夢主は猩影に縋りつき、声を上げて泣いた。

はじめは戸惑った猩影だったが、夢主を優しく抱きしめると、その背中をぽんぽんとリズムよく叩いてやる。




「・・・落ち着いたか？」

しばらくして夢主は泣き止んだ。猩影は背を叩いていた手を夢主の頭へ移動すると今度は優しく撫でる。

「うん・・・ごめんね」

乱れた前髪を直してやりながら夢主の顔色を見る。泣いたことにより先ほどよりも幾分か血色がよくなった。

「いや・・・何があったか、聞いてもいいか？」

夢主は猩影の服をぎゅっと掴むと、少し渋ったあと小さな声で話し始めた。

「眠っている間に、ね、思い出したの」

「うん」

「おとうさんの最期を」

「え、それって・・・」

「私は、二代目が殺されたところを見ていた。その犯人も見たわ」

「夢主・・・」

「でもそれを忘れてしまっていた。私が・・・弱かったから・・・」


猩影は初めて会ったころの夢主を思い出した。
夢主と初めて会ったのは、狒々に連れられこの奴良組本家にやってきたときのこと。二代目を失った奴良組は重苦しい雰囲気に包まれていた。
狒々は猩影を夢主の部屋へと連れて行った。どうして、なのかは当時はわからなかった。夢主はそのとき既に心を閉ざしていて、側近たちがどんな言葉をかけようと、一切反応を示さなかった。
そこで、歳の近い、猩影にお呼びが掛かった。本家はなんとしても夢主の心を救いたかった。できることは何だってした。その策のうちの一つが猩影だったのだ。



今でも鮮明に覚えている。小さな身体の夢主が布団の上でうつろな瞳をしている。かろうじて起きていることだけはわかった。あんな状態の夢主を、父親の命を奪った犯人を忘れたことで誰が責めただろうか。齢7歳の少女は必死に自分の精神を守ったに違いなかった。



『夢主様は犯人を見たに違いない。』



しかし当時そう噂されることは少なくなかった。実際、後になって夢主は自分の父親の死に様を見たことを証言している。しかしその前後の記憶はすっかり抜け落ちていた。

それが今になって、何故？

猩影は再び溢れてきた夢主の涙を指ですくいながら、己の眉間に皺がよるのを感じていた。


「今度こそ、俺が夢主を守るから。もう怖い思いはさせないから」


今度こそ・・・こうして誓うのはもう何度目だろう。傷つく夢主を何度見ただろう。一生守ると決めたのに、いつも俺は肝心なときに夢主の側にはいなかった。
腕の中の存在が途端に頼りないものに思えてくる。自分の手の届かないところに行ってしまうのではないか、そんな不安が猩影の中を駆け巡る。
咄嗟に腕の力を強くすると、不安げな瞳とぶつかった。

「猩くん、私・・・」

「ん？」

「ううん。やっぱり何でもない」

「・・・なんかあったら言えよ。夢主、部屋に戻ろう。少し休んだ方がいい」

夢主はまだ何か抱え込んでいるのだろう。猩影にはそう感じられた。
無理して作った笑顔が痛々しい。取り繕ってまで話してくれないのは自分に原因があるのだろう。
問いただしたいのを堪えて猩影は、夢主を支えて立ち上がる。

強くなりたい。

今度こそ、ちゃんと夢主を守れるように。力が欲しい。