第 1 幕 木こりと狼
愛される者、愛されぬ者。救われるもの、見捨てられるもの。
それらすべてが決められたものなら
なんの祝福も得られぬのなら
なぜ、”あそこ”で終われなかったのだろうか。
灰色の壁に挟まれた、仄暗い道の上。ろくに明かりなどささぬ中で、一人地図を手に
している青年がいた。
「えっと……こっちだったっけ」
青年は辺りと地図を見比べ、ゆっくりと歩き出し……ふと自身の長袖をまくり、表情を
陰らせた。
「死名痣(シメイシ)、まだ消えてないな……おっかない」
腕にある獣の横顔のような痣を見て、昔母が言っていたことを思い返す。
「いい?ルークス。この痣は絶対、人に見せてはいけないよ。私達が ”モンストルム” だと
バレてしまうからね」
「どうしてバレたらだめなの?モンストルムとも仲良くしようって、授業で習ったよ?」
するといつも、母は悲しげに笑ったのだ。
「あの人達の仲良くは、下に見て可愛がるって意味だからね……。私達は魔法が
使えない、未知の化け物だから。でも大丈夫。大きくなってこの痣が消えたら
表面的には普通の人間だから、とても生きやすくなるよ……」
そして、いつも母が繰り返し言っていたこと。
「痣が消えるまでは、よく用心しているんだよ。これがあるうちはまだ、自分に
”死の呪い”がかかっている証拠だから。」
つまり、死名痣があるうちは突然死が襲ってくる可能性が高いということ。
モンストルムにとって死は身近であり、不安の種でもある。
(そういえば昔、クラスの子が言ってたな……)
「モンストルムってさ〜死ぬと本物の化け物になるんだぜ!怖ぇよな〜!」
(あれはでまかせだったのか。少なくとも母さんはそんなことなかった)
そんなことを考え、歩く。ただひとつの場所を目指して、ルークスはずっと歩き続けて
いた。
非・魔法都市ウォルテクス。
たくさんのモンストルムが暮らしている大きな街だというそこは、身寄りが
なくなったルークスが目指すべき場所だった。何故か母は避けていたところだが、
ルークスはそんなことは気にしていない。ただ落ち着ける場所をもとめている。
「あれ、そろそろつくはずなんだけど……また道間違えたかな?」
こんな方向音痴でなければ、もっと早くたどり着いていただろう。
彼がちら、と上を見ると、たくさんの素材のようなものが積まれていた。地味に重そうな
それに、早くここを通り過ぎてしまいたくなる。
(うわ……嫌だな。この間なんかに潰される夢見たばっかなのに)
こんなこと考えているのはきっと時間の無駄だ。そろそろ寝床をさがすべきかもしれない。
そう、再び足を……
「___!!!!」
突然、ルークスの目の前に、何かが落ちてきた。
「あの荷物!?危なっ……え」
けれど土煙がやんだ後、そこにあったのは、いたのは。
『お゛まえ、は、じょう、じ、き、が?』
頭に3つの斧がつき刺さった、人のようななにかだった。鮮血に彩られた金、銀、石の斧は
先の衝撃でもぐらつかず、男の頭に刺さっている。
「ぁ……」
逃げなければ。
ルークスの頭にその一言が浮かんだ。
『あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁァぁぁ゛!!』
男の咆哮と同時に、反対方向へと逃げ出す。
(何だあれ、狂ってる、おかしい、あんなもの聞いたことも)
『モンストルムってさ〜死ぬと本物の化け物になるんだぜ!怖ぇよな〜!』
(……まさか)
走りがわずかに遅くなったルークスに、突然地面が近づき、そのまま衝突する。
追いつかれた。
片手で頭を、もう片方で首をおさえられる。ルークスがいくら抵抗してもびくとも動かない
それは、ルークスの耳元に口を寄せると、狂ったようにつぶやきだした。
『俺ガゎるぃ?アいツがわルぃ?おれ?ワタシ??ジぶン???どうでもいいどうでもいいどうでもいい!きききききききききキをキっていたたたたたたタんダ鉄ツツツツッッツッツツツテツの味チチチチチチチチチチチチチチチチ血血なんだミンナいっしょのチオレには
ナガレテル???よく見てよく見てよく見てよく見て』
「な……っ流れてる!流れてるって!離して!」
ずっと聞いていたら頭がおかしくなりそうなそれを、ルークスは必死に遮ろうとするが、
到底通用しなかった。ますます強く頭を地面に打ち付けられる。
『ジャジャジャジャ邪魔ヲするナぁ!!』
「うっ……!?」
『おまえのチうバエバ俺モみンなとオナジしょうジきシアワセモノ?それハいいそれハい い!!』
何度も頭を打ち付けられ、段々と意識が朦朧としてきた彼が最後に思ったこと。
それは、こんなふうに終わりたくない、だった。
死名痣が消えていることも気が付かずに。
(なん、だ……?生きてる……?)
薄く目をあけたルークスのぼやけた視界に、少女と細身の男性がうつった。
「マーシャさまっ......!危険ですので近づかないでください!」
「大丈夫よロンド。こっちはもう” 消えて ”いるようだし、もうひとりは倒れてる。保護が 必要よ」
「でしたらせめてこちらにお戻り下さい。身体を冷やしてしまいます」
その言葉で雨が降っていることにきがついたルークスが、視界を少し上へと移したとき。
(なんだ……あれっ……!)
赤い靴を履いた大きな足。その一つが横になってロンドと言う男を雨から守り、もう一つがその上でくるくると回り続けていた。
(この人達も化け物……!?まずい、身体が動かない!)
もぞもぞとしているルークスに、マーシャという少女が気づき顔を近づけてくる。
ロンドの止める声を無視して、少女はルークスに微笑みかけた。
「大丈夫、私達は貴方の味方よ?さっきのやつとは違うわ」
(たしかに、正気を失っているようには、見えな……)
「あ。落ちた」
再び気を失ったルークスを見て、少女は言った。
「あの感じだと、” ピーズアニマ “ を知らないみたいね。親が教えなかったのかしら?」
「分かりません。私達の中では、親を知らないものも多いですし……」
男はルクスを抱き上げると少女ともにあるき出す。途中、少女がルークスの地図を見つけて笑った。
「ようこそ、この “渦 “ の中へ……可愛いおおかみさん?」
次にルークスが目覚めたのは、大きなベッドの上だった。頭と手足には包帯が巻かれ、清潔な服を着せられている。
(身体が痛くない……助けてもらえたのか)
ベッドの上でしばらく思案していると、ドアがノックされ、青年の声が聞こえた。
「失礼しま〜す?」
「あっ、はい」
開いたドアから、活発そうな青年が顔を出す。ルークスがベッドから出る間もなくこちらへ
向かうと、じっとルークスを見つめた。
「…………」
「あの……?」
「これはまた……ぼく好みのばりかんわいい子やけん……」
固まったままのルークスを気にもせず、青年は喋り続けた。
「よかよか!君もここに入ると?歓迎しちゃるよ〜」
「え、あの??俺可愛いとか言われてもそんな嬉しくな」
「あ〜、楽しくなりそうばい!可愛い子はみんなすいとーよ?そうそう、ぼくの名は…‥」
「こらぁっ!!!」
そんなとき、一度閉じたドアが思い切り蹴りで開けられ、見覚えのある少女が入ってきた。
「マウイ!!その人お客様だから!!あと誰彼老若男女問わず口説くのはやめなさいと
いつもっ……」
「あ……」
「あ」
沈黙。たんこぶをつくって倒れている青年の隣、ルークスを前に助けた少女は姿勢を正すと
スカートの裾を持ち、取り直すようにお辞儀をした。
「お、お目覚めになられたようですね?身支度が済み次第、応接間へお越しください」
そう言ってすぐ少女が部屋から出ていくと、イテテと起き上がった青年がルークスに再び
話しかけてくる。
「ん、と。聞いとったかもしれんばってん、ぼくん名前はマウイっていうったい。着替えはそこん使うてよかけんね。」
「あの〜……ここどk」
「それじゃ、外でまっとーけん、終わったら呼びんしゃい!かわいいお客しゃん♪」
ルークスの問いを思いっきり無視してマウイは扉の向こうへ消えてしまった。
ともかく着替えるしかなくなったため、置いてある上等な生地の服を持ち上げる。
「重い……こんないい服、着たことないや。あとで大金を要求されないと良いんだけど」
ボタンやらなんやらでいっぱいの慣れない服を、四苦八苦しながらなんとか着てから
そっと豪奢な扉を開け、言葉の通り舞って(ルクス:「待ってじゃなくって舞ってる…」)
いたマウイに連れられ、応接間へと移動する(マウイ:彼処は笑うて欲しかったなぁ…‥)
と、ルークスを助けた2人が待っていた。男性の方が話しかける。
「体調のほうはよろしいですか?」
「はい、もうほとんど痛くありません」
そう笑顔で返したルークスに、少し驚いたようだった。
「……大丈夫なら、それで良いのですが。申し遅れました、私は ロンド・ヤップ。
この方は マンサナ・ベネヌム様です」
「マーシャで良いですよ?」
マーシャは立派な椅子に座って茶を飲んでいるが、ロンドはその横で控えている、
従者と姫のような構図だった。
「様……というのは。マーシャちゃんがどこかいいところのお嬢様ってことですか?」
すると、ロンドではなくマウイが答えた。
「ベネヌム家は、ウォルテクスではばり力が強か家なんや。こん館ば管理しとーんも
そこばい。マーシャはそこんお嬢しゃんってわけ。」
けど、ここん皆はマーシャって呼んどーばい、と付け足してからマウイはサッと
離れていってしまう。
「早速ですみませんが……貴方の親戚は皆亡くなっているのでしょうか?」
マーシャの問いに、一瞬ルークスの表情が冷める。
「俺が知っている人は、もういません。」
「ふむ……貴方はここに来たばかりのようですが、住むところは?」
「まだ見つかっていません」
さっきまでのどこか柔らかい空気とは打って変わり、急速に冷めていく室内にロンドがパンと手を叩く。
「……ロンド」
「失礼を承知で言わせていただきます。マーシャ様、ズケズケと繊細な話題を口に
することはあまりにも無礼かと」
「……むぅ……確かに悪かったわ」
「そして、私達は貴方を悪くしようなどとは考えていません。ただ、近親者がいたなら
そちらへこの旨をお伝えするべきだと考えたのです。ご無礼をお許しください」
「あっ、いえ、こちらこそ、助けていただいたのに強くあたってしまい……」
お互いペコペコと謝りあったあと、ルークスが胸に片手を添えて微笑んで言った。
「俺は、ルクス……ルークス・ロペスといいます。助けていただきありがとうございます。
……ところで、あの、ここは?」
先程からマウイに遮られ続けてきたことを尋ねると、ロンドが口を開くよりも早く
マンサナが立ち上がり、腰に両手を当てて話しだす。
「ここは……ベネヌム家の管理下にある、モルス処刑組織、ギロティナです!」
続いてマウイたちが補足した。
「ルクスくんば襲うた化け物、モルスば消すのが僕らん役目なんや。あーやって被害に合う人がでると、色々と面倒で。」
「主に、それを私達はピーズアニマ……死命痣が無事消えると使えるようになる
私達用の魔法のようなもので対抗しています」
「!」
その言葉にルクスは髪を跳ねさせるように反応すると、身を乗り出した。
「モンストルムも魔法を使えるんですか!?」
「使えませんよ」
マンサナの冷たい声に場が再び静まり返る。
「私達に与えられるのは、普通の人々のような美しい魔法ではありません。貴方も見たでしょう?あの怪物を」
ルクスの脳裏に、あの斧男が浮かび上がる。
「……っ」
「私達は所詮、不気味な存在なのですよ」
もうしばらくの間この館に滞在してほしいと言われたルクスは、寝ていた客間に戻ると
そっとドアを閉める。それは今までルクスが聴いていたような、不快な軋む音は一切
立てなかった。しかしそのまま一歩も踏み出さぬまま、ドアに力なくもたれかかる。
その顔に笑みなど無かった。
「えっ!あん子がここに入る!?ばってんさっき……」
「今のところはお客様よ、彼にはまだ何も言ってない。ただ、これから勧誘してみるの」
マウイはそれを聞くと笑顔になり、不安そうにし、それを何度も繰り返す。
「やったらばり嬉しかばってん、あげん経験したあとでやってけるとか?」
この場で不安げなのがロンドとマウイ。なぜかひとり得意げなのがマーシャだった。
ロンドはルクスがいる客間の方を心配そうに見ている。
「本当に大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ、あの子にこにこしてメンタル強そうだし……」
「私にはそう見えません」
二人がロンドの方に顔を向ける。眉をひそめているロンドに、マーシャは開きかけた口を
閉じた。
「彼はなんというか……まだ何も飲み込めていないように見えました。勿論、それが
正常です……の、はずです」
「正常ねぇ……」
「マーシャは洞察力いっちょんなかもんねぇ」
「うるさい」
微妙に冷えている床。そのせいか、違う理由か震える手で口を押さえ、脚を引き
寄せるようにして自身の身体を抱く。
「けど、ロンドも見たでしょう。アレ」
ニヤリと笑みを浮かべたマーシャがロンドの瞳を覗き込む。置いていかれたマウイが尋ねる
「アレ?」
「今回私達が追っていたモルス……”血塗れの木こり”は、私達が倒したんじゃないの。
本人は覚えてないみたいだけどね」
あのとき、現場に向かったマーシャたちが見たのは。
漆黒の獣のような四肢と耳を持ち、裂かれたモルスの腹にあったであろう臓器を爪に
引っ掛けているルクスだった。
「憑依型、それも戦闘力が高そうなピーズアニマだったわ。あれを戦力にできれば…‥!」
「お嬢様……」
「……怖い、なぁ」
絞り出すようにそう呟くルクスを、窓から差し込んだ月明かりが照らす。
そしてできた影は、牙と爪を持つ巨大な狼の姿をしていた。
まるでルクスを呑み込もうとでもするように、覆いかぶさって……
おやすみなさい。
○血塗れの木こり 原作:金の斧 イソップ寓話
川に斧を落としてしまった木こりが、一人は正直なため金、銀、鉄の斧を貰えたが
欲張ったもうひとりは嘘を付いたため、鉄の斧さえも失ってしまう。
ここではなぜか3本ぶっ刺さっている。たぶんなんか神様怒らせた。
それらすべてが決められたものなら
なんの祝福も得られぬのなら
なぜ、”あそこ”で終われなかったのだろうか。
灰色の壁に挟まれた、仄暗い道の上。ろくに明かりなどささぬ中で、一人地図を手に
している青年がいた。
「えっと……こっちだったっけ」
青年は辺りと地図を見比べ、ゆっくりと歩き出し……ふと自身の長袖をまくり、表情を
陰らせた。
「死名痣(シメイシ)、まだ消えてないな……おっかない」
腕にある獣の横顔のような痣を見て、昔母が言っていたことを思い返す。
「いい?ルークス。この痣は絶対、人に見せてはいけないよ。私達が ”モンストルム” だと
バレてしまうからね」
「どうしてバレたらだめなの?モンストルムとも仲良くしようって、授業で習ったよ?」
するといつも、母は悲しげに笑ったのだ。
「あの人達の仲良くは、下に見て可愛がるって意味だからね……。私達は魔法が
使えない、未知の化け物だから。でも大丈夫。大きくなってこの痣が消えたら
表面的には普通の人間だから、とても生きやすくなるよ……」
そして、いつも母が繰り返し言っていたこと。
「痣が消えるまでは、よく用心しているんだよ。これがあるうちはまだ、自分に
”死の呪い”がかかっている証拠だから。」
つまり、死名痣があるうちは突然死が襲ってくる可能性が高いということ。
モンストルムにとって死は身近であり、不安の種でもある。
(そういえば昔、クラスの子が言ってたな……)
「モンストルムってさ〜死ぬと本物の化け物になるんだぜ!怖ぇよな〜!」
(あれはでまかせだったのか。少なくとも母さんはそんなことなかった)
そんなことを考え、歩く。ただひとつの場所を目指して、ルークスはずっと歩き続けて
いた。
非・魔法都市ウォルテクス。
たくさんのモンストルムが暮らしている大きな街だというそこは、身寄りが
なくなったルークスが目指すべき場所だった。何故か母は避けていたところだが、
ルークスはそんなことは気にしていない。ただ落ち着ける場所をもとめている。
「あれ、そろそろつくはずなんだけど……また道間違えたかな?」
こんな方向音痴でなければ、もっと早くたどり着いていただろう。
彼がちら、と上を見ると、たくさんの素材のようなものが積まれていた。地味に重そうな
それに、早くここを通り過ぎてしまいたくなる。
(うわ……嫌だな。この間なんかに潰される夢見たばっかなのに)
こんなこと考えているのはきっと時間の無駄だ。そろそろ寝床をさがすべきかもしれない。
そう、再び足を……
「___!!!!」
突然、ルークスの目の前に、何かが落ちてきた。
「あの荷物!?危なっ……え」
けれど土煙がやんだ後、そこにあったのは、いたのは。
『お゛まえ、は、じょう、じ、き、が?』
頭に3つの斧がつき刺さった、人のようななにかだった。鮮血に彩られた金、銀、石の斧は
先の衝撃でもぐらつかず、男の頭に刺さっている。
「ぁ……」
逃げなければ。
ルークスの頭にその一言が浮かんだ。
『あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁァぁぁ゛!!』
男の咆哮と同時に、反対方向へと逃げ出す。
(何だあれ、狂ってる、おかしい、あんなもの聞いたことも)
『モンストルムってさ〜死ぬと本物の化け物になるんだぜ!怖ぇよな〜!』
(……まさか)
走りがわずかに遅くなったルークスに、突然地面が近づき、そのまま衝突する。
追いつかれた。
片手で頭を、もう片方で首をおさえられる。ルークスがいくら抵抗してもびくとも動かない
それは、ルークスの耳元に口を寄せると、狂ったようにつぶやきだした。
『俺ガゎるぃ?アいツがわルぃ?おれ?ワタシ??ジぶン???どうでもいいどうでもいいどうでもいい!きききききききききキをキっていたたたたたたタんダ鉄ツツツツッッツッツツツテツの味チチチチチチチチチチチチチチチチ血血なんだミンナいっしょのチオレには
ナガレテル???よく見てよく見てよく見てよく見て』
「な……っ流れてる!流れてるって!離して!」
ずっと聞いていたら頭がおかしくなりそうなそれを、ルークスは必死に遮ろうとするが、
到底通用しなかった。ますます強く頭を地面に打ち付けられる。
『ジャジャジャジャ邪魔ヲするナぁ!!』
「うっ……!?」
『おまえのチうバエバ俺モみンなとオナジしょうジきシアワセモノ?それハいいそれハい い!!』
何度も頭を打ち付けられ、段々と意識が朦朧としてきた彼が最後に思ったこと。
それは、こんなふうに終わりたくない、だった。
死名痣が消えていることも気が付かずに。
(なん、だ……?生きてる……?)
薄く目をあけたルークスのぼやけた視界に、少女と細身の男性がうつった。
「マーシャさまっ......!危険ですので近づかないでください!」
「大丈夫よロンド。こっちはもう” 消えて ”いるようだし、もうひとりは倒れてる。保護が 必要よ」
「でしたらせめてこちらにお戻り下さい。身体を冷やしてしまいます」
その言葉で雨が降っていることにきがついたルークスが、視界を少し上へと移したとき。
(なんだ……あれっ……!)
赤い靴を履いた大きな足。その一つが横になってロンドと言う男を雨から守り、もう一つがその上でくるくると回り続けていた。
(この人達も化け物……!?まずい、身体が動かない!)
もぞもぞとしているルークスに、マーシャという少女が気づき顔を近づけてくる。
ロンドの止める声を無視して、少女はルークスに微笑みかけた。
「大丈夫、私達は貴方の味方よ?さっきのやつとは違うわ」
(たしかに、正気を失っているようには、見えな……)
「あ。落ちた」
再び気を失ったルークスを見て、少女は言った。
「あの感じだと、” ピーズアニマ “ を知らないみたいね。親が教えなかったのかしら?」
「分かりません。私達の中では、親を知らないものも多いですし……」
男はルクスを抱き上げると少女ともにあるき出す。途中、少女がルークスの地図を見つけて笑った。
「ようこそ、この “渦 “ の中へ……可愛いおおかみさん?」
次にルークスが目覚めたのは、大きなベッドの上だった。頭と手足には包帯が巻かれ、清潔な服を着せられている。
(身体が痛くない……助けてもらえたのか)
ベッドの上でしばらく思案していると、ドアがノックされ、青年の声が聞こえた。
「失礼しま〜す?」
「あっ、はい」
開いたドアから、活発そうな青年が顔を出す。ルークスがベッドから出る間もなくこちらへ
向かうと、じっとルークスを見つめた。
「…………」
「あの……?」
「これはまた……ぼく好みのばりかんわいい子やけん……」
固まったままのルークスを気にもせず、青年は喋り続けた。
「よかよか!君もここに入ると?歓迎しちゃるよ〜」
「え、あの??俺可愛いとか言われてもそんな嬉しくな」
「あ〜、楽しくなりそうばい!可愛い子はみんなすいとーよ?そうそう、ぼくの名は…‥」
「こらぁっ!!!」
そんなとき、一度閉じたドアが思い切り蹴りで開けられ、見覚えのある少女が入ってきた。
「マウイ!!その人お客様だから!!あと誰彼老若男女問わず口説くのはやめなさいと
いつもっ……」
「あ……」
「あ」
沈黙。たんこぶをつくって倒れている青年の隣、ルークスを前に助けた少女は姿勢を正すと
スカートの裾を持ち、取り直すようにお辞儀をした。
「お、お目覚めになられたようですね?身支度が済み次第、応接間へお越しください」
そう言ってすぐ少女が部屋から出ていくと、イテテと起き上がった青年がルークスに再び
話しかけてくる。
「ん、と。聞いとったかもしれんばってん、ぼくん名前はマウイっていうったい。着替えはそこん使うてよかけんね。」
「あの〜……ここどk」
「それじゃ、外でまっとーけん、終わったら呼びんしゃい!かわいいお客しゃん♪」
ルークスの問いを思いっきり無視してマウイは扉の向こうへ消えてしまった。
ともかく着替えるしかなくなったため、置いてある上等な生地の服を持ち上げる。
「重い……こんないい服、着たことないや。あとで大金を要求されないと良いんだけど」
ボタンやらなんやらでいっぱいの慣れない服を、四苦八苦しながらなんとか着てから
そっと豪奢な扉を開け、言葉の通り舞って(ルクス:「待ってじゃなくって舞ってる…」)
いたマウイに連れられ、応接間へと移動する(マウイ:彼処は笑うて欲しかったなぁ…‥)
と、ルークスを助けた2人が待っていた。男性の方が話しかける。
「体調のほうはよろしいですか?」
「はい、もうほとんど痛くありません」
そう笑顔で返したルークスに、少し驚いたようだった。
「……大丈夫なら、それで良いのですが。申し遅れました、私は ロンド・ヤップ。
この方は マンサナ・ベネヌム様です」
「マーシャで良いですよ?」
マーシャは立派な椅子に座って茶を飲んでいるが、ロンドはその横で控えている、
従者と姫のような構図だった。
「様……というのは。マーシャちゃんがどこかいいところのお嬢様ってことですか?」
すると、ロンドではなくマウイが答えた。
「ベネヌム家は、ウォルテクスではばり力が強か家なんや。こん館ば管理しとーんも
そこばい。マーシャはそこんお嬢しゃんってわけ。」
けど、ここん皆はマーシャって呼んどーばい、と付け足してからマウイはサッと
離れていってしまう。
「早速ですみませんが……貴方の親戚は皆亡くなっているのでしょうか?」
マーシャの問いに、一瞬ルークスの表情が冷める。
「俺が知っている人は、もういません。」
「ふむ……貴方はここに来たばかりのようですが、住むところは?」
「まだ見つかっていません」
さっきまでのどこか柔らかい空気とは打って変わり、急速に冷めていく室内にロンドがパンと手を叩く。
「……ロンド」
「失礼を承知で言わせていただきます。マーシャ様、ズケズケと繊細な話題を口に
することはあまりにも無礼かと」
「……むぅ……確かに悪かったわ」
「そして、私達は貴方を悪くしようなどとは考えていません。ただ、近親者がいたなら
そちらへこの旨をお伝えするべきだと考えたのです。ご無礼をお許しください」
「あっ、いえ、こちらこそ、助けていただいたのに強くあたってしまい……」
お互いペコペコと謝りあったあと、ルークスが胸に片手を添えて微笑んで言った。
「俺は、ルクス……ルークス・ロペスといいます。助けていただきありがとうございます。
……ところで、あの、ここは?」
先程からマウイに遮られ続けてきたことを尋ねると、ロンドが口を開くよりも早く
マンサナが立ち上がり、腰に両手を当てて話しだす。
「ここは……ベネヌム家の管理下にある、モルス処刑組織、ギロティナです!」
続いてマウイたちが補足した。
「ルクスくんば襲うた化け物、モルスば消すのが僕らん役目なんや。あーやって被害に合う人がでると、色々と面倒で。」
「主に、それを私達はピーズアニマ……死命痣が無事消えると使えるようになる
私達用の魔法のようなもので対抗しています」
「!」
その言葉にルクスは髪を跳ねさせるように反応すると、身を乗り出した。
「モンストルムも魔法を使えるんですか!?」
「使えませんよ」
マンサナの冷たい声に場が再び静まり返る。
「私達に与えられるのは、普通の人々のような美しい魔法ではありません。貴方も見たでしょう?あの怪物を」
ルクスの脳裏に、あの斧男が浮かび上がる。
「……っ」
「私達は所詮、不気味な存在なのですよ」
もうしばらくの間この館に滞在してほしいと言われたルクスは、寝ていた客間に戻ると
そっとドアを閉める。それは今までルクスが聴いていたような、不快な軋む音は一切
立てなかった。しかしそのまま一歩も踏み出さぬまま、ドアに力なくもたれかかる。
その顔に笑みなど無かった。
「えっ!あん子がここに入る!?ばってんさっき……」
「今のところはお客様よ、彼にはまだ何も言ってない。ただ、これから勧誘してみるの」
マウイはそれを聞くと笑顔になり、不安そうにし、それを何度も繰り返す。
「やったらばり嬉しかばってん、あげん経験したあとでやってけるとか?」
この場で不安げなのがロンドとマウイ。なぜかひとり得意げなのがマーシャだった。
ロンドはルクスがいる客間の方を心配そうに見ている。
「本当に大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ、あの子にこにこしてメンタル強そうだし……」
「私にはそう見えません」
二人がロンドの方に顔を向ける。眉をひそめているロンドに、マーシャは開きかけた口を
閉じた。
「彼はなんというか……まだ何も飲み込めていないように見えました。勿論、それが
正常です……の、はずです」
「正常ねぇ……」
「マーシャは洞察力いっちょんなかもんねぇ」
「うるさい」
微妙に冷えている床。そのせいか、違う理由か震える手で口を押さえ、脚を引き
寄せるようにして自身の身体を抱く。
「けど、ロンドも見たでしょう。アレ」
ニヤリと笑みを浮かべたマーシャがロンドの瞳を覗き込む。置いていかれたマウイが尋ねる
「アレ?」
「今回私達が追っていたモルス……”血塗れの木こり”は、私達が倒したんじゃないの。
本人は覚えてないみたいだけどね」
あのとき、現場に向かったマーシャたちが見たのは。
漆黒の獣のような四肢と耳を持ち、裂かれたモルスの腹にあったであろう臓器を爪に
引っ掛けているルクスだった。
「憑依型、それも戦闘力が高そうなピーズアニマだったわ。あれを戦力にできれば…‥!」
「お嬢様……」
「……怖い、なぁ」
絞り出すようにそう呟くルクスを、窓から差し込んだ月明かりが照らす。
そしてできた影は、牙と爪を持つ巨大な狼の姿をしていた。
まるでルクスを呑み込もうとでもするように、覆いかぶさって……
おやすみなさい。
○血塗れの木こり 原作:金の斧 イソップ寓話
川に斧を落としてしまった木こりが、一人は正直なため金、銀、鉄の斧を貰えたが
欲張ったもうひとりは嘘を付いたため、鉄の斧さえも失ってしまう。
ここではなぜか3本ぶっ刺さっている。たぶんなんか神様怒らせた。
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