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その十一
夢主の名前
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猩影によって夢主は自室に運ばれ、布団に寝かされた。今は眠っているのだろうか、目を閉じている。
夢主には毛倡妓が付き添った。服装も楽なものに変えられ、着替えの際に怪我がないかも確認した。
猩影は着替えのとき以外は夢主の傍にいて手を離さなかった。
「猩影、心配なのはわかるけどさ、それじゃ夢主様の手がつぶれちゃうわよ」
毛倡妓は猩影に冗談めかしてそう言った。しかし、猩影は夢主の手を離そうとしない。
「もう、しっかりしなさいよ!さっきの威勢はどこやったのさ」
「・・・姐さんならわかりますよね。さっきの夢主様の様子、まるであのときみたいだった」
「それは・・・」
やはり毛倡妓にも覚えはある。
あのとき――それはおよそ10年前、猩影がはじめて夢主に出会ったときのことを言ってる。
そのときの夢主は、父鯉伴の死によって心を閉ざしていた。それまでの明るい性格は一変、虚ろな目で空を見つめ、誰の声にも反応を示さなかった。自発的は行動はなくなり、布団の上で一日を過ごすことが増え、感情を表さないまるで人形のようだった。
そんな夢主に毛倡妓をはじめとする世話役はお手上げ状態だっ た。
そんな状態の夢主を救ったのが猩影であるといっても、奴良組の妖怪たちは誰も異論はないだろう。
突然行方がわからなくなっていた夢主が連れ戻された。それは、諜報役として見回りをしていた三羽鴉の手によって。しかも、若頭の命で極秘で動いていた牛頭 丸と馬頭丸と一緒に助けられた。この事実から、やはり夢主は四国の手の下に置かれていたのだろう。
それは、学校の屋上で玉章と対面していたことや、リクオの証言からも明らかであったが。
屋上で別れたあの時から、猩影は夢主とまともに口を利いていない。
翌日に本家へ夢主を迎えにいったときには、黒羽丸と並んで歩く夢主を目撃して、なぜか学校に行くのをやめた。その日は一日家に閉じこもった。今までにも夢主とすれ違うことがなかったわけではない。だが、それは恋人という立場になる前の 話だ。
だからショックだったのかもしれない。夢主に突き放されたのだと、認めるのが嫌だった。
奴良組から連絡が入ったのは、明晩のことだった。
実家である狒々組が壊滅状態だと。生き残った者はいないと。悪い冗談だと思った。父親に対する無意識の尊敬は確かにあった。奴良組という関東妖怪総元締めの 組織で父はその幹部にいた。
そんな父が率いる組がたった一晩で壊滅してしまった、という。どうしても信じられなくて、実家に足を運び、その変えられない事 実を目の当たりにし、絶望した。
その後、猩影は奴良組本家を訪れる。しかし、そこでも信じたくない事実を突きつけられる。
夢主様が行方不明だ。
屋敷中の者が口々に噂をしていた。それを否定する情報もあった。
夢主様はご学友のところに遊びに行っておられるだけだ。
しかしそれは、総大将がみなを落ち着けるために言ったことであるとも聞こえた。しかも、肝心の総大将までもが行方不明であるという。
奴良組は今後どうなってしまうのか。妖怪たちはそのことで頭がいっぱいだった。
猩影は、それが許せなかった。どうして、誰も探しに行こうとしない?大事な総大将だろ?息女だろ?どうしてだれも・・・。
猩影の見解では、夢主はおそらく四国の下にいる。先日の転校生は明らかに夢主を狙っていた。それに気づかなかったわけじゃない。しかし、自分は夢主のことで、否、自分のことで頭がいっぱいだった。
それも、許せない。
「ぇい・・・・猩影!」
考え込んでいた猩影は自分を呼ぶ声にはっと顔を上げる。
夢主の部屋にはいつの間にか、鴆がいた。
「鴆の兄貴・・・」
「大丈夫か。さっきまでの威勢はどうしたよ。お前が落ち込んだところで夢主は帰ってこないぜ」
「でも・・・・、やっぱり夢主は・・・」
「ああ、あのときと一緒だ。よっぽどショックなことがあったか、あのときを思い出す何かがあったか・・・」
「どうすれば」
「それは、お前が落ち込んでたんじゃ始まんねぇだろ」
「兄貴・・・」
「身体に、とくに異常はねぇ。俺はリクオを診てくっから」
そう言って鴆は夢主の部屋を後にした。
猩影は夢主の左手を改めて強く握った。
「夢主・・・必ず、俺が・・・だから、また笑ってくれよ」