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第 6 幕   灯火と鎮魂曲


くすんだ赤の空に、黒の羽が舞う。エラの生み出した黒い巨鳥の上、エラはモルスの元へ
向かいながら、直ぐとなりで空を眺めているポプリに声をかけた。
「ポプリ〜……なんか昨日、マウイがさ…………」
「…………」
「…………………………」
「……早く続き」
「はいな〜」
無気力キャラを利用して焦らしてくるエラに、ポプリはそれだけ言って続きを促す。
「な〜んかね……ルークス君と……出かけたってきいたよ……?」
「…………ふーん」
たいして興味もなさそうに返すポプリに、エラはつまらなそうに息をつくと、ポプリに
近づき彼女の頬をふにふにと突き始めた。
「……やめてよね」
あからさまに眉をひそめ、エラの手をふり払った彼女をみて、エラの顔に喜色が浮かぶ。
さっきまでのつまらなそうな様子が嘘のように、立ち上がるとくるくる回り始めた。
「そっか〜、今のキミは無気力なんかじゃないものね〜♬」
「踊るの止めてくれる?そういうあてつけみたいなの……不快」
普段と違いはっきりと話すポプリに、エラは益々笑みを深くする。
「…………」
言い争うのに疲れたのか、ポプリはそれ以上何も返さずにただそっと自分の足をさすった。
無言の時間が続く。
(あーあ、黙っちゃった。やっぱり、私はキミに嫌われちゃってるみたいだね〜……)
エラも踊るのをやめ、下に広がる町並みを注視する。しばらくそうしていると、ポプリがすっくと立ち上がった。
「おっ」
「……おしごと、おわらせよう」
いつもどおりの雰囲気をまとった彼女を見て、エラはニヤッと笑みを浮かべた。


「マウイ……って、あの?」
「うん」
同じ赤い空の下、こちらはバルコニーから外を眺めながら、二人雑談を続けていた。
昨日何していたかについての話題となって、ルクスの口から出たのが彼の名前だったのだ。
「町に連れ出してもらえて……。知らないものばかりだったから楽しかったよ。たぶん」
「たぶん?」
語尾を濁したルクスに、フィーが不思議そうに尋ねる。ルクスは苦笑いを浮かべると、昨日のことについて話しだした。
「最初は、順調に町を回ってたんだけど……マウイさんが途中から色んな人に声を……」
「……私もかけられた。うさぎみたいなお嬢さんやなって……なんでうさぎ?」
それを聞いてルクスはフィーをじっと見つめるが、納得したようにうなずくと、気が済んだのかまた話し始める。
「その人たちとお茶したり、お話したり、お手伝いしたりしてたら、いつの間にか夜に
 なってたんだ…………。楽しかったけど、こうなるとは思ってなかった」
そこまで聞いたフィーは微妙な表情で虚空を見つめ、わけがわからないといった様子。
しかしそれを見て、ルクスが補足をすると、それを聞いていくうちにフィーの表情も
柔らかくなっていった。
「俺も最初はマウイさんの行動よくわからなかったけど……昨日のでわかった。
 マウイさんが声をかける人って、みんな困ってるんだ。猫が行方不明だったり、お財布を落としちゃってたり……家族が亡くなって立ち直れて無かったり。でも、それをマウイ
さんは頑張って解決していってるんだ。なんとなくだけど……マウイさんって、困ってる
人に声かけてるのかもって」
明るいマウイだが、相手の話を聞いているときの表情はいつだって真剣だった。
昨日それをずっとそばで見ていたルクスは、なんだか自分まで心が軽くなっていくような。
不思議な感覚があったとフィーに話す。
「見返りは……?」
「受け取ってなかった。どうしてもって言ってた女の子がいたんだけど……マウイさんは
だったら、って女の子が売ってたお花を一輪もらって終わりにしたんだ。枯れかけのお花
だけをもらって」
それを聞いてフィーは目を丸くする。マウイの献身が上手く理解できないようだった。
ルクスは穏やかな笑顔のまま、外を眺めていたが、ふと真顔になって呟く。
「どうやったら……俺も誰かを…………」
それを聞き取ったフィーが、バッとルクスの手を取った。
「フィーちゃん?」
「キミは、いい人だよ。自信持って?」
オレンジの瞳。再びそれがルクスを見つめる。黒に変わりつつある空の中では、それが
とても明るいものに見えた。しかし、ルクスはそこからふいと目を背けると、バルコニーを
後にしてあるきだしてしまう。
(…………?いつもは、変なくらいに見つめてくるのに………)
フィーが彼を追いかけようとした瞬間、アーニーが彼女に声をかける。
「フィーちゃん、モルスの処刑、終わったって。現場向かうよ」
「……うん」
最後、ルクスの腕を彼女が掴んだ。


ぐちゃっ、と不快な音を立てて漆黒が崩れ去る。ポプリは自身の蔦についたそれを払い
落とすと、態度悪く石畳の上に寝転がるウィリアムへ視線を向けた。
「いや〜……なかなか強かったね………?ウィリアムくん」
服の汚れを落としたエラがポプリの隣へ歩いてくる。少なからず瓦解した大きな石に腰
掛けると、風雅に足を組んで見下ろす姿勢にしてくる。
「ピーズアニマの”特殊能力”を凄い使いこなしてる……すっご〜い……よね」
「……うん」
じっと彼を見つめながら、ポプリとエラは先程までのウィリアムを思い浮かべていた。

エラの鳥から降りた先、ぶらぶらと頭のようなものをぶら下げた、まるまるとしたモルスが
周りの壁にぶつかりながら、暴れていた。
「ポプリ!」
エラの呼びかけに合わせて、ポプリの蔦がモルスに絡みつき動きを止める。ぐるぐる巻となったモルスに向かって、エラの鳥が直進し、嘴で鋭く突き刺した。
「やった?」
「いや、駄目だね。まだ浅いや」
突き刺された部分はじわじわと回復し、とうとう鳥を押し出してしまった。しかしポプリの
蔦はまだ壊れずにモルスを封じていく。
「一撃で仕留めるよ……!」
エラの身体に黒が這い登っていく。ポプリが蔦の拘束を一層強め、強い一撃を準備したその瞬間。
「固まれ」
凛とした声と共に、モルスが黒い氷で覆われた。
「!?」
「ベネヌムは本当にゴリ押しなんだね。もっと頭使いなよ……こうやって、さ」
カツカツと、黄昏時の闇からウィリアムが姿を現す。冷たい瞳でポプリ達を一瞥すると、
武器一つ持たないままモルスへと近づいた。
「…………あぶないんじゃないの?」
「こんな、ろくな攻撃手段も持たないモルス……連携なんてしても時間の無駄だろ」
そう、さらに一歩ウィリアムが踏み出した瞬間、モルスを覆っていた氷が蔦と共にはじけ
飛び、その巨体が彼に襲いかかる。エラは僅かに表情を引きつらせ、ポプリは駆け寄ろうとした。しかし
「……止まれよ」
ウィリアムの顔まであと数センチというところで、モルスの腕が静止する。モルスの攻撃によって生まれた風が、彼の髪を揺らした。
「へえ……これはえげつない力だねぇ」
なにか理解した様子のエラがそう笑う。自由に動かない身体に混乱したモルスは、壊れた
おもちゃのように何度も腕を動かそうとするが、ギシギシときしむばかりでテオには届かない。モルスの身体には、何故か再生することもなくウィリアムの氷の破片が突き刺さって
いた。
「丸い身体に不安定な首ぶら下げて……もう、それとって楽になったら?」
『ズィッ!?ギャッギャッ、グギャァ!!!』
その言葉を聞いた途端、モルスは狂ったように抵抗しだした。しかしそれも、ウィリアムを
傷つけられてはいない。誰かに無理やりそうされているかのように、腕を自らの首へ伸ばし
……頭をしっかりと掴んだ。
「なにしてるの……?あのモルス」
ポプリが数歩後ろへ後ずさる。その異様な光景に、流石に恐怖を覚えたようだった。
『ギャッ、イヤアッ、ギャアアアアアアアアアアアア!!!』
ぶちぶちと不快な音を立てて、本人の手でモルスの首が拗られていく。それからしばらく
続いた絶叫は、その首が地に落ちるとともに途切れた。
突然現れた静寂が、辺りを包み込んでいく。モルスの壮絶な最期に、誰も何も、言葉を
発することは無かった。
やがて、ウィリアムがゆっくりとモルスの死体に近づき、穏やかな声で静寂を破る。
「君の魂が……忌むべき黒き骸から、解き放たれんことを……祈る」
目をつむり、合掌して祈る彼の姿は、ポプリの目からは不気味にうつった。

「なにみてんだよ」
不機嫌そうな声が、回想にふけっていたポプリを引き戻した。苦笑いしているエラと、イライラした様子のウィリアム。どうやら凝視してしまっていたらしい。
「……ごめんね、ぼーっとしてた」
「……ったく、失礼だとか思わないのかよ」
首をコテンとさせて謝るポプリに、ウィリアムはため息をつくと、また元の体制に戻る。
(とっつきにくい…………むかしはマウイもこうだったっけ)
もっと行儀は良かったけど、とポプリはかすかに頬を染めた。
ぞろぞろと、ラメティシイに似たローブを身にまとった者たちがモルスの処理に向かって
いる。あの者たちはギロティナに直接配属し、寝泊まりしているわけではない。あくまで
後始末を任務として、何処までも淡々と遺体を処理するのだと、ポプリは昔エラに教えられていた。
そこに、てこてこと何処か聞き覚えのある足音が近づいてくる。
「お、来たね……ん?」
「エラさんすみません……成り行きでこんなことに」
そこに居たのは、蒼いローブを着たフィーとルクスだった。驚いたように見つめてくる
エラに、居心地悪そうにしているルクスをフィーが満足気に見つめている。
「フェリシテちゃん、どうしてルークス君を?」
エラが尋ねると、フィーはじっとエラを見つめて言った。
「やってるとこ、見てほしかったから。目立たないように着てもらうのは、悪くない
アイデアだと思ったんだけど……駄目だったかな?」
予想外のフィーの行動に、エラは頭を悩ます。別に禁止されてはいないが、ラメティシイの者がベネヌムにそこまで好意的な接近をすることが今まで無かったのか、答えに迷い続けているようだった。
「じゃあ、ルクスくん連れて行くね」
「えっっっっっ」
フィーはルクスの手を取ると、何処かへと走っていく。彼女の見た目よりも強い力にルクスは慌ててついていった。
「……ほほえましい」
そんな二人を見て、ポプリがそう漏らす。エラがちらりとポプリに視線を向けた。
「ルクス、あわあわしてるけどたのしそう。フィーもルクスと仲良くなりたいみたい」
「…………本当に?」
「え」
ぼそっとエラが溢したその言葉に、ポプリは反応する。驚いた顔で見つめてくるポプリに、
エラは我に返ったように笑顔を見せた。
「え?あぁ、ちょっと別のこと考えてた。なんて?」
ポプリは少し怪訝そうにしたが、それを追求することはなく、また同じことを話始める。
(本当に、そうだろうか)
にこやかな笑顔でポプリの話を聞きながらエラは内心考える。
(フィーちゃんもルークス君も、何が目的なのか分からない。なんで彼女はルークス君に
あんなに執心している?ルークス君は、何故)
そっと、視線をルクス達が向かった方向へと向けた。
(何故彼女と居るのに、そんなに居心地悪そうにしているの……?)
どんなときでもにこやかだった彼が、彼女の前では少し保ていないように見えて、エラは
眉をひそめる。彼への疑念は、まだしばらく消えることはなさそうだった。


「ここだよ」
そう言ってフィーがルクスを連れてきたのは、何人かに囲まれながら、椅子に腰掛け
泣き続ける女性のもとだった。
「私の仕事は、知り合いがモルスになったりして悲しんでいる人の心のケアなんだ。
難しいお仕事だけど、私は適任だって皆言ってくれる」
少し離れて見てて、とフィーはルクスに伝えると、そっと女性の前に座る。もう辺りは暗くなっており女性の顔が上手く見えない。しかし次の瞬間、その場を柔らかい光が包み込んだ。それをみたルクスの目が、ゆっくりと見開かれる。
「……辛かったですね」
その光は、フィーのピーズアニマから放たれていた。白っぽく清純なその光は、闇のようなピーズアニマから放たれていると信じがたくなるほどのものだ。
光が、女性の泣き顔を優しく照らす。

「気持ちが落ち着くまで、ゆっくりお話しませんか?」
「……なにも、話したく、ない」
「では、少しそばにいさせてください。風邪をひかないよう暖かくしましょう」
フィーが近くの蒼服から毛布を受け取り、女性にかけた。柔らかいそれに、女性はぼうっと触れる。しばらくそうした後、つうと一筋の涙がこぼれ落ちた。
「…………とっても、楽しい子だったの」

泣き続けて枯れた声が、想いを綴り始める。
「いつも、仲良くしてくれてっ……、時々わがままで、いいか、げんで」

ぽたり、ぽたりと、また涙が溢れ続ける。けれどそれは、一人座って泣きじゃくっていた
ときのものとは別のものとも感じた。
「……まだ、一緒に……っ、やりたいこととか、言いたいっ、ことも……!」
「悲しいですね。やりきれないですね……ここでは沢山泣いてあげて下さい。それが一番の供養になります……」
優しくそう言いながら、フィーは女性の背中をさする。傷ついた心にしっかりと
届くようゆっくりと、丁寧に言葉を繋いでいった。やがて女性の涙が止まる。女性は暖かいお茶を
受け取って口に含むと、顔を上げた。目は泣きはらしているが、表情はおだやかなものに
変わっている。
「落ち着きましたか……?」
「すみません、私……」
謝ろうとする女性を、フィーは片手で制する。
「悲しむことも、泣くことも、悪いことではないですよ。少しずつ、自分のペースで
乗り越えていけばいいんです。溜め込まないよう、定期的に吐き出すようにして下さい。
必要であれば、またお話を聞きます」






女性は薄く微笑むと、コクリと頷いた。笑顔が浮かんだことを祝福するかのように灯が
宙を舞う。珍しく晴れた夜空には、多くはないがたしかに輝く星が顔を見せていた。
「これからもどうか、ご友人のことを想い、泣いてあげて下さいませんか?」
「……はい。彼女のことは忘れません」
「しかし、ずっと辛いままでは、涙も失ってしまいます。彼女のことを忘れて、ひたすらに楽しむ時間も作って下さい……貴女の笑顔を好きな方は、沢山いますので。私もですよ」
そう言いながらお手本のようにへにゃ、と笑ったフィーを見て、女性も同じ笑顔を浮か
べる。そしてお辞儀をして返っていく女性を見送り、フィーはルクスを待たせていた方を
振り返った、が。
「あれっ?」
そこにはただ、フィーの光が届かない闇が広がっているだけだった。











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