足取りで玄関に向かった。玄関前に立っている相手の影も見ずに震えながら玄関を開ける。

「あ…あの、螭春華の御神様でしょうか…。勇虜次神様をすぐにお呼びしますので…暫しお待ち下さいませ」急いで体の向きを変え、勇虜次の元へ向かう。一瞬しか相手の姿を見なかったが、髪が長くて綺麗なひとだった…。

「御神様!そ…外に髪が長くて綺麗な女の人が…!」
「え!?!?誰だ…雪の使者か!?と、とりあえずそっちに行くぜ!」

 勇虜次はすぐに志のと共に玄関に向かい、訪問者の顔を見た。
「あ、なんだ!雪じゃないか!さ、あがってあがって」
「ありがとう。突然すまないな…ところで、そちらの女性は勇虜次のお嫁さんか?」

「え………えっと何を…?仰ったのですか…えぇ…え…っお嫁さん…?そ、そんな私は…じゅ、従「ああ!そうだぞ!志のは可愛いだろ!ま、まだ結婚はしてないけどな!!」

 混乱する、お嫁さん…?志のは突然の衝撃的な発言に頭がクラクラしてしまったが、勇虜次は正反対にニコニコ笑って会話をしていた。

「そうか、ならば許嫁という事だな?志のさんと言うのか、名乗り遅れて申し訳ない。私は淡雪切神。そしてこちらは私の神依児の一尺八寸 蘇勒だ」
「…よろしくお願いします」
 雪の後ろにいた男の子が仏頂面のまま礼をする。ただ自分の神を警護する事だけが仕事です、と言う風である。

「え…許嫁…えっと…あ、は、はい…!…私は伊佐美 志のと申します、あの…よろしくお願いします」

「ところで雪、俺はまだ“協力する”なんて言ってないぜ。警戒しなくても大丈夫なのか?」
「ええ、私の神依児は優秀で、簡単には私を殺させてくれない人だ。…それに、君は私の話も聞かず殴りかかってくるような神ではない。違うか?」
お見通し、と言わんばかりの顔である。

「そうだな!お前の神依児はしっかりしてて強そうな奴だぜ!ま、俺の志のも負けてないけどな!」
何時ものように勇虜次は明るく笑い、そして無表情になった。

「………んで、本題なんだが…

…“あの覇頭ノ大詔を倒そう”…なんて、本気か?」

 場がシンと静まり返った。志のは訳が分からず勇虜次の顔を見上げる。なんだか不穏な話の気がして、居心地が悪い。

「……当然だ。君が協力しないと言うのなら私と蘇勒だけで奴を討とう」
「ちょっと待て、まだ話は始まったばっかりだ。そんなに焦るなよ!………ただ、お前がどういう考えでアイツを討とうと思うのか…それは聞かせて欲しい」

「私が奴の事を個人的に嫌いだという事は差し置いて、奴は強い。単純な力だけでは敵う神などいないだろう…だから早急に討つ。…この戦いは敵を倒し、相手の心臓を喰った者ほど強化されていく。だから、ただでさえ強敵である覇頭を残しておいて、奴が他の神を喰い、更に強化されてしまったら私たちに勝ち目はない」

 勇虜次は苦い顔で考え込んでいる。志のの方をちらりと見た。彼女を戦いに赴かせる事はもう仕様が無い事だ。でも…

「雪…お前は、こんな小さい子を戦わせて…………苦しいと、思わないのか…………」
「そ、そんな事…私は思わない!…この子…こ、この人は……小さい子などでは無い!…彼は誓ってくれた…私の為に死ねる人だ。だから私が戯れに彼を子供扱いする事は、彼の誓いへの侮辱にも等しい」

「…そうか。まあ、お前の言うことは尤(もっと)もだ」
 勇虜次が納得したような素振りをすれば、雪の顔がふわりと緩む。

「それは、協力してくれるという事でいいのか?」
「そうだ、よろしく頼むぜ!!…でも、この戦いが終わったら俺とお前は敵同士、容赦はしないぞ」
「分かっている。ありがとう、助かるよ」
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