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第 5 幕  エスノセントリズム・メサイアコンプレックス

結局、自分は人殺しにはならなかった。
男がモルスに攻撃される前に、ギロティナの人たちが討伐にきたのだ。
助けられた男は自分のことを散々に非難したが、自分がそいつがやったことを事細かに
伝えると、捜査の後男が有罪となった。しばらく牢に入れられるらしい。
そんなことでは足りないほどのことをしでかしているのだが、彼女の犯行動機を
上の奴らが軽視したことと、男も友人2人を殺害されていることからこの結果となった。
「…………」
事件のあと、自分の死名痣は消えていた。彼女の成れの果てに殺されることが自分の
死の呪いだったとでもいうのだろうか。
彼女を迫害したやつは、まだ沢山残っている。確信があった自分は今日もまた、
ピーズアニマを出現させる。武器の形をしたそれは、彼女の仇討ちをしろと言われているのとほぼ同義に思えた。
自分の顔に包帯を巻きつける。誰になんと言われようとこの格好を止めるつもりは
無かった。彼奴等に襲われた直後の気持ちをありありと思い出せるからだ。
これで身支度は完了。ゆらりと路地から一歩歩き出す。
今日もまた、彼奴等の元へ。包帯で顔を隠した襲撃者がやって来た。
自分の姿を見た奴らが驚き、近くにあった鉄パイプで殴りかかってくる。もう自分の姿は
有名なので、別にこちらにとって意外でもなんでも無かった。
くるりと手首を返して相手に棍棒をぶつける。自身で生成した武器は、自分で持つと
とても軽いのに、相手にはしっかりと効くようだった。
「づっ……」
潰された蛙のような悲鳴をあげて、相手が倒れる。殺しはしない。ただ私怨も入った
お灸をすえるだけだ。足元に転がる壊れたブラウン管を蹴り飛ばす。一時は科学の進歩だ
なんだと皆騒いだが、いざ使ってみるとボロいものだった。
小さく舌打ちをする。
別に科学が嫌いなわけじゃないし、魔法が嫌いなわけでもない。ただ科学を見つめる
人々の、あの魔法を超えることしか考えていない瞳がどうしようもなく憎い。
その中でも過激な奴らを狙い続けた結果、一部から自分は「ヒーロー」とよばれるようにも
なっていた。まぁ、そう言った人たちはもれなく過激派の餌食になったが。
「なぁ、意識あるか?」
踵を返して、近くでうずくまっている青年に声をかける。ビクリと身体を震わせて顔を
上げる青年の瞳には、困惑と怯えが浮かんでいた。
「警備隊には置き手紙しといたけん、そのうち保護しにきてくるーて思うぞ。そしたら
 コイツラにしゃれたことば事細かに話しぇ。そうすりゃお前は助かる」
言葉の意味を飲み込めずしばらく青年は呆然としていたが、我に返ったようにはっと目を
見開くと、頭を下げ始めた。
「あっ………ありがと、うございますっ…………!」
大丈夫そうなので殴り倒した奴らを縛り上げ、自分は退散する。あとは警備隊に任せる
しかないうえ、自分も捕まるわけにはいかないからだ。
慣れた動きで壁を伝っていく。このときばかりは憑依しなくてはならない。
この瞬間の独特の不快感はそうそう慣れるものではないとつくづくそう思う。
気持ちがしゅんとしぼんで、自分の部屋に閉じこもりたくなるのだ。勿論、そうしている
わけにはいかない。頭をぶんぶんと振って、下がりそうになる眉をつり上げる。高い屋根の
上から、保護されていく青年を見守った。青年がなにか必死に訴えると、縛られた奴らが
連行されていく。今回も上手くいった…………
「計画通り、か?」
「!!??」
突然後ろから聞こえてきた声に振り向く。そこには、面白そうにこちらを見つめる
女性が立っていた。無防備に見えるのに、どこか付け入ることを許さないような、不思議な
プレッシャーを放っている。
「……誰や」
「いや〜、怪しいもんじゃねぇから安心しなって!あ、怪しいのはお前か、ガハハッ!!」
見た目とどうも合わない口調のその女性は、ひとしきり笑うと、少し瞳を細めてこう言った
「あの襲われた男子……荒くれ者にどうも付け狙われてたみたいだなぁ?顔に住所に
 問題になった言動に……そんなことまで、彼奴等が自分で調べられるかあ?」
「…………」
「……なぁ」
女性がこちらを指差す。十分な距離があるにも関わらず、眼前に突きつけられたようで
冷や汗が出る。
「お前が情報を流したんだろう?計画通りに襲わせるためにな」
女性はなお笑顔を絶やさない。その瞳には、敵意や告発しようといった意志ではない、なにかが見え隠れしていた。
「捕まった奴らの証言だ。皆一様に、青年がこのことを教えてくれたと言っている。
……さあて、正解かな?」
「あぁ、そうや…………ぼくんマッチポンプばい。ばってん、それでどうする?警察に
 突き出すか?」
嘘をついても意味がないように感じて、白状する。
「おー、やっぱりか!当たるとやっぱ嬉しいぜ!」
「そもそも……誰だあんたは」
敵意を込めて睨めつけると、ようやく女性は笑い転げるのをやめこちらを見た。
「私は、ベネヌム家運営ギロティナ隊員、エラ・ベイリーよ。貴方を勧誘に来たの」

「ギロティナ……勧誘…………?」
はっきり言ってわけが分からなかった。自分はモルスを倒したことなんてないし、名家直属の組織がこんな荒くれ者を勧誘していいものなのか。
警戒を強めて後退する。やり合うわけにはいかない。いい感じに姿を眩ませなければ……
そう、後ろへ飛び退こうとした瞬間。
「まだ話は途中だよ」
「!!」
突如現れた巨大な鳥二羽に行く手を塞がれる。漆黒のそれがエラのピーズアニマだという
ことは直ぐに分かった。無理に押し通っても無駄だと判断して、静止する。
「別に私達は君を捕まえようってわけじゃない。警察側も、君がいると暴力犯を高確率で
捕まえられるから見逃してるしね……君を勧誘しようと思ったのは、単純に君の力がモルスの討伐に向いてるから。それにギロティナは結構、訳アリの人とか多いよ?」
だから安心せい!とエラは笑う。彼女の言っていることにおかしな点はなさそうだった。
けれどやはり入るわけにはいかない。丁重にお断りしようとしたところで、
「あぁ、そうだ。一つ質問いいかな?」
エラに質問を投げかけられた。
「なんや」
「あのさ……君はなんのためにここまでしてるの?」
一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。しばらくしてから、ようやく理由を尋ねられていることを飲み込む。
「決まっとー……!!ぼくは……!」
あれ。
そこまで言って、途端に分からなくなった。
仇討ち、粛清、復讐…………
どれもあったはずなのに、いつの間にかどれでもなくなっている。
足元が揺らいだ気がした。
「…………??」
「なるほどね…………」
固まっている自分を見て、エラは何かを察したようだった。自分の横を通り過ぎて、自身の鳥へと向かいながら、囁く。
「すすんだほうがいいよ。自分を見失いきる前にね」
いつでもウチにおいで。歓迎するよ……
そう残して、エラは行ってしまう。
自分だけが、残された。


自分の部屋。窓から差し込む月明かりが、薄暗い部屋の中をぼうっとてらしている。
ヒビの入った小さな鏡に目を向けてみれば、あの日よりも成長した自分の顔が映り込む。
もう、彼女とは何もかもが変わってしまった。今の自分の手であれば、あの日の彼女の手
など片手で包み込む事ができるだろう。
「…………おいていっとーとに、おいていかれとーごた」
これでは、どちらが正常なのか分かりもしない。
エラの言葉が脳裏に浮かぶ。
すすんだほうがいいよ。
何処が進んでいないというんだとあのときは思ったが、よく考えればそうだ。あの日、死んだのは彼女だけじゃなく、自分もだったのかもしれない。
もう眠ろう。ゆっくりと体を動かし、ベッドへ横たわる。
このまま溶けて消えるのもいいなと、ただそう思いながら。

聞こえた叫び声を目指して走る。先日蒔いた種が功を奏したようだ。急がなくては
ならない。結果的に助けるとはいえ、余り怪我をさせるわけにはいかない。
いくつもの路地を抜け、ついにそこにたどり着いた。
「!!」
座り込んだ少女と少年が、驚いたようにこちらを見る。もうすでにいくらか傷がある。
少し遅れてしまっただろうか。訝しげにこちらを見ていた過激派の一人を、棍棒で
殴り飛ばした。それによって他の奴らは自分を敵と認識し、攻撃してくる。
あとはそれを黙らせるだけ……
「きゃああっ!!」
少女の悲鳴、そしてパイプを振り上げる男を見た瞬間、反射的にその間へ滑り込んだ。
「づっ……!!ぁ……」
響く振動。殴られた背中から強い痛みが広がる。とっさに庇ってしまったが、まずい
状況になった。想像以上に重い一撃に、思わず膝をつく。続けてやってきた攻撃をなんとか
受けるたびに、身体が悲鳴をあげた。横目で少女の様子を伺えば、呆然と自分を見つめて
いる。このままでは守りきれない。今逃げるように言うか?いや、駄目だ。
これだけの人数がまだ動ける今、分散して追われるかもしれない。もっと数を減らさな
ければ。その一心で相手をなぎ倒し続ける。
「…………っ!!」
また一撃、受けてしまった。視界がゆがむ。でも、あと一人、あと一人減らすことが
できればそれでいい。力を振り絞り、棍棒を振り抜く。
相手が倒れる。
今だ。
必死に息を吸い込んで、叫ぶ。
「逃げろ!!!人目があるところまで走るんや!!!!」
自分の大声に我に返ったのか、少女は立ち上がった。だが、混乱しているのか、足がすく
んでしまったのか、その場で固まっている。早くここから離れさせなければならないのに。
そのとき、一緒に居た少年が少女の手を引く。
「こっちだ!」
手を引かれて、引いて、二人は走ってゆく。残りの奴らの相手で見送ることは出来なく
なったが、ちゃんと一緒に逃げられているはずだ。
ある日の彼女と自分が重なる。あぁ、凄い。
「ぼくには……出来んやったことや」
身体が傾く。憑依する力なんてもう残っていない。衝撃とともに目の前が真っ暗になった。


「…………う」
目を開けると、くすんだ夜空があった。痛む身体を動かすのがおっくうで、しばらく
寝転んだ状態で考える。たしかまだ一人残っていたはずだが、そいつだけでなく殴り
倒した奴らもいない。逃げられたようだ。
「あん子ら……無事に逃げられたかな」
かすれた声で呟く。ここまで身体をはったのだから助かって欲しい……と思いかけて
目を閉じる。そうだった。こうなったのはそもそも自分の策のせいだった。
本当に自分は何がしたかったんだろうか。わざわざ襲わせてそれを助けるなんて。
過激派を捕まえるだけなら、こんな回りくどいことをしなくてもよかった。
どうして自分は…………。
「…………ヒーロー………か」
曖昧な正義のヒーロー。
あの日、彼女を助けられなかった自分は。何一つ救えない自分は。
ずっとそれになりたかったのだろうか。
『誰も救えない』自分を。
救いようがない『自分』を。
見ていたくなくて。
顔を隠した包帯に手をかける。すでに緩んでいたそれは、それだけのことでふわりと自分の
素顔をあらわにした。ガラクタに反射して見えた自分の顔は、憑依していないのにも
関わらず弱々しくて、中途半端に引っかかった包帯が不格好だった。
ゆっくりと身体を起こす。背中がズキズキと痛むが、その痛みが自分をここに繋ぎ止めて
くれているように感じる。膝を胸に引き寄せて、そのまま空を見上げた。
星は見えない。劣等感や憎しみがつくる灰の空は、そこにあるはずの光さえ隠してしまう。
けれどその時雲が動いて、月が顔を出した。月明かりが、ガラクタに囲まれた自分に
降り注ぐ。自分には明るすぎるような気がして、目をつむった。
「自分を認識出来たかい?」
いつの間にかそこに立っていたエラに問われる。
「……多分、な。結局、ぼくはぼくでしかなかったけど」
エラは優しい笑みを浮かべて近くまで歩いてくると、自分の顔にかかる包帯を指で
ずらした。自分の顔が、また少しずつ現れていく。
「君が助けた子どもたちは無事だよ。後処理は、俺たちがやらせてもらった」
そこまで言うと、エラはまた数歩自分から離れて、両手を広げて言った。
「行き先不安ならこっちにおいで。君には夜の闇より、時折顔をのぞかせる、
あの太陽が似合う」
太陽なんて……とも思ったが、少しずつ慣れていくことも必要かもしれない。
立ち上がって、エラの前へと移動する。包帯が完全に解けて、足元へ落ちていった。
「太陽なんて慣れとらんけんな……色々教えてくれや?」
そう言って、少し笑って見せる。
「勿論だよ。包帯ヒーローさん?」
「マウイ。マウイ・ケリーや」
久々に口にする、自分の名前。なんとなく明るい響きだ。
「マウイ……か。これからよろしくなっ!」
にっと笑うエラに続いて歩き出す。一度だけ振り返るとそこには、月明かりに照らされた
包帯が残されていた。


ここまで話して、ふうと息をつく。目の前の自分は、変わらず黙って聞いていた。
「そげんこげんでギロティナに入ったはよかばってん、最初は上手う行かんやったなぁ。
モルスば倒すとは簡単やったばってん、連携とかいっちょんで…………ロンドになかなか気ぃ許しぇんやったし、マーシャとは口論ばっか。ポプリは……妙にくっついてきて
えずかったかな。」
その様子を思い出してくっくっと笑う。ポプリは全然似ていないはずの彼女に何処か似て
いて、もう一度失いそうで怖くなっていた。そうして、避けて避けて避けまくった結果……
誰も自分を放って置かなくなり、気がついたら輪の中に。エラに「太陽は皆を照らす
ものじゃないのか笑」というようなことを言われ続けていたら、いつの間にかこの調子だ。
今ではすっかり、彼女がいたときのような自分でいられている。だからエラには感謝して
いるのだが…………いじってくるのはやめていただきたいですハイ。
「ぼくが一番新入りやったけん、世話焼いてもろうた期間も長かったな。ルクスが初めてん後輩ってところ。ここしゃぃおると、嫌でも素が出てきちまうし……ルクスもいつか気ば
許してくるーとよか。」
そこまで話すと、初めて彼の表情が変わる。微笑む自分を見て、こちらも笑顔を返した。
『今度こそ……人助けできそうか?』
「あぁ、勿論や」
笑い合って、目を閉じて、開いた。


目を覚ますと、まだ部屋の中は薄暗かった。早朝と言えるような時間に自分が目覚めることは珍しい。慣れない気温に身体を震わせると、再度毛布に潜り込んだ。
顔だけ出して、隣のベッドで眠るルクスを見てみる。幼い顔立ちは、眠っていると
より一層子供っぽく見えた。
「………………」
ルクスは、まだ自分たちに気を許していない。それが今日まで過ごしてきて分かった
ことだ。そりゃあ2週間程度でオープンに慣れる人など多くはないだろうけど、彼の
ガードは固い。昔そうだった自分がそう思うのだ。そこまで考えて、ロンドがいない
ことに気がついた。いくら彼でもこんな時間に活動するだろうか。手洗いかなにかだろうと
ひとりでに納得して、二度寝にはいろうとしたとき。
「………で」
ドアの向こうから、ロンドの声が僅かに聞こえた。誰かと会話しているようだ。興味本意で
耳を澄ます。
「やはり、貴女でも難しいですか、あのモルスは」
「はい。行方を眩ませることに異常に長けています……知能が高いのでしょう」
どうやら、会話の相手はエラのようだった。そういえば彼女は仕事を途中で切り上げて
来ていたと思い出す。
「……ルークス君にも協力してもらうべきでしょうか」
「いや、駄目ですね。彼の家族関係には不穏な噂が多い。本人がやすやす協力してくれる
 ようには思えません」
「そうですね。まずは彼のケアを…………」
「ロンド」
エラの語気がやや強くなる。
「ルークスを信用してはいけませんよ。あの子は駄目です」
「駄目……?」
「はい。あの子は何もかも計算しているように思えます。心を許してしまえば利用される」
何故エラはそこまでルクスを警戒するのか、不穏な噂とは何なのか、何故モルスの話で
ルクスの家族関係につながるのか……わからないことだらけの話だった。
「エラさん……あの情報があるからといって、彼をそこまで疑うことはないでしょう。
……私はもう部屋に戻ります。貴女も」
ロンドのその言葉を最期に会話は終わり、ドアが開かれる。急いで毛布に潜り直した。
(ルクス…………)
わからないことだらけだけれど、なにか辛いなら力になりたい。ならなくては。
そんな思いを胸に、再度目を閉じる。
まだ少し残る、メサイアコンプレックスを乗り越えて。


○××××のピーズアニマ、モルス 原作 なでしこ グリム童話
説明しづらいんでググれ(直球)花の形をしたピーズアニマ。パット見可愛らしく
彼女によく似合うが、戦闘態勢になると真ん中が裂けて口が出現する。人喰い花。
2/2ページ
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