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第 7 幕  憎悪の向き先

ほのかな灯りのなか、パラパラと本をめくる音が響く。
辺りは、本棚に綺麗におさまった大量の本で埋め尽くされている。それがどこかこちらを
睨んでいるように感じて、ルクスは僅かに顔をしかめた。
気を取り直すように頭を振ると、薄く漏れ出るような声で手元の本を読み上げ始める。
「モルスの……再生……本体の、よー……?難しいなぁ……」
分かる部分を少しずつ読み解き、理解しようとするがどうも上手くいかずに息をついた。
ルクスはもう一つの本を開き、今度はそちらに集中する。こちらは先程のものよりかは
易しく書かれているようで、文字を指でなぞりながら順調に読み解いていくことができた。
「憑依をしている……間、は……ものによっては、身体つよ……する?」
「ルクス?」
突然聞こえた少女の声に、ルクスは驚いたように後ろを向く。そこには、薄暗い中で
ものの良さそうなガウンを羽織ったマーシャがいた。
「どうしたの、こんな時間に……」
「マーシャちゃんこそ……」
二人はしばらくお互いの顔を見合わせていたが、やがてマーシャがルクスに問いかける。
「なにか調べ物をしていたの?そんなに本を広げて」
ルクスが答えるよりも早く、マーシャは開かれた本を手に取ると、凛とした声で内容を
読み上げた。
「憑依をしている間の特性は、それぞれ違いはあるが、ものによっては身体を強靭に
する。どれだけ強化されるかの度合いも決まっていないため、実際に使用するまでその
力を測ることはほぼ不可能である……」
読み切った後、マーシャは黙っていたルクスの方を向くと。不思議そうに尋ねる。
「ピーズアニマについて知りたかったのなら、私達が教えてあげるのに……」
「う……ごめんなさい。みんな忙しいと思って……」
ルクスは申し訳無さそうにしゅんと肩を落とすが、マーシャは普段の皆の様子を思い浮かべ
首をかしげていた。
「そうかしら?マウイはいっつも誰かにちょっかいを出してて暇そうだし、ポプリは寝て
るし、フィーはよく暇そうに貴方のほうみているじゃない」
「えっ?」
ルクスの大きな緑の瞳がさらに大きく見開かれる。
「気づいてなかったの?」
「う、うん」
気まずい沈黙が流れる。ランプの灯りがチカチカと不規則に変化し、未だ机に置いたままの
本数冊に記された文字を浮かび上がらせた。
((気まずい…………))
二人して心中でそう呟くと、同時に近くの本に手をのばす。マーシャの女性的な綺麗な手と、身長の割に大きくやや荒れたルクスの手がぶつかった。
驚いてお互いの方を向くが、近すぎてこちらも激突してしまう。
「きゃっ!?」
「いっ……!!」
慌てて数歩後ろへと下がるルクスと、額を抑えるマーシャ。ルクスはしばらくうずくまるマーシャの方を困ったように伺っていたが、とりあえずといった様子でランプを彼女の
顔へ近づける。
「ごめんなさい、大丈夫?」
「……………」
しかしそんなルクスの声掛けに何も返さず、マーシャは彼の目をじっと見つめている。
「あの……?」
「貴方って……結構、鋭い眼をしてるのね」
灯りに照らされたルクスの瞳。それはいつもの丸くくるっとした瞳とはどこか違って
見えた。 普段は意識して眼をしっかり開いているのかもしれない。少し細めになった
彼の瞳は、凛々しくも感じる。
そう言われたルクスは、ハッとしたように片手で目を覆い隠した。
「ルクス?」
「……俺、疲れ目になると人相悪くなるので……あまりみないでください」
小さな声でぼそぼそと喋るルクスに、マーシャは数秒の間の後、吹き出す。
「!?」
「ふふっ、ふふふっ!なんかかわいい……!」
「かわ……!?」
笑い続けるマーシャに、ルクスは戸惑いに手を不自然に動かしている。
どうも彼女には合わせにくい、とルクスはため息をつくと、一人また席についた。
やがてうっすら涙をにじませたマーシャが笑いやむ頃には、もう彼は真剣な表情で本の
ページをめくっていた。マーシャがそこを覗き込めば、ルクスが居心地悪そうに視線を
そらす。
「というか、疲れているなら無理して読むのやめなさいよ。明日にひびくわよ?」
「マーシャちゃんこそ……」
ズズッ、と木の擦れる音とともに、マーシャの黒髪がふわりと揺れる。隣に座ってきた
ことが、ほど近くなった彼女の顔から分かった。
「私は……ちょっと夢見が悪かったから。気晴らしよ」
そう言うと、マーシャはそっとルクスの読んでいる部分を指でなぞり、音読し始める。
「モルスの再生能力は、死亡した本体の肉体が溶解されることでピーズアニマと同化し、
分離した部分が接着されることで再生する。接着強度や速度には個体差があり、それが
強く速いほど崩壊させることが困難となる」
そこまで読むと、ぽかんとしているルクスの顔を向き彼女は笑顔を見せた。
「読み書きが苦手なら私が教えてあげるし、慣れるまでは私が読んであげる。知りたい
ことがあるなら調べてあげるわ」
ね?とやや圧を含んだ声音でそう告げると、彼女は目をキラキラさせて手元の本を広げる。
ルクスはしばらくわたわたとしていたが、やがて観念したかのように、読めない箇所を
マーシャに尋ねるようになった。
「ここ……憑依について書いてあるように思えるけど、読めなくて……」
「これね!え〜っと、憑依は身体の内部へ直接干渉してはいないといわれている。その
ため、モルスのような再生能力は確認されていない。ただし使い方によっては傷口を一時的に塞ぎ、止血することが可能である」
そこでマーシャがちらりとルクスの表情を伺う。真剣に本を凝視する彼は、やはり普段とは
違って見えた。
「……また、モルスと同じく解毒能力などがあるわけではないため、ピーズアニマの憑依を使用した事件の犯人確保には、麻酔銃が使われることが多い、だって」
銃という言葉に、ルクスはマーシャの使う拳銃を連想する。
「マーシャちゃんのあの銃は……?」
「私の銃は普通に処刑用ね。一度モルスになってしまったら、戻すことは不可能だから」
マーシャはそう言うと、少し寂しそうに目を伏せた。普段は銃を収納している腰にそっと手
を寄せると、ルクスに小さな声で話しかける。
「ねぇ、貴方は本当に戦闘に加わってはくれないの……?危険なことは否定しないけれど
前に恐れ知らずを倒せたじゃない。私は……貴方には力があったから……」
マーシャの脳裏に、ルクスを見つけたときの光景が浮かび上がる。活動停止したモルスの
そば、鋭い爪を遊ばせて、ぼんやりと月が雲に隠れる様子を見つめていた紅い瞳。雨が降り出してゆっくりと倒れていく彼にマーシャが覚えたのは、高揚感だった。
うつむく彼女を、ルクスはしばらくじっと見つめていたが、やがて視線を外すと、手元の本をぱたんと閉じた。
「今日はありがとう。おかげで少しピーズアニマとかについて分かったよ。明日も忙しい
だろうし、もう休もう?」
「えぇ……分かったわ」
気遣うように微笑むルクスにマーシャも席を立つと、二人で図書室から出ていく。
一緒に進む冷たい廊下に、ランプの熱は少しも伝わってなどいなかった。ルクスの赤い髪。
横目でそれを捉えたマーシャは、忘れられそうにない今夜の夢を思い浮かべてしまう。

視界に映る橙を帯びた赤色が、ふとぐにゃりと歪む。
「…………っ」
力を込めた目元がぼやけ、それが収まった頃にはその赤が丸い形となっていた。
そしてそれに添えられた白い手…………
 『お姉様』
桃色の綺麗な唇が自分を呼ぶ。ゆるく弧を描いたそれが、今はどこか恐ろしい。
『これ、受け取ってくれますわよね……?』
今や真紅へと色を変えたそれを、身体が勝手に受け取る。つるりとしたそれは、どこか
甘い香りがしていた。
 『召し上がってくださりますか?』
言われるがまま咀嚼すれば、慣れ親しんだ果実の味。しかしそれを飲み込んだ瞬間、力が
抜け、地面に打ち付けられてしまう。
「……ミュ、リー」
戸惑っている自分を見下ろし、嬉しそうに笑う妹。その姿が黒に覆い尽くされていくのは
自分に黒が這い上がって来ているからなのだと、不思議と理解が出来た。
しかしそれよりも早く、一瞬にしてミュリーの身体が黒に飲み込まれ、自分も後を追う
ように………………

ガツンッ、と頭に響いた衝撃に我に返る。
「マーシャちゃん!?」
目を開けてみれば、そこには暗さで灰色に見える壁があった。
「大丈夫?」
「ご、ごめんなさい!ボーッとしてたらぶつかっちゃった」
段々と痛み始めた額を押さえて、マーシャは後ろへ下がる。少し視線を下げると、ドア
ノブが見えた。部屋の前まで来ていたことに初めて気づいた彼女は、恥ずかしそうに顔を
赤くすると、一つ可愛らしい咳払いをしてルクスに向き直る。
「送ってくれてありがとう。ランプの灯りだけでよく迷わずに来れたわね」
「俺達の部屋に近いから……自然に行けるかなと」
「自然にって……」
呆れたようにそう返しながら、彼女はドアを開け、笑顔で中へ入っていった。
「…………また、便利なところ見つけちゃった」
小さくそう呟きながら。


マーシャを送り届け、ルクスも寝室のドアを開ける。そこには、薄い灯りの中、寝台に座っているロンドがいた。
「…………?」
ロンドはどこかぼうっとしていたが、ルクスが入ってきたことに気づくと、ハッとした
ように、まくった服の袖をもとに戻す。
「ルクス君、まだ起きていたんですね」
優しく微笑んでロンドはルクスに笑いかけるが、一方のルクスは何も言わずに佇んでいた。
その様子を訝しげに思い、立ち上がろうとした次の瞬間。
一瞬のうちにルクスの顔がロンドの至近距離にあった。
「なっ!?」
「ロンドさん、怪我してますよね」
薄暗い中、驚きに目を見開いたロンドに、ルクスはさらに顔を近づける。気がつけばルクスの瞳は赤く染まり、髪は暗闇に溶けていた。
「血の匂いがしました。今隠したの……手当ちゃんとして下さいね」
そう言うと、ルクスはすっと離れていく。ロンドはしばらく固まっていたが、やがて困惑
したように口を開いた。

「…………聞かないんですか、この傷のこと」
「聞きませんよ、ロンドさんが嫌なら」
ロンドが、うつむかせていた顔をルクスに向ける。その表情は、普段のロンドよりも数段
幼いものに見えた。そんな彼に、ルクスはふんわりとした笑みで告げる。
「ここは共同部屋なんですから、気をつけないと直ぐにバレちゃいます……でも、相談
くらいならいつでも聞きますよ」
「…………ルクス君」
いつの間にか緑に戻っていたその瞳に、ロンドが口を開き、なにか続けようとしたその時。
「……ん〜?……まだ起きとったんか?」
もぞ、と毛布がこすれる音とともに、眠たげなマウイの声が聞こえた。
「……………」
気まずい沈黙が流れる。ベッドからはいでてきたマウイはキョロキョロと二人を交互に
見ると、いたたまれなさそうに再び顔を埋めた。
「な、なんばい……早う寝れや」
「……昔は夜型だったそうですが、今は毎日早寝ですよね君は」
ロンドがため息をつきながらそう言うと、マウイの茶色の瞳が、じろりとロンドを睨めつ
ける。
「うるさい……寝る子は育つったい……」
今度こそ顔を隠し、そっぽを向いてしまったマウイに二人は苦笑いを浮かべ、ゆるゆると
寝支度を始めた。



ぱちり、と日中よりも飾り気のない瞳が開かれる。彼女はゆっくりと状態を起こすと、隣の
ベッドで眠っているマーシャを見て、愛おしげにその黒髪に触れた。
そして、視線の先にあるドレッサーに近づくと、ランプをともし、自らの容貌をじっと
見つめる。頬をなぞれば、ずっと消えてくれないそばかすが今日もちゃんと存在していた。
「……みんなが起きる前に、ね」
そう小さな声でエラはつぶやくと、顔を洗うために洗面所へ向かう。時は早朝。他の者たちが眠っている間に、彼女はいつも身支度を済ませていた。ドレッサーの前にもどり、メイク
道具を手にすると、まず顔のそばかすを隠す。まつげを上げて、ラインとマスカラで目元を
華やかにした。
(綺麗なドレスも、もとが綺麗じゃなきゃ台無し)
髪の毛を整えれば、いつもの彼女に様変わり。魔法のようなそれは、エラが昔恩師に教わったものであった。マーシャが目を覚ます気配に、エラはそちらに顔を向けて、とても綺麗に
微笑んだ。

○英雄ルーメン 元ネタ無し
ウォルテクス外でパラパラと信仰されている伝説の英雄。その内容もあってモンストルム
からは嫌悪の対象とされている。おとぎ話と言うものもいるが、ウォルテクス内の有力
家系の者たちはやけに慎重で…………?
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