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第 6 幕   灯火と鎮魂曲

「このご遺体は、後に君に少し処理を手伝ってもらうことになるだろう。大丈夫かい?」
「……はい。それが俺にできることならば」






布のかかったモルスの遺体の前。エラがルクスに悪食の仕事を説明していた。ルクスは少し
不安そうにしながらも、しっかりと了承する。エラはモルスをじっと見つめると、静かに
手を合わせた。
「モルス化は、僕たちモンストルムとは常に隣にある脅威だ。いつそうなるか誰にも
分からない……だから僕たちはしっかり向き合わなきゃいけないんだ」
ルクスも、ちらりと遺体に視線を移す。
「………………」
「ここにいたんだね」
柔らかい声に二人が振り向くと、フィーが少し頬を膨らませてこちらを見ていた。
ルクスはあっと声を上げると、気まずそうに視線をそらす。
「あそこにいてって言ったのに……いつからいなかったの?」
「女の人が落ち着いた辺りから…………エラさんに呼ばれて。声もかけづらかったから」
ごめんね、とルクスが眉を下げて謝ると、フィーも気が済んだのかむくれるのを止めた。
そしてルクスの腕を掴むと、エラに顔だけを向けて一方的に言い放つ。
「砂糖菓子のお姉さん、ルクス君借りていくね」
「えっ、ちょっと……」
あっという間に走り去るフィーとルクスに、エラは慌てて手をのばすが、時すでに遅し。
(なんでまた…………ん?私名前覚えられてない?)
ガビンとひとりでにショックを受けたエラは、しょんぼりと肩を落とすのであった。


石畳の上、二人分の足音が響く。誰もいないそこで、フィーが立ち止まる。
「あの、フィーちゃん?一体……」
「始まるよ」
フィーが囁くようにそう言った次の瞬間。温かみのある歌声がルクスの耳に届いてきた。
「……!」
優しく、寂しく、安らかな曲。魂が包まれるような感覚に、ルクスは思わず息を呑む。
フィーも聴き入り、そっと銀のまつげを伏せた。
遺体のまえ、アリアを含めた蒼服たちが手を組み歌っている。祈りを込めて、ただ亡くなった者の安息を思って。
不意に、フィーが口を開いた。
「…………ラメティシイは、狩ることよりも癒すことを仕事にしてるんだ。ウィルみたいに戦える人もいるけど、大体は違う」
再び、フィーの瞳がルクスを捉える。真っ直ぐにルクスを見つめて、フィーは言った。

「ルクス君、ラメティシイにおいでよ。君は誰かを想える人だから」


しばらくの沈黙の後。



「……ごめんね。俺は行けない」
ルクスのやや冷たい声が、フィーの誘いを断る。フィーは目を丸くすると、悲しそうに
ルクスに問いかけた。
「どうして……?ベネヌムでなにかやりたいことがあるの?」
その問いにすぐには答えず、ルクスはフィーに背を向けて数歩離れる。他には誰もここには
いない。誰も、フィーから見えないルクスの表情を知ることなど出来ないのだ。だからこそ
慎重に。ルクスの真意を知りたくてフィーは耳を澄ます。
「うん。ラメティシイよりも、ベネヌムのほうが良いと思うんだ」
振り向いたルクスは、どこか強すぎる意志がこもった瞳で、口元に笑みを浮かべていた。
「俺は”幸福”になるために、ここに来たから」

物語の最後のページ。
真っ黒なインクが滲んでいった。


○丸々と太ったモルス 原作 ネズの木の話 グリム童話
グリム童話の中でもかなりエグい話。簡単に書くと、継母が血の繋がっていない息子に
非道い虐待をずっとしていたが、ある日殺意を抱いた母は、息子を騙して林檎の箱を使って首を切断して殺してしまう。証拠は息子の哀れな妹と何も知らない父によって隠滅された。
その後なんやかんやあって、鳥に生まれ変わった息子が石臼で継母を殺して復讐する、というお話。
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