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第 4 幕   祈りの処刑場


翌日、ルクスが目を覚ましたのはもう日が高くなってからであった。視界に映る部屋は
ベネヌムのギロティナのものではない。
(痛……なんだか筋肉痛がするなぁ)
地味に痛む身体を起こし、左右に視線を動かす。ここは個室ではないので、マウイが隣の
ベッドで眠っていた。するとドアが開き、もうすでに起きていたらしいロンドが入ってくる
「おはようございます」
「ルクス君、おはようございます。そろそろ起きる頃だと思ってましたよ」
手渡されたホットミルクに、二人で口をつける。甘い香りが湯気とともに、ほわりと
広がった。
「眠るところが見つかって良かったです」
「ラメティシイは慈善を重んじていますからね。自分たちの規律に従っただけでしょう」
面白くなさそうにそう言うロンドに、ルクスは首を傾げる。
「ロンドさんは……ラメティシイの人が苦手なんですか?」
ロンドの肩がピクリと動く。聞いてはいけなかったかと不安になるとともに、ルクスは
昨日のことを思い出した。

「ラメティシイのギロティナに来るといいよ。客間ならあるから」
突然現れた銀髪の少女がそう言った時、ロンドはどこか嫌そうな顔をしてこう返した。
「何を期待しているのか知りませんが……私達は何もお返しできませんよ?」
このときの彼の瞳は、警戒心と冷たさを孕んだ、ルクスが知らないもので。
結果的にはこうしてラメティシイのギロティナ館に泊めてもらっているわけだが、少女が
それで機嫌を損ねてしまい、数人がなだめに入ったほどだった。

「苦手……といえるかもしれません。信用できないんです」
ロンドは窓の外へ顔を向ける。
「無償の親切なんて、あると思えないのです」

起きたマウイとともに廊下へと出る。ベネヌムとは違う、白を基調とした内装に少し
目がくらんだ。キョロキョロと辺りを見渡しながら歩みをすすめると、直にあの銀髪の少女が現れた。
「おはよ。気分は?」
ほんの少し首を横に倒して少女が問う。なんだかんだ率先して自分たちを先導してくれた
彼女に、ルクスは少し好感を持っている。持っているが……
「悪くないんだったら早く来てよ。皆待ってるんだからさ」
「は、はいっ」
向こうはそうでもないらしく、嫌そうな視線が幾度となく向けられる。
そんな様子にマウイとロンドは不機嫌そうに、ルクスは控えめに苦笑いを浮かべて
ついていった。
絨毯がひかれていないため、歩くたびコツコツと音が響く。
暫く行くと、大広間が見えてきた。
「おはようマウイ!ルークス君、ロンド」
「おはよう、またマウイが寝坊してたの?」
「……すー………」
先についていた女性陣が声をかけてきた。周りにはラメティシイの人が待機している。
やや男性が多く見えるラメティシイの人々は、こちらをじっと見つめてきていた。
年長に見える男性が一歩近づき、咳払いをした。
「これからしばらくの間、あなた方にはこの館の客間を提供します。任務なども共に
行うということで……改めて自己紹介といきますかね」
そして男性は深くお辞儀をすると顔を上げて
「私はメイソン・イグレシアスと申します。そしてこちらは……」

「フェリシテ。フェリシテ・ホワード。皆フィーって呼ぶよ」
フェリシテと名乗ったのは、あの銀髪の少女だった。
(フィーちゃんか……)
「俺はウィリアム・ゴメスだ。名前なんて覚えなくていい」
「僕はフレディ・グリーン。よろしくねぇ」
「オレの名前はテオ!名字は覚えづらいからいいや!」
「あたしはアリア、アリア・アイビン。仲良くしましょっ」
「自分はアーニー・リーだ。少しの間だが、よろしく」
順にツリ目の亜麻色の髪をした少年、ふわふわした雰囲気を持つ青年、元気有り余った様子で笑う容姿の整った少年、しっかりとしていそうなボブカットの少女、中性的な雰囲気を
持つ男性が自己紹介した。
(名前、おぼえきれるかな……)
一人密かに不安になっているルクスを置いて、ベネヌムの自己紹介も進んでいった。



(とりあえず、ここのつくりを見て回ろう)
特にすることも無くなったルクスは、館の中を探索していた。少し前までは自他共に認める方向音痴であった彼だが、どうにもウォルテクスに来てから迷うことが少ない、というより
住処にだけはしっかり戻って来れるようになったのだ。
(なんでなんだろう……まぁ、迷わないのはいいことだよね。……ん?)
チラ、とルクスの視界に銀の髪が揺れる。近づいて見れば、何やら大きな荷物を一人で
運んでいるようだった。すっと近づいて声をかける。
「手伝ってもい……」
「いらない」
「……ごめんなさい、別のことのほうがよかった?」
「いやそうじゃなくて」
しばらく歩きながらそんなやり取りを繰り返していたが、やがてフィーが諦めたかのように荷物を半分ルクスに回した。ルクスは嬉しそうに受け取って隣を歩き始める。
それを見てフィーは首を傾げた。
「どうして苦労を引き受けて喜んでるの?キミはラメティシイの規律には従わなくて
いいんだよ?」
その問いにルクスは数回瞬きすると、少し照れくさそうな、けれど作ったようなものは
一つもない表情で笑う。
「オレは、苦労をして嬉しいって思えるような凄い人じゃないから……なんていうのかな
負い目がほしくないからやってるのかも。とか……自分のためだよ」
「自分のため……」
「やっぱり、良くないかなこういうの……」
するとフィーはしばらく黙ったあと、首を横にふった。
「でも、相手を見てる」
「えっ?」
「ちゃんと人を見てその人を幸せにしてる。だから、悪いってことはないと思う」
それを聞いてルクスはしばらくぽかんとした後、ある一つの結論にたどり着く。
(……これって、お礼言われた、のかな??)
「よろこんで貰えたなら良かった」
「うん、嬉しかったよ」
そう言って、フィーは小さな笑顔を見せた。始めて向けられた表情に若干戸惑いつつ
ルクスもはにかむ。
「キミってベネヌムギロティナに入ったばかりなんだよね?」
「うん、そうだけど……」
「まだ間に合うから言っておくね。モルスを処刑するだけなら誰でも出来る、でも本当は
私達みたいに祈ってモルスの元になったモンストルムの魂を昇華させるものがもっと
必要なの」
フィーは始めてルクスを見たときのような、鋭い瞳で続けた。
「政府非公認のギロティナに “ミシェレ” っていうのがあるけど、そこは危ないところと
つながってるって話でね。キミには向かない……」
「う、うん?」
話の流れがつかめず、頭いっぱいにはてなマークを浮かべているルクスに気がついた
フィーは口を閉じると、荷物を返すよう促してルクスから離れる。
「あの……?」
「ごめんね、一方的に話して……。また今度話そ?」
ただただ足音だけが、不穏な空気を生み出していた。


それから約1時間後。
「ルクス君、これ食べてみてください」
ルクスの前には、皿に乗った黒い物体があった。
「……ロンドさん、これは?」
「ピーズアニマの特殊な能力を調べるためのものです。さぁどうぞ」
そう言われて渋々口に近づけるが、真っ黒でよくわからないそれを口に入れるのはなかなかに恐怖を感じる。そう感じて少し匂いをルクスが嗅いでみると
(……あれ?美味しそうな匂い?)
ロンドの急かすような視線もあり、口に含んで咀嚼する。
(不思議な感じ……旨味が強い鶏肉みたいな味だ。でもこれで能力なんてわかるのかな?)
「どうですか?問題なく食べられそうですか?」
「はい、そこそこ美味しい味だと思いま……」
「みなさ~ん!来てください!」
ルクスの言葉を遮ってロンドが大声でメンバーを呼ぶ。すると待っていたかのように
ベネヌムの皆が顔を出した。
「えっ!?ロンドそれ……!」
「はい。手っ取り早いほうが良いと思いまして」
焦る周りとは違い、どこか浮足立っているロンドはルクスの肩に手をおき、声高らかに
こう言った。
「間違いありません。ルクスくんには “悪食 “ の能力があります」
数秒の沈黙。その後、
悪食の意味がわからず首をかしげるルクスの耳に驚きの声が聞こえてくる。
「悪食!?」
「おおおおおっ!」
「はじめてあった……」
「……って?」
「えっ、えっ?」
「それでは、説明します」
ざわめきを消すように数回手を叩いてから、ロンドが説明を始めた。
「悪食とは、簡単に言えばモルスを捕食可能になる能力ですね。現在の方法ではモルスの
処理方法は非常に少なく、谷に落として風化を願うことしかできていません。しかし
悪食は高温ですら消滅不可能なモルスの体を消化し、消滅させることができます。
まぁ、つまり今とても私達に必要な力ですね」
ぽかんとした顔をしていたルクスだが、ゆっくりと脳内で内容を噛み砕いたようで
ビクッと飛び上がる。
「さっき俺がたべたのって……!」
「はい。先日マウイくんとポプリさんによって処刑されたモルスですね」
「えーー……」
そんなものを食べさせられていたのですね、と苦笑いを浮かべるルクスに、何故かロンドに
代わってマーシャが謝り始めた。
「ごめんね、危ない目に合わせてしまって……ロンドわかっているの!?悪食でなければ
お腹を壊してしまうところだったのよ?」
ビシッとロンドを指さして真っ当な主張をするマーシャ。
(あ……なんか初めてお嬢様っぽいところ見たなぁ)
ルクス以外のみんなは初めてではないらしく、ちょっと感心しているように頷きまくって
いた。
「危険ではあったのですが……おそらく悪食かと思ったので」
「ちょっと!!」
「ルクスくんの歯に、モルスの肉がついていたんですよ。恐れ知らずの肉体も、一部
 見つかっていませんでした」
それを聞いて、みんなが昨日のロンドの行動を思い返し、ルクスが顔を赤くする。
マウイがぽんと手を叩いた。
「なるほど、それでルクスん口ん中ば蹂躙しとったんか!」
「乱暴だったことは謝りますが、言い方には注意してください」
いつになく強い調子でロンドにそう返され、マウイは口を閉じる。
「いつの間に食べてたんですね……俺」
「慣れない憑依で体力を消費したのでしょう」
「わぁ〜、君が悪食くんだったんだ〜」
そこに突然、ふわふわ髪が入り込んできた。驚くロンドたちを無視して、彼はルクスの目の前まで近づいてくる。
「えっと……貴方は」
「フレディだよ〜!ルクスくん、悪食なんだって?凄いねぇ」
(なんだか褒められているような気になれない……)
とりあえずルクスが笑顔を返すと、フレディも気を良くしたように笑い返してきた。
「ふふふ……♫ 僕、悪食くんにあったの初めてじゃないんだ。色々教えてあげようか?」
「本当ですか?じゃあ……少し」
やや警戒しながらそう返すと、フレディはさらに顔を近づけてくる。
そして、ルクスの耳元で囁いた。
「…………悪食は、モルスさんたちの魂を救う、とっても素敵な力だよ。でもね……?」
すぅ、と纏う雰囲気が変化する。
「それを利用しようとするなら……君には僕達が罰を下そう。天罰をね」
ルクスの首に、見た目よりもずっと冷たいフレディの指がふれる。
ぞわりとした感覚とともに、ルクスの毛が逆だった。周りが息を呑む中、
二人はじっと見つめ合う。2つの緑の瞳。
「…………」
睨み合いにも見えるそれは、突然飛んできた”それ”によって終止符を打たれた。
「うわっ」
「!!」
二人がゆっくりと壁の方向へ顔を向ける。そこには、壁にめり込んで煙を出している
ボールのようなものがあった。
「ルクス!怪我しとらんか!?」
「大丈夫!?」
「悪い!そっちにとばしちった!」
心配する周りに割って入り、テオが苦笑とともに謝罪する。よくあることなのか、フレディは笑っていた。
「怪我しなくて良かったよ、ごめんなっ」
「う、うん」
顔の前で手を合わせて身を屈めるテオを見れば、きっと誰も怒る気になんてなれない。
そうルクスに思わせるほど、彼には不思議な魅力があった。
「それにしても……すごい勢いでしたね。ピーズアニマを使用したのですか?」
「いいや!オレはまだ死名痣が消えてないから、ボール蹴って特訓してたんだ!」
その言葉に皆が目を丸くする。しかしポプリだけはなにか考えているようだった。
「あれを……生身で?」
「すっごい……!」
感嘆する周りにテオは得意げに胸を張る。ルクスは今のうちにフレディから離れようとするが、何処にもいない。
「…………?」
ラメティシイにどことなく不穏なものを感じたルクスは小さく身震いすると、警戒を強めた瞳で、笑うテオをじっと見つめていた。
(利用……天罰、か)
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