第 4 幕 祈りの処刑場
「ねぇ、ルクス。なにか……歌が聞こえない?」
「え?」
夕刻。ルクスがロンドに頼まれた仕事をこなしていると、突然マーシャにそう問われた。
「すっごくかすかだけど……聞こえたの。何処からでしょ……?」
耳をすますマーシャにつられて、ルクスも耳をそばだてる。
(歌……聞こえない、もっと、もっと……集中だ……)
すると不意に美しい声が聞こえ始める。
「!!」
まるで、その声だけを切り離したかのようにはっきりとしていくそれに、しばしの間
ルクスは聞き惚れていたが、マーシャの視線に気づき意識を戻した。
「あ、聞こえたよ。綺麗な声だった……誰が歌っているんだろうなぁ……」
「る、ルクス!」
焦ったような声に首を傾げるが、次の言葉でルクスはとても驚くことになる。
「憑依!今憑依できてるよ!」
いつの間にかルクスの髪は黒く染まり、瞳は赤く光っていた。
マーシャが手鏡をとりだし、ルクスに見せる。
「ほらよく見て!かっこいいじゃない!どう?自分の憑依姿は……ルクス?」
なんとも言わないルクスを不審に思い、つんつんと突くマーシャ。
動かない。
「えっ……!?」
いよいよマーシャが焦り始めた頃、突然ルクスがその場にへたり込んだ。
「……………ぬ」
「え、ルクス今なんて」
「なんで俺……いぬ、とか」
そのままルクスはきゅう……と横に倒れてしまったのだった。
「困りましたね……」
ロンドが眉をひそめながら、ルクスの頭をポンポンと撫でる。それによって少しルクスは
落ち着いたようだった。
「まさかルクスくんがあそこまでの犬嫌いだったとは」
「すみません……犬系だけは本当に駄目で…………」
しょんぼりと肩を落とすルクスに、マーシャとマウイがフォローを入れてくれる。
「だっ……大丈夫よ!自分の憑依姿は普段見えないし、じきに慣れるわ」
「ああそうだ!絶対にピーズアニマば出しゃないかんわけじゃねえしなっ!」
「えっ」
「え?」
マウイの言葉に、マーシャが反応した。二人の間に困惑が漂う。
「せっかくできるようになったのに……使わせないの?」
「え……使わしぇるつもりやったんか?」
「えっ」
「えっ」
「あの……つまりどういうことですか?」
いつまでも続きそうなやり取りに、ルクスが割り込んだ。二人でわあわあと主張を始めそうな流れだったが、そうなる前にロンドが説明してくれる。
「お嬢様はルクスくんの力を、有効に使いたいようです。マウイは貴方の心配が
一番……といったところかと」
「わっ、わたしが冷血みたいな言い方しないでよ……」
マーシャが不満を吐き出すが、ロンドは無視してルクスに向き直る。
「ルクスくんはどうしたいで」
「戦闘はお断りします」
「即答ですね……戦闘隊員になれば、待遇も上がりますが?」
あまりマウイたちと自分の待遇には差が無いように見えることはひとまず
ツッコまずに、ルクスは「無理があります」とだけ返した。
「そうですか……まあ、ルクスくんは今も十分役に立ってくれていますし、強要するわけ
にもいきませんものね」
「なんだかんだ、ロンドもルクスを使いたいんじゃない」
「……」
マーシャにそう言われ、ロンドは黙ってしまう。そこでマウイはルクスの肩を引き寄せると
快活に笑った。
「まぁ、ルクスがぼく達といてくるーとが嬉しかことには変わりなかけんな。それで
なんやが、ルクス、一緒にポプリ探してくれんね?」
「ポプリさん、いないんですか?」
「どっかにはいるて思うっちゃけどな……」
ポプリのことをさほど知っているわけではないルクスに、行きそうなところなどわかるわけがない。それでもマウイが自分を誘って、今腕を引っ張って連れて行こうとしている理由…
(…………あ)
ルクスの頬に朱がさす。よく分からないこと、受け入れがたいこと、様々なことが唐突に
襲ってきたことで戸惑うルクスを、マウイはいつも気にかけてくれていた。
(……お人好しなんだな)
そう思いながら、差し出されたマウイの手を握って歩き出す。
「おし、いくか!」
「ん、」
少し照れくさそうについて行くルクスを、マーシャとロンドはぼーっと見つめていた。
結果として、ポプリは見つけた。アーニーとアリアに絡まれているところを発見したのだ。
何処か不機嫌そうに見えるポプリは、わあわあと騒ぐ二人に挟まれて揺らされていた。
「凄い凄い!」
「すごいよすごいよ!」
「おお……一体何があったんや?」
マウイが苦笑いで尋ねると、二人はキラキラとした瞳で詰め寄ってくる。
その勢いに押されたマウイはのけぞり、ルクスはマウイの背に隠れた。
「自分とアリアちゃんが歌っていたら、ポプリちゃんがそれに合わせて踊っているのを
見つけたんだよ!それがすっっごい上手でね。なんで隠れてたの?」
「……上手くない」
(歌……アリアちゃんとアーニーさんの歌だったんだ)
ポプリはアリアの腕からするりと抜けると、スタスタと歩いてゆく。
気持ち、いつもより歩みが速い。
「ポプリが踊るーなんて、知らんやったな……」
少し不満げに呟くマウイに、ポプリはピクリと反応すると物凄い勢いで引き返してきた。
「!?」
「ちがう……おどらない。むこうの、かんちがい…………」
「お、おう」
それだけ言って、またポプリはつかつかと離れていってしまう。あらら、と目をぱちくり
させるアーニーに、少しむくれたアリアが言った。
「せっかく上手なのに、恥ずかしがってやらずにどうするのよ……」
「まあ、人それぞれだしね」
すっかり話題から外れてしまったルクスに、マウイは次の提案をする。
「あ〜……ルクス、一旦仕事を中断して、街を出歩いてみるか。まだいっちょん
知らんやろ?」
「はい……ほとんど」
「じゃあ決まりやな!」
またもやマウイに引っ張られ、外出の準備をすることになったルクスであった。
(空が灰色だ……)
あちらこちらで蒸気が噴き出す町中で、ルクスは不思議な気持ちで空を見上げていた。
「ルクスはずっとウォルテクスん外で暮らしとったけんな。珍しかやろ?」
マウイはルクスの隣に並ぶと、機関車や、沢山の歯車で動いている機械を指さした。
「ここは非・魔法都市やけんな。全部機械……科学で賄うとーったい。そん排気ガスやらなんやらで環境はあまり良うなかばってんな。」
「…………」
「こんな街は、嫌か?」
考え込んでいる様子のルクスに、マウイが問いかける。反射的にルクスは首を横に振った。
「別に気ば使わんでよかくしゃ。……ぼくも、あまり好きじゃあ、なか。ばってんここんモンストルムは魔法ば嫌うとーけんな。下手にこん都市ん在り方ば否定すると…………」
「おい!!」
表情を曇らせたマウイの言葉を遮って、突然怒声が響き渡った。
「!?」
ルクスが驚いてそちらを向くと、自分たちよりも少し年上に見える男性がこちらを睨んで
いるのが見えた。男性は真っ直ぐこちらをみて続ける。
「お前ら……科学を侮辱すんのか?」
「…………ぇ」
「わかんねぇんだったら教えてやるよ……!」
すると男はルクスを乱暴に引き寄せると、耳元で怒鳴りだした。
「いいか!!科学は俺らの遺産だ!魔法なんて腐った奴らの腐った小細工なんかとは違う!
いや!比べ物にならないほど……」
「まだ、そげんこと続けとったんか」
ルクスから男の手が離れる。そっと目を開けると、マウイを見て硬直する男と、男を冷たく
見据えるマウイがいた。
「お……おま、なんでここに」
「ぼくがここしゃぃおったっちゃ何もおかしゅうなかやろ?そん子、ぼくん友人たい。
こじらして、また独房に入りたかとか?」
男は青白い顔を引きつらせてなにかブツブツと呟いていたが、逃げるように後退すると
何処かへ歩いていってしまう。
「マウイさん……ありがとうございました」
「気にしなしゃんな!時間くっちまったばってん、まだまだ楽しめそうやしな!」
ルクスがそう言えば、マウイはいつものような笑顔で答えた。
なんとなく、今度はルクスがマウイの腕を引いてみる。控えめに、ちょいちょいと。
「……そうやな」
マウイも微笑んで、進む。
(今夜、嫌な夢見らなよかっちゃけどな)
密かにそう思いながら。
○ラメティシイギロティナ モチーフ:アンデルセン童話
ベネヌムのところとは違い、積極的な戦闘よりも関係者のケアや事後処理に回ることが多い
全体的に穏やかなイメージだが、モルスの滅することでの救済を信仰しておりその度合いに
よっては厄介なこともある。館は白と青を貴重とした色合いで、美術品などの置物は
少ない。
○悪食
モルスの体を食することで消化し、完全に消し去ることができると言われている能力。
処理方法が非常に少ないモルスの遺体の処理に役立てられている。
ちなみに悪食持ち以外がモルスを食べるととても苦い味がし、お腹を壊す。
「え?」
夕刻。ルクスがロンドに頼まれた仕事をこなしていると、突然マーシャにそう問われた。
「すっごくかすかだけど……聞こえたの。何処からでしょ……?」
耳をすますマーシャにつられて、ルクスも耳をそばだてる。
(歌……聞こえない、もっと、もっと……集中だ……)
すると不意に美しい声が聞こえ始める。
「!!」
まるで、その声だけを切り離したかのようにはっきりとしていくそれに、しばしの間
ルクスは聞き惚れていたが、マーシャの視線に気づき意識を戻した。
「あ、聞こえたよ。綺麗な声だった……誰が歌っているんだろうなぁ……」
「る、ルクス!」
焦ったような声に首を傾げるが、次の言葉でルクスはとても驚くことになる。
「憑依!今憑依できてるよ!」
いつの間にかルクスの髪は黒く染まり、瞳は赤く光っていた。
マーシャが手鏡をとりだし、ルクスに見せる。
「ほらよく見て!かっこいいじゃない!どう?自分の憑依姿は……ルクス?」
なんとも言わないルクスを不審に思い、つんつんと突くマーシャ。
動かない。
「えっ……!?」
いよいよマーシャが焦り始めた頃、突然ルクスがその場にへたり込んだ。
「……………ぬ」
「え、ルクス今なんて」
「なんで俺……いぬ、とか」
そのままルクスはきゅう……と横に倒れてしまったのだった。
「困りましたね……」
ロンドが眉をひそめながら、ルクスの頭をポンポンと撫でる。それによって少しルクスは
落ち着いたようだった。
「まさかルクスくんがあそこまでの犬嫌いだったとは」
「すみません……犬系だけは本当に駄目で…………」
しょんぼりと肩を落とすルクスに、マーシャとマウイがフォローを入れてくれる。
「だっ……大丈夫よ!自分の憑依姿は普段見えないし、じきに慣れるわ」
「ああそうだ!絶対にピーズアニマば出しゃないかんわけじゃねえしなっ!」
「えっ」
「え?」
マウイの言葉に、マーシャが反応した。二人の間に困惑が漂う。
「せっかくできるようになったのに……使わせないの?」
「え……使わしぇるつもりやったんか?」
「えっ」
「えっ」
「あの……つまりどういうことですか?」
いつまでも続きそうなやり取りに、ルクスが割り込んだ。二人でわあわあと主張を始めそうな流れだったが、そうなる前にロンドが説明してくれる。
「お嬢様はルクスくんの力を、有効に使いたいようです。マウイは貴方の心配が
一番……といったところかと」
「わっ、わたしが冷血みたいな言い方しないでよ……」
マーシャが不満を吐き出すが、ロンドは無視してルクスに向き直る。
「ルクスくんはどうしたいで」
「戦闘はお断りします」
「即答ですね……戦闘隊員になれば、待遇も上がりますが?」
あまりマウイたちと自分の待遇には差が無いように見えることはひとまず
ツッコまずに、ルクスは「無理があります」とだけ返した。
「そうですか……まあ、ルクスくんは今も十分役に立ってくれていますし、強要するわけ
にもいきませんものね」
「なんだかんだ、ロンドもルクスを使いたいんじゃない」
「……」
マーシャにそう言われ、ロンドは黙ってしまう。そこでマウイはルクスの肩を引き寄せると
快活に笑った。
「まぁ、ルクスがぼく達といてくるーとが嬉しかことには変わりなかけんな。それで
なんやが、ルクス、一緒にポプリ探してくれんね?」
「ポプリさん、いないんですか?」
「どっかにはいるて思うっちゃけどな……」
ポプリのことをさほど知っているわけではないルクスに、行きそうなところなどわかるわけがない。それでもマウイが自分を誘って、今腕を引っ張って連れて行こうとしている理由…
(…………あ)
ルクスの頬に朱がさす。よく分からないこと、受け入れがたいこと、様々なことが唐突に
襲ってきたことで戸惑うルクスを、マウイはいつも気にかけてくれていた。
(……お人好しなんだな)
そう思いながら、差し出されたマウイの手を握って歩き出す。
「おし、いくか!」
「ん、」
少し照れくさそうについて行くルクスを、マーシャとロンドはぼーっと見つめていた。
結果として、ポプリは見つけた。アーニーとアリアに絡まれているところを発見したのだ。
何処か不機嫌そうに見えるポプリは、わあわあと騒ぐ二人に挟まれて揺らされていた。
「凄い凄い!」
「すごいよすごいよ!」
「おお……一体何があったんや?」
マウイが苦笑いで尋ねると、二人はキラキラとした瞳で詰め寄ってくる。
その勢いに押されたマウイはのけぞり、ルクスはマウイの背に隠れた。
「自分とアリアちゃんが歌っていたら、ポプリちゃんがそれに合わせて踊っているのを
見つけたんだよ!それがすっっごい上手でね。なんで隠れてたの?」
「……上手くない」
(歌……アリアちゃんとアーニーさんの歌だったんだ)
ポプリはアリアの腕からするりと抜けると、スタスタと歩いてゆく。
気持ち、いつもより歩みが速い。
「ポプリが踊るーなんて、知らんやったな……」
少し不満げに呟くマウイに、ポプリはピクリと反応すると物凄い勢いで引き返してきた。
「!?」
「ちがう……おどらない。むこうの、かんちがい…………」
「お、おう」
それだけ言って、またポプリはつかつかと離れていってしまう。あらら、と目をぱちくり
させるアーニーに、少しむくれたアリアが言った。
「せっかく上手なのに、恥ずかしがってやらずにどうするのよ……」
「まあ、人それぞれだしね」
すっかり話題から外れてしまったルクスに、マウイは次の提案をする。
「あ〜……ルクス、一旦仕事を中断して、街を出歩いてみるか。まだいっちょん
知らんやろ?」
「はい……ほとんど」
「じゃあ決まりやな!」
またもやマウイに引っ張られ、外出の準備をすることになったルクスであった。
(空が灰色だ……)
あちらこちらで蒸気が噴き出す町中で、ルクスは不思議な気持ちで空を見上げていた。
「ルクスはずっとウォルテクスん外で暮らしとったけんな。珍しかやろ?」
マウイはルクスの隣に並ぶと、機関車や、沢山の歯車で動いている機械を指さした。
「ここは非・魔法都市やけんな。全部機械……科学で賄うとーったい。そん排気ガスやらなんやらで環境はあまり良うなかばってんな。」
「…………」
「こんな街は、嫌か?」
考え込んでいる様子のルクスに、マウイが問いかける。反射的にルクスは首を横に振った。
「別に気ば使わんでよかくしゃ。……ぼくも、あまり好きじゃあ、なか。ばってんここんモンストルムは魔法ば嫌うとーけんな。下手にこん都市ん在り方ば否定すると…………」
「おい!!」
表情を曇らせたマウイの言葉を遮って、突然怒声が響き渡った。
「!?」
ルクスが驚いてそちらを向くと、自分たちよりも少し年上に見える男性がこちらを睨んで
いるのが見えた。男性は真っ直ぐこちらをみて続ける。
「お前ら……科学を侮辱すんのか?」
「…………ぇ」
「わかんねぇんだったら教えてやるよ……!」
すると男はルクスを乱暴に引き寄せると、耳元で怒鳴りだした。
「いいか!!科学は俺らの遺産だ!魔法なんて腐った奴らの腐った小細工なんかとは違う!
いや!比べ物にならないほど……」
「まだ、そげんこと続けとったんか」
ルクスから男の手が離れる。そっと目を開けると、マウイを見て硬直する男と、男を冷たく
見据えるマウイがいた。
「お……おま、なんでここに」
「ぼくがここしゃぃおったっちゃ何もおかしゅうなかやろ?そん子、ぼくん友人たい。
こじらして、また独房に入りたかとか?」
男は青白い顔を引きつらせてなにかブツブツと呟いていたが、逃げるように後退すると
何処かへ歩いていってしまう。
「マウイさん……ありがとうございました」
「気にしなしゃんな!時間くっちまったばってん、まだまだ楽しめそうやしな!」
ルクスがそう言えば、マウイはいつものような笑顔で答えた。
なんとなく、今度はルクスがマウイの腕を引いてみる。控えめに、ちょいちょいと。
「……そうやな」
マウイも微笑んで、進む。
(今夜、嫌な夢見らなよかっちゃけどな)
密かにそう思いながら。
○ラメティシイギロティナ モチーフ:アンデルセン童話
ベネヌムのところとは違い、積極的な戦闘よりも関係者のケアや事後処理に回ることが多い
全体的に穏やかなイメージだが、モルスの滅することでの救済を信仰しておりその度合いに
よっては厄介なこともある。館は白と青を貴重とした色合いで、美術品などの置物は
少ない。
○悪食
モルスの体を食することで消化し、完全に消し去ることができると言われている能力。
処理方法が非常に少ないモルスの遺体の処理に役立てられている。
ちなみに悪食持ち以外がモルスを食べるととても苦い味がし、お腹を壊す。