第 6 幕 灯火と鎮魂曲
鳥の声、暖かい日差し。ウォルテクス内では珍しいこの陽気はいわゆる『いい天気』という
ものだった。そんな中、一定で鳴り響く発砲音の方を伺えば、真剣な表情で的を狙う
マーシャがそこにいる。
(少しずつですが……上達していっていますね)
特に表情を変えることもなくロンドはそう思うと、拳銃のリロードに合わせて彼女に
声をかけた。華奢な腕で汗を拭いながらマーシャがこちらを向く。
「どうしたの?…………危険なことはしてないわ」
「えぇ、その点はお嬢様を信用してみますよ。今のところは」
「今のところ!?」
どういう意味、とこちらをぽかぽかと軽く殴りながらマーシャが反論した。可愛らしい
その行動に、ロンドは少し頬を緩める。
「朝食の用意ができたようですよ。向かいましょう」
マーシャに布を差し出し、手を差し伸べた。
ラメティシイのギロティナは人数が多いからか、食事の際はかなり賑やかだ。ロンドが
マーシャをつれて向かうと、丁度マウイがルクスの手を引いてやって来るところだった。
「おはよう御座います」
「ロンド……おはようしゃん、今日もがっつり執事ばい!」
マウイはそう言ってにっと笑う。ルクスもロンドを見つけると目に見えて表情を明るく
した。不機嫌そうなオーラを感じてロンドが横を見ると、マーシャが頬を膨らませている。
「なんでロンドばかり……」
「お嬢様、私に恨めしそうな視線を向けられても困ります…………」
そう返すとマーシャはロンドのそばを離れ、ルクスに近づいていった。どんどん後ろへと
下がっていくルクスに距離を詰めていくマーシャ。そしてなにを思ったのか、突然ルクスの
髪のハネを弾いた。
「!?」
「マーシャ!」
飛び上がったルクスを背中に隠して、マウイがマーシャを咎める。伸ばしたままの腕を
そっと下に降ろされ、さらに彼女は不機嫌になっていた。
「ルクスが嫌がっとったやろ……急に距離ば詰めすぎや」
「そうですよお嬢様……仲良くなりたいのは分かりますが、落ち着いて」
「むぅ………」
ひたすら注意されるのが嫌だったのか、マーシャはここから逃げるように抜け出す。
カツカツと靴音を響かせ、目をこすりつつ歩いていたポプリの方へと向かっていった。
「ルクス君、お嬢様がすみません」
「あっ、いえ!慣れてない俺がいけないので」
ロンドに話しかけてもらえた喜びをにじませながら、はにかんだようにそう言うルクスを
見て、マウイとロンドに電撃が走る。
(あいらしかっ……なんでそげんロンドに懐いたんかわからんばってん……
守りたかっ…………めっちゃ守りたか……っ!)
(お嬢様、申し訳ありません……!けれど、ルクス君……私を慕ってくれて
ありがとうっ………!)
ぷるぷると震えて悶絶する二人に、ルクスは一瞬だけ眉を寄せると、気を使うようにすぐ
困り笑顔に切り替えた。一方、少し離れたところでは、ポプリを揺らし続けるマーシャに
アーニーが便乗し、ポプリをワシャワシャと撫でている。
「ぽ〜ぷ〜り〜!ちゃんと起きてよ〜っ!」
「ポプリちゃんの髪ふわふわだね〜」
「分かるの!?」
アーニーがそう言った瞬間、マーシャはポプリを揺らすのを止めて瞳を輝かせた。
「そう、ポプリの髪の毛ってとっても柔らかいのよ!綺麗なブロンドだし、羨ましい!」
「マーシャちゃんの黒髪も、とっても艶やかで美しいよ?」
「本当!?アーニーの髪も、長くてとっても綺麗よね……」
まるで女子同士のような会話(アーニーは男)に黙って挟まれていたポプリだが、なにか
思いついたかのように顔を上げると、真っ直ぐマウイの元へ歩き出す。
「ん?ポプリ、どうしたと?」
「…………」
次の瞬間、ポプリはマウイにがばっと抱きついた。
「!!??」
「あっ」
「ふむ……」
固まるマウイと、気まずそうにして二人から距離をとるロンドとルクス。
そして表情も変えずに、ポプリは上目遣いで言う。
「なでて」
「えっ……は!?」
「わたしのかみさわってみて」
「きゅっ、急になに言うて……なんでぼく?」
「いいから」
狼狽えるマウイを気にもせず、マウイに撫でること要求し続けるポプリ。
「あの……ポプリさんとマウイさんって……?」
「我がギロティナの名物カップルですよ」
「あ……やっぱり」
「嘘ですよ。今はまだ」
「あ〜…………今はまだ」
マウイは視線で助けを求めるが、そんな会話をしながら立ち去ってしまった二人には
届かない。
「まうい。はやく」
「〜〜〜っ!!」
ついに、根負けしたマウイがポプリの頭に手を置く。猫のようにふんわりとした感触。
(ふわふわする……)
「どう?」
ワクワクとした空気を隠すこともせず、ポプリはマウイに感想を聞く。
「ん……まあ、ふわふわしとってよかとやなかか?」
「そっか」
しばしの沈黙。
「……も、もうええか?」
「いいよ。ありがとう」
あっさりとマウイから離れたポプリと、未だに顔が赤いマウイを見て、いつの間にか
来ていたエラがため息をついた。
「どっちも丸くなったねぇ。まさかこうなるとは思わなかったけど……」
そう感慨にふけっていると、すぐ横を銀髪がひょこひょこと通っていく。
「ね、ね、フィーちゃん。お菓子あるけど食べる?」
「食べる」
くるっと振り向いたフィーはキラキラした目でエラを見上げると、今すぐくださいと
言うように両手を出した。
(なるほどねぇ……ラメティシイの人たちが、やたらとこの子に食べ物を上げてたけど…… 理由分かった気がする)
にっこりと、フィーの手のひらに砂糖菓子の包みを乗せる。
わずかながら顔を綻ばせるフィー。彼女は表情よりも空気で語るタイプのようだ。
「フィーちゃん、ラメティシイのなかでカップルとか……いる?」
完全な興味でエラが尋ねると、フィーは少し考え込んでからゆっくりと答える。
「うーん……テオとアリアは仲、良さそうだよ?」
それを聞いてエラが二人を探すと、隣同士の席に座って楽しげに話している。
「確かに仲良さそうだけど……そういう方向には発展しなそうねぇ」
「?」
ラメティシイに色恋の話は期待するだけ無駄かな、と諦めたエラは、いまだに固まったままのマウイに声をかけてテーブルへ向かった。
モルス出現の鐘が鳴り響いたのは、夜も近づき空が赤く染まった頃であった。
メイソンがテキパキと指示をだす。
「規模は中。ベネヌムの方からも数人戦闘員を出してください。ウィリアム、出て
貰いますよ」
「……分かった」
やや不服そうながら、ウィリアムは準備を始める。ベネヌム側から指名されたポプリ・エラは真剣な表情でうなずくと走っていった。ベネヌムは最速で処刑を執行することに意義があるのだ。
「テオと私は、崩れた家などの瓦礫を整備しに、少し遅れて向かいます。あと……フィー」
「うん」
「貴女も、モルスの処刑が完了次第知らせますので、それまでここで待機していて
ください」
それを聞くとフィーもパタパタと移動を始め、自分の部屋へと消えていった。それから数秒後、早くもエラ、ポプリが用意を終えて出てくる。感心したようにメイソンがうなずくと、ロンドが一つ提案を持ちかけた。
「家屋の整備ならば、マウイを向かわせましょうか?彼は力が強いので役に立つでしょう」
「ありがとうございます。しかし今回は然程規模が大きいわけではないので、休ませて
ください……良いリーダーがついているようですね」
そうメイソンは断るが、口元に笑みを浮かべてロンドを称賛する。まさか褒められるとは
思っていなかったのか、ロンドは一瞬だけ目をみはり、ペコリと頭を下げた。
そして、くるりとマーシャの方を向く。
「お嬢様」
「なに……別に行かないわ。力不足だってことはこの間理解したし…………」
急に厳しくなったロンドの顔に、マーシャは少したじろいで右足を後ろへずらした。
後退の姿勢になる彼女に、ロンドは気が進まないといった様子でこう言う。
「ベネヌム家からのお呼び出しです……至急戻るように、と」
「!!」
とたんマーシャの顔が強張り、拳が固く握りしめられた。びりっとした緊張を感じたルクスは辺りを見回すが、マウイは目をそらしている。余り良い空気では無いことが、嫌でも
理解することが出来た。
「……何故」
「お父上が休暇をとられたらしく…すぐ仕事になってしまうため、急ぎ娘達に会いたいと」
「嫌よ、なんでお父様が私に会う必要があるの?」
マーシャの瞳が鋭さを増していく。普段からは考えられないほど冷たい、拒絶の光を浮かばせている彼女に、近くにいたアリアは怯えをにじませていた。緊迫した空気の中、慎重に
ロンドは口を開く。
「しかし……お嬢様もたまにはミュラッカ様に」
「ミュリーのことなんか口にしないで!!」
ロンドの言葉を遮ってマーシャが叫ぶ。ルクスはびくっと身をすくませたが、ロンドと
マウイは慣れているらしく動じていない。大きな声を出したことで乱れた呼吸を整えてから
マーシャは顔を上げる。寄せられた眉につり上がった目、きつく結ばれた口。
彼女の心中が穏やかでないことは一目瞭然だった。
「……分かってるわよ、行かなくちゃね。でも、ミュリーと話したくなんてない。お父様
よりも、ずっとね」
良家の令嬢としてのプライドか、それ以降声を荒げることはなく、いつもより数段
トーンを落としてそう言い放つ。つかつかと部屋に向かう彼女に、声をかける勇気など
この場の誰にもなかった。
「……あの、ミュラッカ様って?」
マーシャが完全に見えなくなってから、ルクスがマウイに尋ねる。マウイは少し言いにく
そうにしてから小さな声で言った。
「マーシャん双子ん妹様。さっきんで十分分かるやろうばってん、あんまり仲良うなか
らしいな。病弱で、あまり人前に出らんらしい」
「仲が悪いといっても、ミュラッカ様はお嬢様を慕っておりますよ」
ロンドが補足する。そう、ミュラッカ様、と繰り返すロンドは、少し寂しげに目を伏せる。
「もっとお会いしてくれれば良いのですが……」
ボソリと呟くように言うロンドには、普段の苦労が滲んでいた。しかしそこはプロ級で
次の瞬間には気を引き締め、仕事に向かう表情に戻る。
「では、私達は待機ですね。もしもの事態も考慮して、マウイはいつでも出られるように
してください」
「りょーかい」
そうしてマウイも散っていく。あとは処刑完了を待つだけとなり、他の人々も自由に
移動していった。
(俺はどうしようかな……)
考えを巡らせながら立ち尽くすルクス。その腕を、くいと引くものがいる。
「!」
ちらとそちらを見やると、自分よりも少し小さい銀髪が、橙の瞳をこちらに向けていた。
ルクスは数回瞬きすると、勝手ながら気に入っているその瞳に視線を向け、にっこりと
微笑む。
「フィーちゃん、どうかした?」
「私、まだしばらく暇なんだ。お話したい」
「……誰と?」
「キミと」
今度は強く、フィーがルクスの腕を引く。予想外の動きにルクスはつんのめるが、転ぶ一歩
手前で踏みとどまった。フィーが再度彼を見る。温かく、好奇心のようなものを宿した
灯火色と、深緑の瞳がお互いの色を写している。
しばらくしてルクスが口を開いた。
「俺も暇だから、是非お話したいな」
その瞳だけに視線を注ぎながら。
ものだった。そんな中、一定で鳴り響く発砲音の方を伺えば、真剣な表情で的を狙う
マーシャがそこにいる。
(少しずつですが……上達していっていますね)
特に表情を変えることもなくロンドはそう思うと、拳銃のリロードに合わせて彼女に
声をかけた。華奢な腕で汗を拭いながらマーシャがこちらを向く。
「どうしたの?…………危険なことはしてないわ」
「えぇ、その点はお嬢様を信用してみますよ。今のところは」
「今のところ!?」
どういう意味、とこちらをぽかぽかと軽く殴りながらマーシャが反論した。可愛らしい
その行動に、ロンドは少し頬を緩める。
「朝食の用意ができたようですよ。向かいましょう」
マーシャに布を差し出し、手を差し伸べた。
ラメティシイのギロティナは人数が多いからか、食事の際はかなり賑やかだ。ロンドが
マーシャをつれて向かうと、丁度マウイがルクスの手を引いてやって来るところだった。
「おはよう御座います」
「ロンド……おはようしゃん、今日もがっつり執事ばい!」
マウイはそう言ってにっと笑う。ルクスもロンドを見つけると目に見えて表情を明るく
した。不機嫌そうなオーラを感じてロンドが横を見ると、マーシャが頬を膨らませている。
「なんでロンドばかり……」
「お嬢様、私に恨めしそうな視線を向けられても困ります…………」
そう返すとマーシャはロンドのそばを離れ、ルクスに近づいていった。どんどん後ろへと
下がっていくルクスに距離を詰めていくマーシャ。そしてなにを思ったのか、突然ルクスの
髪のハネを弾いた。
「!?」
「マーシャ!」
飛び上がったルクスを背中に隠して、マウイがマーシャを咎める。伸ばしたままの腕を
そっと下に降ろされ、さらに彼女は不機嫌になっていた。
「ルクスが嫌がっとったやろ……急に距離ば詰めすぎや」
「そうですよお嬢様……仲良くなりたいのは分かりますが、落ち着いて」
「むぅ………」
ひたすら注意されるのが嫌だったのか、マーシャはここから逃げるように抜け出す。
カツカツと靴音を響かせ、目をこすりつつ歩いていたポプリの方へと向かっていった。
「ルクス君、お嬢様がすみません」
「あっ、いえ!慣れてない俺がいけないので」
ロンドに話しかけてもらえた喜びをにじませながら、はにかんだようにそう言うルクスを
見て、マウイとロンドに電撃が走る。
(あいらしかっ……なんでそげんロンドに懐いたんかわからんばってん……
守りたかっ…………めっちゃ守りたか……っ!)
(お嬢様、申し訳ありません……!けれど、ルクス君……私を慕ってくれて
ありがとうっ………!)
ぷるぷると震えて悶絶する二人に、ルクスは一瞬だけ眉を寄せると、気を使うようにすぐ
困り笑顔に切り替えた。一方、少し離れたところでは、ポプリを揺らし続けるマーシャに
アーニーが便乗し、ポプリをワシャワシャと撫でている。
「ぽ〜ぷ〜り〜!ちゃんと起きてよ〜っ!」
「ポプリちゃんの髪ふわふわだね〜」
「分かるの!?」
アーニーがそう言った瞬間、マーシャはポプリを揺らすのを止めて瞳を輝かせた。
「そう、ポプリの髪の毛ってとっても柔らかいのよ!綺麗なブロンドだし、羨ましい!」
「マーシャちゃんの黒髪も、とっても艶やかで美しいよ?」
「本当!?アーニーの髪も、長くてとっても綺麗よね……」
まるで女子同士のような会話(アーニーは男)に黙って挟まれていたポプリだが、なにか
思いついたかのように顔を上げると、真っ直ぐマウイの元へ歩き出す。
「ん?ポプリ、どうしたと?」
「…………」
次の瞬間、ポプリはマウイにがばっと抱きついた。
「!!??」
「あっ」
「ふむ……」
固まるマウイと、気まずそうにして二人から距離をとるロンドとルクス。
そして表情も変えずに、ポプリは上目遣いで言う。
「なでて」
「えっ……は!?」
「わたしのかみさわってみて」
「きゅっ、急になに言うて……なんでぼく?」
「いいから」
狼狽えるマウイを気にもせず、マウイに撫でること要求し続けるポプリ。
「あの……ポプリさんとマウイさんって……?」
「我がギロティナの名物カップルですよ」
「あ……やっぱり」
「嘘ですよ。今はまだ」
「あ〜…………今はまだ」
マウイは視線で助けを求めるが、そんな会話をしながら立ち去ってしまった二人には
届かない。
「まうい。はやく」
「〜〜〜っ!!」
ついに、根負けしたマウイがポプリの頭に手を置く。猫のようにふんわりとした感触。
(ふわふわする……)
「どう?」
ワクワクとした空気を隠すこともせず、ポプリはマウイに感想を聞く。
「ん……まあ、ふわふわしとってよかとやなかか?」
「そっか」
しばしの沈黙。
「……も、もうええか?」
「いいよ。ありがとう」
あっさりとマウイから離れたポプリと、未だに顔が赤いマウイを見て、いつの間にか
来ていたエラがため息をついた。
「どっちも丸くなったねぇ。まさかこうなるとは思わなかったけど……」
そう感慨にふけっていると、すぐ横を銀髪がひょこひょこと通っていく。
「ね、ね、フィーちゃん。お菓子あるけど食べる?」
「食べる」
くるっと振り向いたフィーはキラキラした目でエラを見上げると、今すぐくださいと
言うように両手を出した。
(なるほどねぇ……ラメティシイの人たちが、やたらとこの子に食べ物を上げてたけど…… 理由分かった気がする)
にっこりと、フィーの手のひらに砂糖菓子の包みを乗せる。
わずかながら顔を綻ばせるフィー。彼女は表情よりも空気で語るタイプのようだ。
「フィーちゃん、ラメティシイのなかでカップルとか……いる?」
完全な興味でエラが尋ねると、フィーは少し考え込んでからゆっくりと答える。
「うーん……テオとアリアは仲、良さそうだよ?」
それを聞いてエラが二人を探すと、隣同士の席に座って楽しげに話している。
「確かに仲良さそうだけど……そういう方向には発展しなそうねぇ」
「?」
ラメティシイに色恋の話は期待するだけ無駄かな、と諦めたエラは、いまだに固まったままのマウイに声をかけてテーブルへ向かった。
モルス出現の鐘が鳴り響いたのは、夜も近づき空が赤く染まった頃であった。
メイソンがテキパキと指示をだす。
「規模は中。ベネヌムの方からも数人戦闘員を出してください。ウィリアム、出て
貰いますよ」
「……分かった」
やや不服そうながら、ウィリアムは準備を始める。ベネヌム側から指名されたポプリ・エラは真剣な表情でうなずくと走っていった。ベネヌムは最速で処刑を執行することに意義があるのだ。
「テオと私は、崩れた家などの瓦礫を整備しに、少し遅れて向かいます。あと……フィー」
「うん」
「貴女も、モルスの処刑が完了次第知らせますので、それまでここで待機していて
ください」
それを聞くとフィーもパタパタと移動を始め、自分の部屋へと消えていった。それから数秒後、早くもエラ、ポプリが用意を終えて出てくる。感心したようにメイソンがうなずくと、ロンドが一つ提案を持ちかけた。
「家屋の整備ならば、マウイを向かわせましょうか?彼は力が強いので役に立つでしょう」
「ありがとうございます。しかし今回は然程規模が大きいわけではないので、休ませて
ください……良いリーダーがついているようですね」
そうメイソンは断るが、口元に笑みを浮かべてロンドを称賛する。まさか褒められるとは
思っていなかったのか、ロンドは一瞬だけ目をみはり、ペコリと頭を下げた。
そして、くるりとマーシャの方を向く。
「お嬢様」
「なに……別に行かないわ。力不足だってことはこの間理解したし…………」
急に厳しくなったロンドの顔に、マーシャは少したじろいで右足を後ろへずらした。
後退の姿勢になる彼女に、ロンドは気が進まないといった様子でこう言う。
「ベネヌム家からのお呼び出しです……至急戻るように、と」
「!!」
とたんマーシャの顔が強張り、拳が固く握りしめられた。びりっとした緊張を感じたルクスは辺りを見回すが、マウイは目をそらしている。余り良い空気では無いことが、嫌でも
理解することが出来た。
「……何故」
「お父上が休暇をとられたらしく…すぐ仕事になってしまうため、急ぎ娘達に会いたいと」
「嫌よ、なんでお父様が私に会う必要があるの?」
マーシャの瞳が鋭さを増していく。普段からは考えられないほど冷たい、拒絶の光を浮かばせている彼女に、近くにいたアリアは怯えをにじませていた。緊迫した空気の中、慎重に
ロンドは口を開く。
「しかし……お嬢様もたまにはミュラッカ様に」
「ミュリーのことなんか口にしないで!!」
ロンドの言葉を遮ってマーシャが叫ぶ。ルクスはびくっと身をすくませたが、ロンドと
マウイは慣れているらしく動じていない。大きな声を出したことで乱れた呼吸を整えてから
マーシャは顔を上げる。寄せられた眉につり上がった目、きつく結ばれた口。
彼女の心中が穏やかでないことは一目瞭然だった。
「……分かってるわよ、行かなくちゃね。でも、ミュリーと話したくなんてない。お父様
よりも、ずっとね」
良家の令嬢としてのプライドか、それ以降声を荒げることはなく、いつもより数段
トーンを落としてそう言い放つ。つかつかと部屋に向かう彼女に、声をかける勇気など
この場の誰にもなかった。
「……あの、ミュラッカ様って?」
マーシャが完全に見えなくなってから、ルクスがマウイに尋ねる。マウイは少し言いにく
そうにしてから小さな声で言った。
「マーシャん双子ん妹様。さっきんで十分分かるやろうばってん、あんまり仲良うなか
らしいな。病弱で、あまり人前に出らんらしい」
「仲が悪いといっても、ミュラッカ様はお嬢様を慕っておりますよ」
ロンドが補足する。そう、ミュラッカ様、と繰り返すロンドは、少し寂しげに目を伏せる。
「もっとお会いしてくれれば良いのですが……」
ボソリと呟くように言うロンドには、普段の苦労が滲んでいた。しかしそこはプロ級で
次の瞬間には気を引き締め、仕事に向かう表情に戻る。
「では、私達は待機ですね。もしもの事態も考慮して、マウイはいつでも出られるように
してください」
「りょーかい」
そうしてマウイも散っていく。あとは処刑完了を待つだけとなり、他の人々も自由に
移動していった。
(俺はどうしようかな……)
考えを巡らせながら立ち尽くすルクス。その腕を、くいと引くものがいる。
「!」
ちらとそちらを見やると、自分よりも少し小さい銀髪が、橙の瞳をこちらに向けていた。
ルクスは数回瞬きすると、勝手ながら気に入っているその瞳に視線を向け、にっこりと
微笑む。
「フィーちゃん、どうかした?」
「私、まだしばらく暇なんだ。お話したい」
「……誰と?」
「キミと」
今度は強く、フィーがルクスの腕を引く。予想外の動きにルクスはつんのめるが、転ぶ一歩
手前で踏みとどまった。フィーが再度彼を見る。温かく、好奇心のようなものを宿した
灯火色と、深緑の瞳がお互いの色を写している。
しばらくしてルクスが口を開いた。
「俺も暇だから、是非お話したいな」
その瞳だけに視線を注ぎながら。