第一章
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午後15時。
部屋の扉が三回ノックされる。
あやめ「こんにちは!さっきぶりです!」
零が扉を開けると、淡いグリーンのカーディガンに、Tシャツ、ジーンズを履いたあやめが菓子の入った籠を手に立っていた。
零「ああ。さっきはどうも」
楓「いらっしゃいあやめ!まってたよ!」
布団を抜け出し、走ってくる楓。
零「だから寝てろって……バカ走るな!」
怒る零に目もくれず、楓はあやめの腕を引く。
楓「あやめ、はやくはやく!」
あやめ「ふふ……お邪魔します、石動さん、楓さん」
零「ああ、一応、扉は開けておくからな」
あやめ「石動さんは紳士ですねぇ。ありがとうございます」
楓「はい!どうぞ!」
そう言って楓が布団の横に座布団を敷く。
あやめ「あら、わざわざありがとうございます。それでは失礼しますね」
座布団に座るあやめを見届け、楓は自分も布団の上に座る。
楓「えっと、おきゃくさんにはしつれいがないように。それから、おんなのひとにはやさしくするものだってれいがいってた!」
零「ッ……バッ……楓!!余計な事を言うんじゃねえ!」
茶を入れていた零が慌てて声を上げる。
あやめ「ふふふ……石動さん優しいですもんね」
楓「うん!れいはやさしいよ!!ぼくのからだふいてくれるし、おくすりも───」
零「あ"ーーー!!だから余計な事をッ………」
顔を真っ赤にして言葉を遮る零を他所に、楓はきょとんとした顔で頭に疑問符を浮かべている。
あやめ「楓さんは石動さんの事が本当に大好きなんですね」
楓「うん!すっごくだいすき〜!」
零「ッ………」
へにゃり、と笑った楓を見遣り、零は怒りなのか照れからか、お茶を出しながら米神をひくつかせ、ぷるぷると震えている。
あやめ「いいなぁ。恋に性別も年齢も関係ありませんから、頑張ってくださいね楓さん」
楓「?うん?がんばるー?」
恐らく意味は分かっていないであろう楓に対し、さらりととんでもない発言をしたあやめに、零は含んだ茶を噴きそうになった。
零「ッ……あのなぁッ………」
噎せながらあやめの言葉を否定しようとした零を無視し、彼女は籠からお菓子を取り出す。
あやめ「じゃーん!これがかの有名なカントリーバアムです!とっても美味しいんですよ!」
籠から次々にお菓子を取り出して見せるあやめを、楓は幼い子どもが魔法使いでも見るようなキラキラした目で見つめる。
楓「わぁあ……!あやめってすごいんだねえ!えっと、えっと、」
何かを言いたそうにしている楓にあやめがにこりと笑い、カントリーバアムを袋から取り出してやる。
あやめ「魔法使いみたい、ですかね?」
楓「まほうつかい?ねえ、れい、まほうつかいもようかい?」
零「……まぁ、似たようなものだ」
あやめ「さぁさ、まずはお一つどうぞ!」
貰ったカントリーバアムをじっと見つめる楓。
楓「はい!れい!どうぞ!」
卓に肘をついていた零は両手で差し出された
菓子と相変わらずのキラキラした瞳と笑顔で見つめてくる楓を交互に見て、渋々、菓子を手で受け取ろうとするが、直後に刺すような視線を感じ、咄嗟にそちらを見る。
………あやめが、首を横に振り、ジェスチャーで違う、そうじゃない、と訴えていた………。
そして、最後にファイティングポーズ付きで口をぱくぱくさせる。
あやめ(頑張って……!!)
……何をどう頑張れというのか………
………確実に彼女は何かを勘違いしている。
………であれば正さなければとも思うが、四つのキラキラした瞳と、のしかかる多大な圧に、零は無意識にうっ……と声に出し、汗をかいて言葉を詰まらせた。
零(ちくしょう……こんな事をするくらいなら、死んだ方がマシだ……!)
……しかし、究極の選択に、こんなことで死ぬなど末代までの恥だと悟った零が根本から折れ、敗北したのはすぐ後のことだった………。
零(クソがっ……!!どうにでもなれ!!)
えいままよと、差し出された菓子を口で齧り取った零にあやめが口パクでよっしゃあああ!!と叫び、ガッツポーズを取る。
無理矢理咀嚼した菓子を飲み込み、恥ずかしさに突っ伏す。
……殺せ、いっそ殺してくれ………
楓「れい、おいしい?」
零「……ああ……」
楓「よかったぁ!うん!おいしい!」
零「なっ……!」
自分の齧った菓子をなんの躊躇いもなく頬張る楓に、愕然とした顔をする零。
……恥ずかしい。
……もういっそやっぱり死んでしまいたい。
零「ッ……お前、なぁっ………」
耳まで真っ赤になった零が髪をぐしゃり、と掻き潰す。
楓「さいしょのひとくちはれいにあげたかったんだあ。たべてくれてありがと!れい!」
そう言って屈託なく笑い、袋に入った新しい菓子を零の突っ伏す卓に置く。
零「…………」
楓「はい!れいのぶん!」
それを見つめ、暫し黙り込む。
そうして、何事もなかったように、あやめと喋りだす楓の楽しそうな声を聴きながら、零は切れ長の目を細めた。
菓子の袋に、照明が当たり、きらきらと光っている。
………ああ、やっぱり馬鹿みたいだ。
………こんな菓子一つでこんなに感情を露わにした事などなかったのに。
………きっとこれも、気の迷いだろう。
お前を、………少しでも と思ったなんて………。
楓「へぇー!あやめはむらのそとからきてるんだ!」
あやめ「はい、そうですよ。週3日、ここで働かせて頂いてます」
楓「あやめは、ひとりなの?」
そう尋ねた楓を零が嗜める。
零「こら、楓。教えただろう。あまり人のプライベートに踏み込むんじゃねえ」
あやめ「いいんですよ。あたし、両親……お父さんとお母さんを早くに亡くして、弟と二人暮らしなんです」
楓「おとうと……」
零「同じ母親から産まれた男の姉弟のことだ。……ま、たまに違う母親なんてのもいたりするが……」
楓「おとうとはなんてなまえ?」
零「……だからさんをつけろ……さんを………」
しかし、あやめは気に障った様子もなく微笑み、
あやめ「弟は絢斗といいます。年頃なので最近反抗期ぎみですが、あたしにとってはかわいい弟なんですよ」
と言って笑った。
楓「あやとはなんさい?あやめはー?」
零「おい、女に歳を聞くなとあれ程………」
あやめ「絢斗は16歳、私は23歳です。歳が離れてるから余計にお母さんみたいになっちゃって。つい、口うるさくなっちゃうんですよねー。まぁ、それが原因で嫌がられてるんですけど」
楓「そうなんだ。あやめはおねえさんだけど、おかあさんで、あやとはしあわせなんだね!」
あやめ「え……?」
楓「だって、あやめはやさしいから!おかあさんと、おねえさん、どっちももってる。あやともきっとあやめがだいすきなんだね!」
次の瞬間、あやめの瞳が見開かれ、みるみるうちに涙が溜まっていく。
あやめ「ッ……やだな、あたしどうしたんだろ。ごめんなさい、楓さん……」
楓「……あやめ、ないてるの?……かなしいの?ぼく、なにかだめなこといった……?」
必死に涙を拭うあやめの顔を心配そうに覗き込み、楓は眉を下げる。
あやめ「っ……ちがいます……ちがうんです……」
浴衣の袂であやめの涙を拭おうとする楓。
楓「あやめ、なかないでー」
零「………」
零は、無言でタオルを取りに行こうと立ち上がる。
楓「えっと……よし、よし、いいこいいこ」
楓があやめを抱き締め、背中をぽんぽんと叩く。
あやめ「っ……」
楓「いいこ、いいこ……」
……どれくらいそうしていただろうか。
漸く泣き止んだあやめを腕から解放し、楓は彼女の顔を覗き込む。
楓「あやめ、だいじょうぶ……?」
あやめ「……はい、もう大丈夫です。突然泣いたりしてごめんなさい。びっくりしましたよね」
楓「ううん。だいじょうぶになったならよかった」
そう言って微笑む楓の横から、零があやめにタオルを差し出す。
あやめ「ありがとうございます、石動さん。ご迷惑おかけしてすみませんでした」
零「……いや、本当にもう大丈夫か?」
タオルを受け取り、顔を拭くと、あやめはいつもの快活な笑顔を見せる。
あやめ「はい!楓さんのおかげでもうすっかり大丈夫です!」
零「そうか……ならよかった」
時計の針が16時30分を指していた。
黒ずんだ雲の堆積の間に、夕日の一点の紅が沈む。
あやめ「あら、やだ、もうこんな時間だわ。ごめんなさい、随分長居をしてしまって」
楓「そんなことないよ!おはなしできて、たのしかった!」
あやめ「……はい。あたしもです。おはなしできてとってもたのしかった!」
楓「また、おはなししてくれる?こんどはぼくがあいにいくよ!」
そう言ってキラキラと眩しい笑顔を見せる楓に、あやめもとびきりの笑顔を返す。
あやめ「はい!絶対、またお話しましょうね!お待ちしてます!!」
布団の上で手を振る楓に、あやめは手を振り返す。
扉が閉まってから、あやめを送るため、廊下に出た零が口を開いた。
零「……今日は木城さんのおかげであいつも随分と燥いでいたし、嬉しそうだった。……礼を言う」
あやめ「いえいえ!こちらこそです!ありがとうございました!……また、楓さんに会いに来てもいいですか?」
零「ああ、そうしてやってくれ。あいつも喜ぶ」
零の言葉に嬉しそうな表情で頭を下げるあやめ。
あやめ「ありがとうございます!じゃあ、また!」
……手を振るあやめを見送り、扉を閉めようとしたときだった。
あやめ「楓さんのこと、大切にしてあげてくださいねー!お幸せにー!!」
取って返したあやめに叫ばれ、目眩を起こした零は、思い切り扉に頭をぶつけた。
零「ッ………」
彼女に、何か大きな誤解をさせている事をはっきりと自覚しながら零は、勘弁してくれ……と、一人ごちた。
ズキズキと痛む頭を押さえながら、よろよろと部屋に戻る。
伊吹丸『客人が来ていたそうだな。随分と楽しかったようだ』
いつの間にやら帰っていた伊吹丸が楓にエア・アルプス一万尺を教えている。
零「……疲れた……風呂行ってくる……」
げっそりした顔でそれを眺め、踵を返す零の耳に、伊吹丸の焦った声が響く。
伊吹丸『楓!!』
それに振り向けば、布団の上に楓が倒れていた。
零「楓ッ……!!」
急ぎ駆け寄り、小さな身体を抱き起こすも、楓の瞼は半分閉じかかっていた。
楓「………れい………なんだかすごく、ねむい………」
零「楓ッ!!楓ッ……!!」
そのまま、瞼が閉じられ、全身が力を失う。
零「ッ……!」
緊張が走るが、次いで唇から漏れ聞こえてきたのは規則正しい呼吸音だった。
零「……眠った……のか……?」
伊吹丸『どうやらそのようだな』
眠る楓を抱えたまま、零が大きく息を吐く。
零「ッ……焦らせやがって………」
伊吹丸『心音も安定している。暫く寝かせておけば、時期目覚めるであろう』
零「………そうか……」
伊吹丸『疲れていたのかもしれぬ。大分興奮しておったようだしな』
零は楓を敷布に寝かせ、掛け布団をかける。
零「………」
形の良い額にかかった長い髪を指で避けてやる。
伊吹丸『……先刻、あの蛇と戦い、楓を拾った森に行ってきた』
零「……何か、掴めたのか」
伊吹丸『いや……それらしいものは掴めなかったが、そこで1匹の河童と出会ってな。そやつによるとこれが、森に落ちていたそうだ』
伊吹丸はそう言うと懐から耳飾りを取り出し、零に渡した。
零「……これが、どうかしたのか……?……ていうかお前、物掴めるじゃねえか」
伊吹丸『霊力の込められたものならば多少は可能だ。……それより零、それが意味するものが分かるか』
零は耳飾りを見つめた。片方しかないそれは、一見しただけではただの何の変哲もない耳飾りに見える。
目を細め、意識を集中すると、微かに、霊力の残滓のようなものが感じ取れた。
零「……大分薄いがこれは………」
伊吹丸『人間のものではない。さりとてあの蛇のものでもあるまい』
零「ああ。あの蛇野郎とは霊気の流れが違う。残った霊力から視るに、こいつはかなり強い妖怪の持ち物だ」
伊吹丸『それがこの子の記憶と関係があるかは分からぬが、何かの手掛かりになるやもしれぬ』
零「………ああ、そうだな……」
………まただ。
………なぜ俺は無意識にこいつの記憶を探そうとしている……?
………こいつの記憶なんて、俺に関係ない。
知ったことかと投げ出せば済む話じゃねえか。
……なのに、なぜ、俺は………
伊吹丸『零、どうかしたのか』
零「……いや、なんでもねえ。少し、風に当たってくる。楓を頼んだ」
そう言って部屋を出た零を見送り、伊吹丸は眠る楓へと目を向けた。
伊吹丸『……とうに、知れた事だというのに、未だ認められぬは己を律するが故か……人間の心というのはほんに複雑で面倒だ………』
夕刻の風が頬を撫で、桜の花がはらはらと散る。
零は、耳飾りを握り締めたまま、曇り空を仰いだ。
……俺はなんの為に旅に出た。
……なんの為に答えを探してる。
………誰かの為じゃない。他ならぬ自分自身の為だった筈だ。
………それがなぜ──────
零「"誓い"も"約束"も忘れてねえ。なのにッ……なんでッ………」
………なんでこんなにも心がざわつくんだ………!
……ざわついて、ざわついて落ち着かねえ……!
零「ッ……クソッ……!!」
……こんな時、師匠ならどうするだろう………
………俺は、どうすればいい……
………分からない………
………分からない………!
零「ッ……教えてくれッ……!」
血の滲むようなその言葉は、誰にも聞かれる事はなく、夕闇に溶けて消えた。
やがて、地面にぽつり、ぽつり、と染みが作られ、空全体が泣き出したような雨が降ってきた。
昏れかかった灰色の空が、墨の滲みのような濃淡を去来させている。
宵闇は羽をひろげるように容赦なく押し迫って一切の形を黒の溶液に溶かしこんでしまった。
──────
────
───
はぁ、はぁ、はぁ……!
月のない、コールタールのようなべっとりと纏わり付く闇の中で自分の呼吸音と足音だけが聴こえる。
身体中に刻まれた傷は深く、もはや手遅れであろう事は誰が見ても明らかだった。
それでも、仮面の青年は走った。
千切れかけた足を引きずり、折れた剣を携えて必死に走った。
否、
逃げていた。
ただひたむきなる生への渇望が、羨望が、もはやそれだけが青年を突き動かしていた。
………死にたくない。
………しねるものか。
……こんな、所で。
………私は──────、
「みぃつけた」
泥の中から伸びた手に足を掴まれる。
仮面の青年「ッ………!」
ずしゃり、と無様に転んだ身体に、下卑た嗤い声と共に覆い被さる体。
咄嗟に折れた剣を一閃したが、泥まみれの手がそれを掴み、もぎ取って放り投げる。
仮面の青年「ッ……やめろ!!」
仮面に手がかけられ、抵抗も虚しくはぎ取られて放られたそれが空虚な音を立てて転がった。
「はいおしまーい♪」
「やれやれ、やっと捕まりやがった」
「手間かけさせんなよなーウサギちゃん♪」
わらわらと集まってきた影に、身体を、四肢を押さえつけられる。
仮面の青年「離せ!!貴様ら許さぬッ……
ん"ぅ!!」
口を塞がれ、苦しさに傷ついた身体を捩りたくり、相手を射殺さんばかりに睨み付けるも、それが逆に相手の嗜虐心を刺激したらしい。
暗闇の中で、無数の赤い目だけが光り、愉悦に歪んだ。
「なぁ……このまま殺すの惜しくねぇか?」
「……ああ、よく見りゃ本当に綺麗な顔してるしなぁ」
「この白い肌も唆るよなぁ……」
そう言った一人の指が、傷を負い、ボロボロになった装束から覗く白皙の肌をツゥっとなぞった。
青年「ッ……ふっ………ぅっ……」
ビクン、と反応した細い身体に気を良くしたのか、指はそのまま、小さな胸の果実を弄び始める。
青年は、酸欠からか涙を零し、美しい顔は紅潮して真っ赤になっている。
色づき、固さを増した果実をなぞられ、こねくり回される度に息が上がり、ビクビクと反応する身体。
ごくり、と生唾を飲む音が聞こえた。
青年「ッ………ンぅッ……ふ、っ……!」
「なぁ、おい………」
「ああ……もういいんじゃね?」
「どうせ、声出しても誰も来やしねえよ。そんな訳で、いっぱい鳴いてヨガってね♪ウサギちゃん♪」
………拒否を示す意思と痛みに反して快楽に反応する身体。
………女のような甲高い嬌声。
………深く、深く突き上げられる度に嫌だ、やめて、と言う声の代わりに漏れる吐息と甘い鳴き声。
心とは裏腹にもっと、と望むこの穢らわしい身体が憎い。
愉悦と快楽のままに自分を汚すこいつらが憎い。
自分を塵芥のように捨てた奴らが憎い。
わたしを
つくった世界が憎い
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
この世全てが、憎い………!!
消えてしまえ!!
全て消し去ってやる………!!
全て全て全て
滅び消え去り壊し滅するがいい───────!!
世界が私を捨てるのではない、私が世界を捨てるのだ─────────!!
青年の憎悪と憤怒は天を焼き尽くし、地を裂く呪いとなってこの世を覆い尽くす。
それを知るものは未だ世界には居らず。
あふれた泥水が、くぼ地くぼ地へ引かれるように闇にまぎれて、どこへ行ったか、たちまちのうちに、何も、見えなくなった─────。
部屋の扉が三回ノックされる。
あやめ「こんにちは!さっきぶりです!」
零が扉を開けると、淡いグリーンのカーディガンに、Tシャツ、ジーンズを履いたあやめが菓子の入った籠を手に立っていた。
零「ああ。さっきはどうも」
楓「いらっしゃいあやめ!まってたよ!」
布団を抜け出し、走ってくる楓。
零「だから寝てろって……バカ走るな!」
怒る零に目もくれず、楓はあやめの腕を引く。
楓「あやめ、はやくはやく!」
あやめ「ふふ……お邪魔します、石動さん、楓さん」
零「ああ、一応、扉は開けておくからな」
あやめ「石動さんは紳士ですねぇ。ありがとうございます」
楓「はい!どうぞ!」
そう言って楓が布団の横に座布団を敷く。
あやめ「あら、わざわざありがとうございます。それでは失礼しますね」
座布団に座るあやめを見届け、楓は自分も布団の上に座る。
楓「えっと、おきゃくさんにはしつれいがないように。それから、おんなのひとにはやさしくするものだってれいがいってた!」
零「ッ……バッ……楓!!余計な事を言うんじゃねえ!」
茶を入れていた零が慌てて声を上げる。
あやめ「ふふふ……石動さん優しいですもんね」
楓「うん!れいはやさしいよ!!ぼくのからだふいてくれるし、おくすりも───」
零「あ"ーーー!!だから余計な事をッ………」
顔を真っ赤にして言葉を遮る零を他所に、楓はきょとんとした顔で頭に疑問符を浮かべている。
あやめ「楓さんは石動さんの事が本当に大好きなんですね」
楓「うん!すっごくだいすき〜!」
零「ッ………」
へにゃり、と笑った楓を見遣り、零は怒りなのか照れからか、お茶を出しながら米神をひくつかせ、ぷるぷると震えている。
あやめ「いいなぁ。恋に性別も年齢も関係ありませんから、頑張ってくださいね楓さん」
楓「?うん?がんばるー?」
恐らく意味は分かっていないであろう楓に対し、さらりととんでもない発言をしたあやめに、零は含んだ茶を噴きそうになった。
零「ッ……あのなぁッ………」
噎せながらあやめの言葉を否定しようとした零を無視し、彼女は籠からお菓子を取り出す。
あやめ「じゃーん!これがかの有名なカントリーバアムです!とっても美味しいんですよ!」
籠から次々にお菓子を取り出して見せるあやめを、楓は幼い子どもが魔法使いでも見るようなキラキラした目で見つめる。
楓「わぁあ……!あやめってすごいんだねえ!えっと、えっと、」
何かを言いたそうにしている楓にあやめがにこりと笑い、カントリーバアムを袋から取り出してやる。
あやめ「魔法使いみたい、ですかね?」
楓「まほうつかい?ねえ、れい、まほうつかいもようかい?」
零「……まぁ、似たようなものだ」
あやめ「さぁさ、まずはお一つどうぞ!」
貰ったカントリーバアムをじっと見つめる楓。
楓「はい!れい!どうぞ!」
卓に肘をついていた零は両手で差し出された
菓子と相変わらずのキラキラした瞳と笑顔で見つめてくる楓を交互に見て、渋々、菓子を手で受け取ろうとするが、直後に刺すような視線を感じ、咄嗟にそちらを見る。
………あやめが、首を横に振り、ジェスチャーで違う、そうじゃない、と訴えていた………。
そして、最後にファイティングポーズ付きで口をぱくぱくさせる。
あやめ(頑張って……!!)
……何をどう頑張れというのか………
………確実に彼女は何かを勘違いしている。
………であれば正さなければとも思うが、四つのキラキラした瞳と、のしかかる多大な圧に、零は無意識にうっ……と声に出し、汗をかいて言葉を詰まらせた。
零(ちくしょう……こんな事をするくらいなら、死んだ方がマシだ……!)
……しかし、究極の選択に、こんなことで死ぬなど末代までの恥だと悟った零が根本から折れ、敗北したのはすぐ後のことだった………。
零(クソがっ……!!どうにでもなれ!!)
えいままよと、差し出された菓子を口で齧り取った零にあやめが口パクでよっしゃあああ!!と叫び、ガッツポーズを取る。
無理矢理咀嚼した菓子を飲み込み、恥ずかしさに突っ伏す。
……殺せ、いっそ殺してくれ………
楓「れい、おいしい?」
零「……ああ……」
楓「よかったぁ!うん!おいしい!」
零「なっ……!」
自分の齧った菓子をなんの躊躇いもなく頬張る楓に、愕然とした顔をする零。
……恥ずかしい。
……もういっそやっぱり死んでしまいたい。
零「ッ……お前、なぁっ………」
耳まで真っ赤になった零が髪をぐしゃり、と掻き潰す。
楓「さいしょのひとくちはれいにあげたかったんだあ。たべてくれてありがと!れい!」
そう言って屈託なく笑い、袋に入った新しい菓子を零の突っ伏す卓に置く。
零「…………」
楓「はい!れいのぶん!」
それを見つめ、暫し黙り込む。
そうして、何事もなかったように、あやめと喋りだす楓の楽しそうな声を聴きながら、零は切れ長の目を細めた。
菓子の袋に、照明が当たり、きらきらと光っている。
………ああ、やっぱり馬鹿みたいだ。
………こんな菓子一つでこんなに感情を露わにした事などなかったのに。
………きっとこれも、気の迷いだろう。
お前を、………少しでも と思ったなんて………。
楓「へぇー!あやめはむらのそとからきてるんだ!」
あやめ「はい、そうですよ。週3日、ここで働かせて頂いてます」
楓「あやめは、ひとりなの?」
そう尋ねた楓を零が嗜める。
零「こら、楓。教えただろう。あまり人のプライベートに踏み込むんじゃねえ」
あやめ「いいんですよ。あたし、両親……お父さんとお母さんを早くに亡くして、弟と二人暮らしなんです」
楓「おとうと……」
零「同じ母親から産まれた男の姉弟のことだ。……ま、たまに違う母親なんてのもいたりするが……」
楓「おとうとはなんてなまえ?」
零「……だからさんをつけろ……さんを………」
しかし、あやめは気に障った様子もなく微笑み、
あやめ「弟は絢斗といいます。年頃なので最近反抗期ぎみですが、あたしにとってはかわいい弟なんですよ」
と言って笑った。
楓「あやとはなんさい?あやめはー?」
零「おい、女に歳を聞くなとあれ程………」
あやめ「絢斗は16歳、私は23歳です。歳が離れてるから余計にお母さんみたいになっちゃって。つい、口うるさくなっちゃうんですよねー。まぁ、それが原因で嫌がられてるんですけど」
楓「そうなんだ。あやめはおねえさんだけど、おかあさんで、あやとはしあわせなんだね!」
あやめ「え……?」
楓「だって、あやめはやさしいから!おかあさんと、おねえさん、どっちももってる。あやともきっとあやめがだいすきなんだね!」
次の瞬間、あやめの瞳が見開かれ、みるみるうちに涙が溜まっていく。
あやめ「ッ……やだな、あたしどうしたんだろ。ごめんなさい、楓さん……」
楓「……あやめ、ないてるの?……かなしいの?ぼく、なにかだめなこといった……?」
必死に涙を拭うあやめの顔を心配そうに覗き込み、楓は眉を下げる。
あやめ「っ……ちがいます……ちがうんです……」
浴衣の袂であやめの涙を拭おうとする楓。
楓「あやめ、なかないでー」
零「………」
零は、無言でタオルを取りに行こうと立ち上がる。
楓「えっと……よし、よし、いいこいいこ」
楓があやめを抱き締め、背中をぽんぽんと叩く。
あやめ「っ……」
楓「いいこ、いいこ……」
……どれくらいそうしていただろうか。
漸く泣き止んだあやめを腕から解放し、楓は彼女の顔を覗き込む。
楓「あやめ、だいじょうぶ……?」
あやめ「……はい、もう大丈夫です。突然泣いたりしてごめんなさい。びっくりしましたよね」
楓「ううん。だいじょうぶになったならよかった」
そう言って微笑む楓の横から、零があやめにタオルを差し出す。
あやめ「ありがとうございます、石動さん。ご迷惑おかけしてすみませんでした」
零「……いや、本当にもう大丈夫か?」
タオルを受け取り、顔を拭くと、あやめはいつもの快活な笑顔を見せる。
あやめ「はい!楓さんのおかげでもうすっかり大丈夫です!」
零「そうか……ならよかった」
時計の針が16時30分を指していた。
黒ずんだ雲の堆積の間に、夕日の一点の紅が沈む。
あやめ「あら、やだ、もうこんな時間だわ。ごめんなさい、随分長居をしてしまって」
楓「そんなことないよ!おはなしできて、たのしかった!」
あやめ「……はい。あたしもです。おはなしできてとってもたのしかった!」
楓「また、おはなししてくれる?こんどはぼくがあいにいくよ!」
そう言ってキラキラと眩しい笑顔を見せる楓に、あやめもとびきりの笑顔を返す。
あやめ「はい!絶対、またお話しましょうね!お待ちしてます!!」
布団の上で手を振る楓に、あやめは手を振り返す。
扉が閉まってから、あやめを送るため、廊下に出た零が口を開いた。
零「……今日は木城さんのおかげであいつも随分と燥いでいたし、嬉しそうだった。……礼を言う」
あやめ「いえいえ!こちらこそです!ありがとうございました!……また、楓さんに会いに来てもいいですか?」
零「ああ、そうしてやってくれ。あいつも喜ぶ」
零の言葉に嬉しそうな表情で頭を下げるあやめ。
あやめ「ありがとうございます!じゃあ、また!」
……手を振るあやめを見送り、扉を閉めようとしたときだった。
あやめ「楓さんのこと、大切にしてあげてくださいねー!お幸せにー!!」
取って返したあやめに叫ばれ、目眩を起こした零は、思い切り扉に頭をぶつけた。
零「ッ………」
彼女に、何か大きな誤解をさせている事をはっきりと自覚しながら零は、勘弁してくれ……と、一人ごちた。
ズキズキと痛む頭を押さえながら、よろよろと部屋に戻る。
伊吹丸『客人が来ていたそうだな。随分と楽しかったようだ』
いつの間にやら帰っていた伊吹丸が楓にエア・アルプス一万尺を教えている。
零「……疲れた……風呂行ってくる……」
げっそりした顔でそれを眺め、踵を返す零の耳に、伊吹丸の焦った声が響く。
伊吹丸『楓!!』
それに振り向けば、布団の上に楓が倒れていた。
零「楓ッ……!!」
急ぎ駆け寄り、小さな身体を抱き起こすも、楓の瞼は半分閉じかかっていた。
楓「………れい………なんだかすごく、ねむい………」
零「楓ッ!!楓ッ……!!」
そのまま、瞼が閉じられ、全身が力を失う。
零「ッ……!」
緊張が走るが、次いで唇から漏れ聞こえてきたのは規則正しい呼吸音だった。
零「……眠った……のか……?」
伊吹丸『どうやらそのようだな』
眠る楓を抱えたまま、零が大きく息を吐く。
零「ッ……焦らせやがって………」
伊吹丸『心音も安定している。暫く寝かせておけば、時期目覚めるであろう』
零「………そうか……」
伊吹丸『疲れていたのかもしれぬ。大分興奮しておったようだしな』
零は楓を敷布に寝かせ、掛け布団をかける。
零「………」
形の良い額にかかった長い髪を指で避けてやる。
伊吹丸『……先刻、あの蛇と戦い、楓を拾った森に行ってきた』
零「……何か、掴めたのか」
伊吹丸『いや……それらしいものは掴めなかったが、そこで1匹の河童と出会ってな。そやつによるとこれが、森に落ちていたそうだ』
伊吹丸はそう言うと懐から耳飾りを取り出し、零に渡した。
零「……これが、どうかしたのか……?……ていうかお前、物掴めるじゃねえか」
伊吹丸『霊力の込められたものならば多少は可能だ。……それより零、それが意味するものが分かるか』
零は耳飾りを見つめた。片方しかないそれは、一見しただけではただの何の変哲もない耳飾りに見える。
目を細め、意識を集中すると、微かに、霊力の残滓のようなものが感じ取れた。
零「……大分薄いがこれは………」
伊吹丸『人間のものではない。さりとてあの蛇のものでもあるまい』
零「ああ。あの蛇野郎とは霊気の流れが違う。残った霊力から視るに、こいつはかなり強い妖怪の持ち物だ」
伊吹丸『それがこの子の記憶と関係があるかは分からぬが、何かの手掛かりになるやもしれぬ』
零「………ああ、そうだな……」
………まただ。
………なぜ俺は無意識にこいつの記憶を探そうとしている……?
………こいつの記憶なんて、俺に関係ない。
知ったことかと投げ出せば済む話じゃねえか。
……なのに、なぜ、俺は………
伊吹丸『零、どうかしたのか』
零「……いや、なんでもねえ。少し、風に当たってくる。楓を頼んだ」
そう言って部屋を出た零を見送り、伊吹丸は眠る楓へと目を向けた。
伊吹丸『……とうに、知れた事だというのに、未だ認められぬは己を律するが故か……人間の心というのはほんに複雑で面倒だ………』
夕刻の風が頬を撫で、桜の花がはらはらと散る。
零は、耳飾りを握り締めたまま、曇り空を仰いだ。
……俺はなんの為に旅に出た。
……なんの為に答えを探してる。
………誰かの為じゃない。他ならぬ自分自身の為だった筈だ。
………それがなぜ──────
零「"誓い"も"約束"も忘れてねえ。なのにッ……なんでッ………」
………なんでこんなにも心がざわつくんだ………!
……ざわついて、ざわついて落ち着かねえ……!
零「ッ……クソッ……!!」
……こんな時、師匠ならどうするだろう………
………俺は、どうすればいい……
………分からない………
………分からない………!
零「ッ……教えてくれッ……!」
血の滲むようなその言葉は、誰にも聞かれる事はなく、夕闇に溶けて消えた。
やがて、地面にぽつり、ぽつり、と染みが作られ、空全体が泣き出したような雨が降ってきた。
昏れかかった灰色の空が、墨の滲みのような濃淡を去来させている。
宵闇は羽をひろげるように容赦なく押し迫って一切の形を黒の溶液に溶かしこんでしまった。
──────
────
───
はぁ、はぁ、はぁ……!
月のない、コールタールのようなべっとりと纏わり付く闇の中で自分の呼吸音と足音だけが聴こえる。
身体中に刻まれた傷は深く、もはや手遅れであろう事は誰が見ても明らかだった。
それでも、仮面の青年は走った。
千切れかけた足を引きずり、折れた剣を携えて必死に走った。
否、
逃げていた。
ただひたむきなる生への渇望が、羨望が、もはやそれだけが青年を突き動かしていた。
………死にたくない。
………しねるものか。
……こんな、所で。
………私は──────、
「みぃつけた」
泥の中から伸びた手に足を掴まれる。
仮面の青年「ッ………!」
ずしゃり、と無様に転んだ身体に、下卑た嗤い声と共に覆い被さる体。
咄嗟に折れた剣を一閃したが、泥まみれの手がそれを掴み、もぎ取って放り投げる。
仮面の青年「ッ……やめろ!!」
仮面に手がかけられ、抵抗も虚しくはぎ取られて放られたそれが空虚な音を立てて転がった。
「はいおしまーい♪」
「やれやれ、やっと捕まりやがった」
「手間かけさせんなよなーウサギちゃん♪」
わらわらと集まってきた影に、身体を、四肢を押さえつけられる。
仮面の青年「離せ!!貴様ら許さぬッ……
ん"ぅ!!」
口を塞がれ、苦しさに傷ついた身体を捩りたくり、相手を射殺さんばかりに睨み付けるも、それが逆に相手の嗜虐心を刺激したらしい。
暗闇の中で、無数の赤い目だけが光り、愉悦に歪んだ。
「なぁ……このまま殺すの惜しくねぇか?」
「……ああ、よく見りゃ本当に綺麗な顔してるしなぁ」
「この白い肌も唆るよなぁ……」
そう言った一人の指が、傷を負い、ボロボロになった装束から覗く白皙の肌をツゥっとなぞった。
青年「ッ……ふっ………ぅっ……」
ビクン、と反応した細い身体に気を良くしたのか、指はそのまま、小さな胸の果実を弄び始める。
青年は、酸欠からか涙を零し、美しい顔は紅潮して真っ赤になっている。
色づき、固さを増した果実をなぞられ、こねくり回される度に息が上がり、ビクビクと反応する身体。
ごくり、と生唾を飲む音が聞こえた。
青年「ッ………ンぅッ……ふ、っ……!」
「なぁ、おい………」
「ああ……もういいんじゃね?」
「どうせ、声出しても誰も来やしねえよ。そんな訳で、いっぱい鳴いてヨガってね♪ウサギちゃん♪」
………拒否を示す意思と痛みに反して快楽に反応する身体。
………女のような甲高い嬌声。
………深く、深く突き上げられる度に嫌だ、やめて、と言う声の代わりに漏れる吐息と甘い鳴き声。
心とは裏腹にもっと、と望むこの穢らわしい身体が憎い。
愉悦と快楽のままに自分を汚すこいつらが憎い。
自分を塵芥のように捨てた奴らが憎い。
わたしを
つくった世界が憎い
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
この世全てが、憎い………!!
消えてしまえ!!
全て消し去ってやる………!!
全て全て全て
滅び消え去り壊し滅するがいい───────!!
世界が私を捨てるのではない、私が世界を捨てるのだ─────────!!
青年の憎悪と憤怒は天を焼き尽くし、地を裂く呪いとなってこの世を覆い尽くす。
それを知るものは未だ世界には居らず。
あふれた泥水が、くぼ地くぼ地へ引かれるように闇にまぎれて、どこへ行ったか、たちまちのうちに、何も、見えなくなった─────。
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