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その十九
夢主の名前
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一方、遠野に修業に出されたリクオは、妖怪の戦闘術“鬼憑”を思い知っていた。
畏れを以って畏れをやぶる、京妖怪に勝つためには、どうしても鬼憑を習得するしかなかった。
「頼む!そいつをオレに教えてくれ!!」
「死んで本望くらいじゃねぇと、時間の合間に見てやらねぇぜ」
「弱ぇままなら死んでんのと変わりぁしねえ。死ぬ気でおぼえてオレは京都に行く!」
こうしてリクオは遠野妖怪イタクや淡島、雨造らとの特訓に日々打ち込んでいた。
遠野の大浴場、リクオは仕事を終えて自身が焚いた風呂を浴びに来た。
「生キズがしみんじゃねーの」
そこには土彦や雨造などの先客がいて、特訓してもなかなか鬼憑を習得できないリクオをからかってくる。
「そんな簡単に出来るもんじゃねーだろ」
「そうか?俺なんか~5歳のときからできたけどな。てかみんな妖怪なんだからできて当たり前」
当たり前を強調されてリクオは少し居心地が悪くなる。
「そういえば、姉貴は小っさいときからやたらと畏れを使ってたな」
「姉?!リクオ、おねーちゃんいんのか」
リクオの呟きを拾った雨造が興奮気味に訊ねてくる。
「ああ。知らなかったのか?」
「リクオのねーちゃんってどんなだ?」
「厳つそう・・・似てんのか?」
「姉貴は・・・そうだな、昼のオレのほうが似てるな」
リクオはいつも自分に優しい姉を思い出す。昼のときは特に甘くなるな。
「へぇ~でも妖怪なんだろ?強いか?」
「いや、夢主は戦闘向きじゃあない。その癖、組のこととか仲間のこととか一番よく考えてるんだ。だから・・・危なっかしい」
牛鬼のときも四国のときも夢主はリクオや奴良組を守ろうとその身を危険に晒してきた。
「リクオはねーちゃんが好きなんだな。早く会いたいんじゃねぇか?」
「はっ!そんなんじゃねぇよ!それより今は京都だ」
「京都ねぇ、最近妙な噂がこの遠野にも出回ってる。なんか『厄介な奴』が復活したとか・・・危険じゃねーのか?」
「ああ・・・まあ危ねーだろーな、ゆらじゃあ・・・」
「ゆら?女か!」
「そいつを助けに行くのか!!美人なんだ」
「いや・・・そこそこかな」
リクオが京都に行くのはゆらを助けること以外にもう一つ理由があった。それは・・・。
「京都は敵なんだな」
そこへ少し離れた位置でリクオたちの会話を聞いていたイタクが話に加わる。
「オレも京都は好きじゃねぇ」
イタクが言うように、遠野妖怪にとっても京妖怪は決していい存在ではなかった。昔から「妖怪忍者」として苦汁を舐めさせられてきた。
「次来たらブッ殺してやろーぜぇ」
盛り上がる遠野勢の声にまぎれて、比較的聞きなれた声が混ざる。
「そうだ!オレもあいつらが嫌いだ!」
現れたのはあまのじゃくの淡島だった。しかし今は夜のため、身体は女である。その容姿で男湯に登場する彼(?)は心は列記とした男である。淡島の乱入により、今夜の男湯は普段よりもにぎやかさを増したのであった。こうして遠野の夜は更けていく。
その明け方のことである。
「朝方になってしまったな・・・」
京妖怪の鬼童丸が手下を連れて遠野へとやってきた。遠野の長、赤河童にお目通りをすると、開口一番に用兵を要求した。
「今すぐ兵隊がほしい・・・20~30人ほど優秀なのを売ってくれ」
「・・・・・・・無理ですな」
赤河童は京都に義理がないことを理由にその申し出を断る。
「だからって奴良組とつながられては困るんだよ。奴良組もろともつぶすぞ」
奴良組総大将ぬらりひょんはかつて遠野の地を訪れたとき、遠野妖怪を何人か連れて行った。
もっとも着いていった妖怪たちはぬらりひょんに惚れこんで自らの意志で遠野を出て行ったのだが。
「やれるもんならやってみろ。ワシらはいつも中立じゃ、それなのにそーやってイチャモンつけるんなら・・・また沈むぞ」
「なんだと・・・・」
「やめとけ」
逆上した部下を鬼童丸が抑える。
「よく覚えておくよ。てめーらの言い分・・・また来るぜ。いい返事待ってる」
鬼童丸は部下を連れて屋敷を出て行った。
遠野の里を出ようと畏れが薄くなっているところまで歩いていた鬼童丸はある人物を発見する。
「あの顔は・・・」
それは、日々の雑用のうち洗濯をこなすリクオであった。リクオは自身に向けられた殺気に気がつき、咄嗟にその攻撃をかわす。
黒服の妖怪が拳を振るう。リクオは畏れを発動して姿を消すととにかく距離を稼ぐため、彼らから遠のいた。
しかし、鬼童丸はそう簡単にリクオを逃がしてはくれない。畏れを鬼憑させた刀でリクオの鬼發を断ち切った。
「拙者は鬼童丸。おぬし何者だ」
鬼童丸はリクオをぬらりひょんとは別に認識し、しかしその孫であることを突き止めた。
「宿願は復活・・・いまこそ京を手に入れ奴良組の命脈も断つ!」
刀を構え、鬼童丸が腰をついたリクオへと歩を進める。
「そうだ、こうしよう。はねたお前の首は姫の生き肝とともに羽衣狐様への土産としよう。そして胴は貴様の祖父へ・・・」
「(姫の生き肝!?)」
「まさか孫がもう一人いたとはな。不思議な力を持つ姫、そしてその兄弟、奴良組3代目の始末は簡単に終わるな」
「(姫ってまさか姉貴のことか?・・・それはそうと、やばいぞ、このままじゃ殺られる・・・)」
リクオは遠野での特訓を思い出す。
『畏ってのは、みんな違う』
妖怪の特徴を具体的に出すことが畏であると、イタクは言った。
『“ぬらりひょん”という妖怪の血と真正面から・・・』
自分自身を知ることからはじめるよう冷麗が助言してくれた。
『今じゃー技として昇華してる!!』
淡島はあまのじゃくという特徴を技として昇華してると言っていた。
「(一段階上への昇華・・・!あの時じじいは何をした?)」
思い出せ!一度は見たはずじゃねーか!
迫り来る黒服妖怪にリクオは身構える。不意に目をやった川に昼だというのに月が映りこんでいるのが見えた。リクオが何かを掴みかけた時だった。
間一髪のところにイタクがやってきてリクオに襲い掛かる京妖怪の腕を断ち切った。
「何やってんだ、おめぇら・・・」
イタクが武器である鎌を両手と口に構える。
「イタク・・・そいつは、オレの敵だ!」
遮ったのはリクオだった。
「思い出したぜ・・・鏡花水月」
リクオから放たれる気配がガラリと変わった。京妖怪が襲い掛かるも、リクオは避けようとはしない。攻撃を受けたそこからリクオの姿が揺らめき消えた。これぞぬらりひょんの鬼憑、鏡花水月である。
「どういうことだ?認識できているのに!」
ゆらりと消えたリクオは違う場所に姿を現す。そして、京妖怪が攻撃をするとリクオの姿はまた掻き消える。
驚いている京妖怪の隙をついてリクオは一気に間合いを詰め、懐に入ると京妖怪の畏を断ち切った。
その衝撃たるや、遠野の里の畏を断ち切るほどだったという。
「ぬらりひょんとは“鏡にうつる花、水にうかぶ月”すなわち“鏡花水月”。夢幻を体現する妖・・・」
リクオの手には折れた木の棒。先ほどから攻撃を防ぎ、仕掛けていたのはこの棒だった。その折れた棒に気を引かれているリクオ。イタクが叫ぶ。
「畏をとくなリクオ!!」
先ほどまで戦いを傍観していた鬼童丸がリクオを危険人物と認識してつぶしにかかる。
リクオは咄嗟に鏡花水月を発動する、がその前に鬼童丸の動きは頑丈な氷によって止められた。
参上したのは、冷麗、雨造、淡島、土彦、紫であった。
「イタク!こいつら京妖怪だろ!?どういうことだよ」
昨晩話題に上がった京妖怪。淡島をはじめ、彼らは京妖怪を敵視していた。
ガシャアアアアと音を立てて冷麗の氷が破られた。
「・・・私のやることは遠野を全滅させることではないのだよ。だが・・・奴良組とつるめば・・・花開院のように皆殺しだ」
花開院・・・それは数日前に浮世絵町に現れた陰陽師の一族。
「二週間以内に京は、陰陽師とともに・・・羽衣狐様の手に落ちるのだ」
鬼童丸はそう告げると足早に遠野を去った。