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第 5 幕  エスノセントリズム・メサイアコンプレックス

暗闇の中、ゆっくりと目を開ける。ぽつんと一人立つ目の前の彼以外、何も無かった。
現実離れした世界に、ぼんやりと、これが夢だということを悟る。
ずっとこうしているのも居心地悪く、無表情にこちらを見つめる彼……………
自分に話しかけた。
「朝が来るまでん間や。それまで、昔話でもしぇんね?」
「…………」
彼は何も言わない。何処か不安そうな空気を纏ってただ座している。
他人には話しにくいものだが、自分相手なら問題ない。
しかしあぁ、これが自分かと思わず苦笑いをして、話し始めた。
「それじゃあ、始めるとするか。ぼくが救えんやった、まだ小しゃかったあん子ん話ば…」

独白。

自分の両親は、科学者だった。ウォルテクス内ではそこそこ優秀な人達で、家でもずっと
仕事をしていたっけ。そんなだから、いつもいつも言われていた。
「マウイ。科学って素晴らしかとよ?うち達ば魔法よりもずっと良か方向へ導いて
 くるーと……」
「あぁ、そうだ。この街が外に劣らず発達したのも、すべて科学のおかげだ。魔法なんて
 私達には必要ない」
なんだかそれは、攻撃的で。魔法への敵意が見え隠れしていた。
ただ、やっぱりそういうものは言われれば言われるほど嫌になるもので…………
(どうでもいい…………)
のらりくらりとかわし続けていたものだ。まぁ、自分の家族についてはこれくらいで
いいだろう。その点以外はいい両親だった。
そして、彼女。
彼女は生まれついたときから近所同士で、よく一緒に遊んだり、喋ったり、沢山の時間を
過ごしてきた。だけど……何度も名前を呼びあったはずなのに”彼女”の名前を、今はもう
呼ぶことができない。あぁ、もう会えないとかそういう意味だけじゃなく、なんでか
その名前を思い浮かべると気分が悪くなるようになってしまったからだ。
でも、綺麗な名前だった。
……名残惜しいけれど、これ以上名前について掘り下げるのはやめよう。頭が締め付け
られるような不快感が昇ってきた。本当に、自分は臆病者だなと自嘲気味に笑ってみる。
____話を戻そう。
あれは、彼女の死名痣が消えて、ピーズアニマを出せるようになった頃だった。
「××××っ……!ピーズアニマ、出せるごとなったんやろ?見せてくれ!」
「マウイ……!」
彼女が笑顔で振り向く。亜麻色の髪をなびかせて、花も恥じらうような笑顔で。
「そうなの!消えたんだ、死名痣……!」
自分に笑いかけた。でも別にときめいたりはしない。あくまで幼馴染だった。
「あのね、あのねっ!私のピーズアニマとっても可愛かったの!嬉しい……!」
「可愛いとかあるんと……?」
そう問うと、彼女は頬を膨らませてむくれる。
「ありありのありなのっ!も〜……マウイにはやっぱりまだ見せてあげないっ」
「は!?ここまでひきつけといて……!?」
「ふふっ……ピーズアニマも素敵だって心から思ってくれたら見せるよ」
マウイ、ピーズアニマのこと強そうとかしか思ってないもんね、と。元気よくわらった。
彼女は人見知りで、自分以外とはあまりこんなふうに接さない。その点で少し優越感を
覚えてもいた気がする。その時の自分は、基本黒一色のピーズアニマで可愛いとは
一体何だと呆れ気味にため息をついていた。
「う〜ん……まぁ、そのうち見るーやろ。ぼくん死名痣が消えたら、こっちだって交渉
 しきるしな!」
「交渉?」
「ああ!ぼくんピーズアニマが見たきゃ、そっちも見しぇろってな!」
「あ、マウイのはいいや」
「なんで!?」
そんな風に、二人でころころ笑う。その時は、いつまでもこうしていられると疑いも
しなくて、いつか彼女のピーズアニマも見れるだろう……なんて。
あんな形じゃなく。


それから数日の間、自分は親に付き合って少し遠い市街地へと泊りがけで行っていた。
だから、彼女を取り巻き始めた状況に気がつかなかったんだと思う。
久々に家へ帰った自分は、彼女を見つけることが出来なかった。
普段ならば、近所のやや日当たりのいい公園で、花を見ているのに。
なんだか嫌な感じがして、探し続けた。悪餓鬼たちの笑い声が、妙に大きく聞こえる。
かけたコップも、カラスの鳴き声も、しおれた花も。いつもなら気にすることも無いようなことも、不吉に感じてならなかった。
そして、ようやく。ようやく会えた彼女は。
「……マウイ…………?」
怯えた顔で、傷ついていた。
「なっ……!そん怪我、どげんしたっちゃん!?誰に……!」
「まっ、待って、大きな声出しちゃ駄目……!」
思わず大声を出すと、慌てた彼女に口を塞がれる。その手は小さく震えていた。
「違うの、その……わたし」
彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「自分のピーズアニマが気に入ったからって……っ、調子に、乗って…………」
「え……?」
「魔法みたいで素敵って、言っちゃった…………!」
愕然とした。彼女がその発言をしたことについてではない。
_______そんなことで?
「そしたら、外の奴らに憧れたのかって……石投げられて…………」
今でも狙われているということは、先程からの様子で分かった。家に身を潜めていないと
いうことは、そんなこと出来ないのだろう。
(やったらうちに……いや、つまらん。父しゃんたちがこんことば知ったら
 追い出しゃるー……!)
ぐるぐると、ない頭で考える。両親も、あーだこーだ説く前にいい脳みそをくれれば
よかったのだ。そんな自分に彼女は笑いかける。今度は引きつった、無理して作った
笑顔だった。自分の脳内に警報灯が鳴り響く。このままじゃいけない、いけないのに……
「マウイ……私は大丈夫だよ?しばらくしたら、いつもの日常に戻れるよ……」
あぁ、臆病者の声は、判断は
「……………うん」
決して正解にたどり着けない。


それから毎日、彼女の周りを監視していた。誰も彼女に危害を加えないように、時折
近づいて話しかける。
「まっ、マウイ危ないよ!きちゃ駄目」
「××××が一人でおるよりかは安全や」
「わ……私の安全じゃなくて…………」
あれから彼女は自分を巻き込むことを恐れて、自分から離れようとしていた。
最初にいつもの場所に居なかったときは驚いたが、毎回こうして彼女の場所にたどり着けるので無問題だろう。
「ぼくがキミと話したかっちゃん。それに、腕っぷしはそこそこあるほうだし?」
あ、彼女が少し笑った。正直、今自分ができることは彼女を少しでも元気づけることだと
思っていたし、嬉しかった。

_____ぼくはキミんヒーローでいたかったんや 

「……今は嫌だけど。ほとぼりが冷めたら今度こそマウイに見せるね。ピーズアニマ」
「ほんとか!?」
「うん!」
嬉しい、嬉しい、嬉しい。こんな状況で、彼女はこんなに苦しんで。
でも、そんな中でも自分には笑顔を向けてくれることが嬉しかった。非道いやつだよ。
今思えば、多少のリスクを犯してでも、ここで自分が実力行使に出るべきだったんだ。
たとえもう、彼女と笑い会えなくなったとしても。



目の前が真っ暗になった。頭が痛い。おでこがじんじんする。何かを投げつけられたの
だろうか。
「………イ…………ウ……!」
「…………っ」
あぁ、彼女の声だ。彼女に当たらなくてよかった。そう、顔を上げたとき。
「マウイッ!!」
「!!」
なんだ、アレは。
「…………え」
そこには、血を流して倒れている男と女……そして。
「ごめ……マウ……イ……」
巨大な花の形をしたピーズアニマの元で蹲る彼女だった。
理解がゆっくりと追いかけてくる。逃げることなんて出来やしない。
彼女が殺した。
彼女が。
ピーズアニマの力を使って殺したんだ。
「なして……一体何が!!」
「助けてっ!助けてくれ!!」
それは、自分が彼女に向かって叫んだのとほぼ同時だった。一人の男が自分を見つけて
すがりついてくる。必死の形相で逃げてきたそいつは、足を怪我したらしかった。
「こ、この女が俺、俺のっあいつと女を、や、やったんだ!あの化け物が!!!」
化け物。その一言で彼女の表情がさらに悲痛さを増していく。
駄目だ、それ以上は
「×××」
漆黒の華が、彼女を飲み込んだ。

「お、おい!!何やってんだよ!!助けてくれよ!!」
男はまだ自分の足元にすがりついて泣き叫んでいる。うるさい、思い出したんだよ。
自分に石を投げたのはお前だ。彼女に傷をつけたのも。
どうして助ける必要がある?
「な、なぁ!……っ、頼むよお願いだぁ!!」
蠢くそれはもう彼女の形をしていない。もう生きていないことは、花びらから滴り落ちる
紅い液体から容易に理解できた。それがゆっくりとこちらを向く。男の叫び声がより
一層大きくなった。あぁ、嫌いだ。
どちらか一方を卑下して貶めて蹂躙して、鼻高々に素晴らしさを語るコイツラが嫌いだ。
無機質な殺意を込めて、男のすがりつく右足を蹴り上げる。
ほんの少し、目が眩んで狙いがずれた気がした。
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