第一章
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零「ほら、楓。飯だ」
そう言って零が盆に乗せて運んできたのは湯気の立つ温かい卵粥と味噌汁、それに温かいお茶だった。
楓「わーい!ごはん!」
零「木城さんに感謝しろよ。他の宿泊客が入ってきてただでさえ忙しいのに、お前の分の飯作りまで手伝ってくれたんだ」
楓「……れいのぶんは?」
布団に半身を起こした楓が首を傾げる。
零「俺は後から食う。それより冷めるから早く食え」
その時、部屋の扉が三回ノックされ、声が聞こえてきた。
あやめ「石動さん、木城です」
楓「あやめだ!」
あやめの声に、楓がぱあっと顔を輝かせる。
零「……木城さん?待ってくれ、今開ける」
扉を開けると、何かを乗せた盆を持ったあやめがそこに立っていた。
……よく見れば、その何かとは一人分の食事であるらしく、ほかほかと湯気の立つ白飯といい色の付いた焼き魚、卵焼きに、漬物、熱いお茶が盆に乗せられていた。
あやめ「はい!石動さんの分のお食事です」
そう言って笑顔で盆を差し出すあやめと、食事を交互に見て、零はややあって頼んではいないが……と困惑気味に言葉を口にした。
あやめ「はい!頼まれてません!差し出がましいようですが、私の勝手な判断で石動さんのお食事も作らせていただきました」
楓「わー!おいしそう!」
零の腕に抱きつき、楓が脇から顔を出す。
零「こら!楓!!起きてくるな!!」
あやめ「石動さんも人間ですから、お食事はきちんと取られませんと。それに、ご飯は一人よりも誰かと食べた方がおいしいんですよ」
楓「そうなの?」
小首を傾げる楓に、あやめがにっこりと微笑む。
あやめ「はい!そうですよ。それが大好きな人なら尚更です」
楓「ぼくれいがだいすき!いっしょにごはんたべよ!れい!」
そう言って無邪気に笑う楓を、零は否定するでもなく、複雑な表情で見遣る。
零「……楓……俺は─────、」
あやめ「……もしかしてご迷惑、でしたか……?」
零の表情を見て不快になったと取ったのか、あやめが初めて眉を下げる。
零「……いや、有難く頂かせて貰う。何から何まで手間をかけさせてすまない」
あやめから盆を受け取り、零が少しだけ柔らかな表情を見せた。
楓「れい。そういうときは"ありがとう"っていうんだっていぶきまるがいってたよ」
零「……ああ、そうだな。ありがとう、木城さん」
かすかな苦笑めいた微笑みらしきものを浮かべた零に、あやめの顔が光が差したようにみるみる明るくなる。
あやめ「ッ……ありがとうございます!石動さん……!楓さん!!沢山召し上がってくださいね!」
楓「ねえ、あやめは?あやめもいっしょにごはんたべようよ」
あやめの着物の袖を引く楓を、零がやんわりと嗜める。
零「楓。木城さんは仕事中だ。あまり無理を言うな」
楓「おしごと?なかい、……さん?」
あやめ「はい、ごめんなさいね、楓さん。本当はもっとお話がしたいのですが……」
そう言って済まなそうに笑うあやめに、楓もどこか寂しそうな顔をする。
楓「そっか……おしごとならしかたないよね……わがままいってごめんなさい」
あやめ「いいえ!そんな事は……。!そうだ!石動さん、今日の午後、お時間空いてますか?」
零「ああ……特に予定はないが……」
あやめ「もしご迷惑でなければ、お部屋にお邪魔しても?」
零「……そりゃ構わないが、あんたは大丈夫なのか……?その、色々とくだらねえ下世話な噂を立てる人間もいるだろう」
あやめ「ああ!大丈夫ですよ。あたし、そういうの全く気にしませんし、寧ろ石動さん達にこそご迷惑がかからないかが心配で………」
先程から黙って話を聞いていた楓が身を乗り出す。
楓「あやめ、おへやにきてくれるの!?」
あやめが楓の目線に合わせ、膝を曲げる。
あやめ「楓さんは、あたしが来るの、ご迷惑じゃないですか?」
楓「ごめいわく………?」
大きな目をぱちくりとする楓に、零が口を開く。
零「お前が嫌じゃないかって事だ」
意味を理解した楓は、ぶんぶんと小さな頭を横に振った。
楓「ううん!!ぜんぜんいやじゃないよ!ぼく、あやめとおはなししたかったから!とってもうれしい!」
零「……だそうだ。あんたさえ迷惑じゃなきゃ、俺は構わない」
あやめ「石動さん……。……お二人ともありがとうございます。楓さん、あたしも楓さんとお話したいです。よろしければお菓子など持参しますね」
楓「おかし?」
あやめ「とても甘くて美味しいものですよ。お口に合えばいいんですが……」
楓「おかしかぁ……おはなしもすごく楽しみ!!」
嬉しそうに笑う楓を見遣り、あやめも相好を崩す。
あやめ「ふふ……あたしもです。すみません、石動さん、随分話し込んでしまって、冷めないうちにお食事、召し上がってください」
零「ああ、こちらこそ仕事中にすまなかった」
楓「またあとでね、あやめ!」
手を振る楓に、手を振り返すあやめ。
あやめ「はい!また後でお邪魔します!」
──────
────
──
楓「たのしみだなぁ。あやめ、まだこないかな」
零「今別れたばかりだろう。黙って飯食え」
楓「はーい」
楓が半身を起こす布団の側の卓であやめの持ってきてくれた食事を取りながら、零が楓を嗜める。
楓「えへへ……」
零「……なんだ。いきなり笑いやがって………」
楓「やっぱりあやめのいったとおり、こんなにおいしいの、れいとごはんたべてるからかなぁ」
木のスプーンを咥えて心底嬉しそうに笑う楓を紅の瞳で見遣り、暫しの間の後、何事もなかったように食事を再開する。
零「……飯、冷めるぞ」
……馬鹿らしい。
一人で食う飯も、誰かと食う飯も、ものは一緒じゃねえか。
味が変わるなんてある訳が………
師匠(零!飯はなぁ、一人で食うもんじゃない。誰かとこうして一緒に食えば味が変わる)
零(……味が変わるなんてあるわけねえじゃん。馬鹿みてえ………)
サヤ(零兄ちゃん!今日の味噌汁、私が作ったのよ!どう、美味しい?)
零(………!………うま……不味くは、ない……)
サヤ(ええっ……それってどっちなの!?)
零(ッ……不味い!やっぱり不味い!!)
師匠(はっはっは!修行あるのみだぞ、サヤ。ところで味噌汁のおかわりを貰えるか)
サヤ(……そんなぁ……。……はーい………)
零(………)
………本当はあの時、初めて師匠達と食った飯は死ぬほど美味くて、あの時の俺は味が変わるなんて梅雨ほども思ってなかったのに……
けど、今は違う。
何もかも違うはずだ。
環境も、その"誰か"だって──────、
なのに、
どうして…………
楓「れい、ごはんおいしい?」
尋ねる楓に、零はぽつり、と返した。
零「………ああ。………美味い……」
楓「よかったぁ!」
ああ………
そうか………
………誰でもいい訳じゃないのか………
あやめ(それが大好きな人なら尚更です)
………いや、俺は、今、"何"を考えた………?
馬鹿な。
そんな訳ない。
ただの思い違いだ。
気の迷いだ。
いらない。
そんな存在、欲しいなど思ったこともない。
師匠達とは違う………
違うんだ…………
楓「れい……?どうしたの……?たべないの?」
零「ッ………ああ……なんでもない………」
我にかえり、飯を口に運ぶ。
……そうだ。あり得ない………
あり得ない筈……なんだ………
俺がこいつを一瞬でも"大切"だと思うなんて─────。
──────
────
───
伊吹丸(ふむ。もしや楓の記憶の手掛かりがないかと思い、足を運んだが………)
伊吹丸『……無駄足だったか』
伊吹丸は、巴蛇と戦い、楓を見つけた森に来ていた。
閻魔の監視付きである故に、あまり零と離れるのも良くないと思い、踵を返す。
伊吹丸『……そこな物の怪、いるのは分かっている。疾く出てくるがいい。……さもなければ、……斬る』
その瞬間、ヒィッと短い悲鳴が聴こえ、刀に手を掛け、抜刀しかけた伊吹丸の前に一匹の河童が飛び出し、地面に平伏す。
河童『勘弁してくだせぇッ……』
伊吹丸『主はあの蛇めを討伐した時からここにいたな。何故こそこそと隠れていた。訳を話せ』
河童『……おいら達この辺の弱い妖怪は、戦争前に巴蛇のやつが来たときからずっとやつに怯えて暮らしていました……言う事を聞かないと殺される……だから、贄を逃さないよう見張る役をやったり、時には村から選ばれた娘を運ぶ役割もやりました………』
伊吹丸『……脅かされていたのはヒトだけではなかったか………』
河童『へい……もうこんな生活は嫌だ……そう思った時です。巴蛇を退治してくれるっていうあんたらの話を耳に挟んだのは。……だから、おいらは─────』
伊吹丸『……我らが本当に彼奴を討伐するに足るか見ていたと………』
河童は地に平伏したまま、その通りですと言った。
河童『さっきから見てたのは、旦那がこの森に来たのを見て、旦那方に比べて自分は同じ妖怪としてなんて弱くて情けねえと思い、せめて礼の一つも言いたくて………』
伊吹丸『……なる程な。……我の方こそ、主ら一族に礼を言わねばならぬ』
河童『へ?そりゃどういう……』
伊吹丸『我は、鬼太郎の力添えがありはしたものの、主ら一族のものに助けられた事があるのだ。主には関係無きことかもしれぬが、主らに力を借り受けた事、まことに感謝している。礼を言うぞ』
顔を上げ、伊吹丸の言葉を聞いた河童は、泣きそうな顔で再び平伏した。
河童『貴方様程の方に御礼を言われるなんて、なんと勿体無いお言葉……!必ず一族のものに伝え聞かせます……!』
伊吹丸『うむ。ところで河童よ。主は事の一部始終を見ていたというが、ここに居た水色の髪の少年がどこから来たのか知らぬか』
河童『へえ、おいらが来たときには既にここで倒れていらっしゃいました。そのすぐ後に巴蛇が来て、その方を見つけたのです』
伊吹丸『……そうか。ならばその少年に見覚えはなきか?……というのもあの子は記憶を失っていてな。何か知っていれば、教えて欲しいのだが……』
河童『……いいえ。戦争の時にもそのような方はお見かけしませんでしたが………』
伊吹丸『……分かった。手間を取らせてすまなかったな』
河童『とんでもございません!……あ、それと旦那。これなんですが─────』
伊吹丸『ん?何だ?』
そう言って河童が差し出したのは水晶で出来た耳飾りだった。
伊吹丸『これは?』
河童『この森で昨日拾ったんです。何か手掛かりになれば……』
それを受け取り、見つめる伊吹丸。
伊吹丸『……礼を言う。さあ、もうそろそろ棲家へ帰るがいい。仲間も心配して主を迎えに来たようだぞ』
伊吹丸の言葉に、河童が振り返れば、そこには心配そうな顔をしてこちらを見つめる数匹の河童達の姿があった。
……手を振り、礼をして去っていく河童達を見送り、伊吹丸はもう一度、耳飾りを見つめた。
伊吹丸『…………』
……底光りのする雲母色の雨雲が縫い目なしにどんよりと重く空いっぱいにはだかって、水気の多い温気が、身体を擡げるように籠って来る。
どことなく不吉な予感に苛まれながら、
暗雲立ち込める空の下、伊吹丸は始まりの森を後にした。
そう言って零が盆に乗せて運んできたのは湯気の立つ温かい卵粥と味噌汁、それに温かいお茶だった。
楓「わーい!ごはん!」
零「木城さんに感謝しろよ。他の宿泊客が入ってきてただでさえ忙しいのに、お前の分の飯作りまで手伝ってくれたんだ」
楓「……れいのぶんは?」
布団に半身を起こした楓が首を傾げる。
零「俺は後から食う。それより冷めるから早く食え」
その時、部屋の扉が三回ノックされ、声が聞こえてきた。
あやめ「石動さん、木城です」
楓「あやめだ!」
あやめの声に、楓がぱあっと顔を輝かせる。
零「……木城さん?待ってくれ、今開ける」
扉を開けると、何かを乗せた盆を持ったあやめがそこに立っていた。
……よく見れば、その何かとは一人分の食事であるらしく、ほかほかと湯気の立つ白飯といい色の付いた焼き魚、卵焼きに、漬物、熱いお茶が盆に乗せられていた。
あやめ「はい!石動さんの分のお食事です」
そう言って笑顔で盆を差し出すあやめと、食事を交互に見て、零はややあって頼んではいないが……と困惑気味に言葉を口にした。
あやめ「はい!頼まれてません!差し出がましいようですが、私の勝手な判断で石動さんのお食事も作らせていただきました」
楓「わー!おいしそう!」
零の腕に抱きつき、楓が脇から顔を出す。
零「こら!楓!!起きてくるな!!」
あやめ「石動さんも人間ですから、お食事はきちんと取られませんと。それに、ご飯は一人よりも誰かと食べた方がおいしいんですよ」
楓「そうなの?」
小首を傾げる楓に、あやめがにっこりと微笑む。
あやめ「はい!そうですよ。それが大好きな人なら尚更です」
楓「ぼくれいがだいすき!いっしょにごはんたべよ!れい!」
そう言って無邪気に笑う楓を、零は否定するでもなく、複雑な表情で見遣る。
零「……楓……俺は─────、」
あやめ「……もしかしてご迷惑、でしたか……?」
零の表情を見て不快になったと取ったのか、あやめが初めて眉を下げる。
零「……いや、有難く頂かせて貰う。何から何まで手間をかけさせてすまない」
あやめから盆を受け取り、零が少しだけ柔らかな表情を見せた。
楓「れい。そういうときは"ありがとう"っていうんだっていぶきまるがいってたよ」
零「……ああ、そうだな。ありがとう、木城さん」
かすかな苦笑めいた微笑みらしきものを浮かべた零に、あやめの顔が光が差したようにみるみる明るくなる。
あやめ「ッ……ありがとうございます!石動さん……!楓さん!!沢山召し上がってくださいね!」
楓「ねえ、あやめは?あやめもいっしょにごはんたべようよ」
あやめの着物の袖を引く楓を、零がやんわりと嗜める。
零「楓。木城さんは仕事中だ。あまり無理を言うな」
楓「おしごと?なかい、……さん?」
あやめ「はい、ごめんなさいね、楓さん。本当はもっとお話がしたいのですが……」
そう言って済まなそうに笑うあやめに、楓もどこか寂しそうな顔をする。
楓「そっか……おしごとならしかたないよね……わがままいってごめんなさい」
あやめ「いいえ!そんな事は……。!そうだ!石動さん、今日の午後、お時間空いてますか?」
零「ああ……特に予定はないが……」
あやめ「もしご迷惑でなければ、お部屋にお邪魔しても?」
零「……そりゃ構わないが、あんたは大丈夫なのか……?その、色々とくだらねえ下世話な噂を立てる人間もいるだろう」
あやめ「ああ!大丈夫ですよ。あたし、そういうの全く気にしませんし、寧ろ石動さん達にこそご迷惑がかからないかが心配で………」
先程から黙って話を聞いていた楓が身を乗り出す。
楓「あやめ、おへやにきてくれるの!?」
あやめが楓の目線に合わせ、膝を曲げる。
あやめ「楓さんは、あたしが来るの、ご迷惑じゃないですか?」
楓「ごめいわく………?」
大きな目をぱちくりとする楓に、零が口を開く。
零「お前が嫌じゃないかって事だ」
意味を理解した楓は、ぶんぶんと小さな頭を横に振った。
楓「ううん!!ぜんぜんいやじゃないよ!ぼく、あやめとおはなししたかったから!とってもうれしい!」
零「……だそうだ。あんたさえ迷惑じゃなきゃ、俺は構わない」
あやめ「石動さん……。……お二人ともありがとうございます。楓さん、あたしも楓さんとお話したいです。よろしければお菓子など持参しますね」
楓「おかし?」
あやめ「とても甘くて美味しいものですよ。お口に合えばいいんですが……」
楓「おかしかぁ……おはなしもすごく楽しみ!!」
嬉しそうに笑う楓を見遣り、あやめも相好を崩す。
あやめ「ふふ……あたしもです。すみません、石動さん、随分話し込んでしまって、冷めないうちにお食事、召し上がってください」
零「ああ、こちらこそ仕事中にすまなかった」
楓「またあとでね、あやめ!」
手を振る楓に、手を振り返すあやめ。
あやめ「はい!また後でお邪魔します!」
──────
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楓「たのしみだなぁ。あやめ、まだこないかな」
零「今別れたばかりだろう。黙って飯食え」
楓「はーい」
楓が半身を起こす布団の側の卓であやめの持ってきてくれた食事を取りながら、零が楓を嗜める。
楓「えへへ……」
零「……なんだ。いきなり笑いやがって………」
楓「やっぱりあやめのいったとおり、こんなにおいしいの、れいとごはんたべてるからかなぁ」
木のスプーンを咥えて心底嬉しそうに笑う楓を紅の瞳で見遣り、暫しの間の後、何事もなかったように食事を再開する。
零「……飯、冷めるぞ」
……馬鹿らしい。
一人で食う飯も、誰かと食う飯も、ものは一緒じゃねえか。
味が変わるなんてある訳が………
師匠(零!飯はなぁ、一人で食うもんじゃない。誰かとこうして一緒に食えば味が変わる)
零(……味が変わるなんてあるわけねえじゃん。馬鹿みてえ………)
サヤ(零兄ちゃん!今日の味噌汁、私が作ったのよ!どう、美味しい?)
零(………!………うま……不味くは、ない……)
サヤ(ええっ……それってどっちなの!?)
零(ッ……不味い!やっぱり不味い!!)
師匠(はっはっは!修行あるのみだぞ、サヤ。ところで味噌汁のおかわりを貰えるか)
サヤ(……そんなぁ……。……はーい………)
零(………)
………本当はあの時、初めて師匠達と食った飯は死ぬほど美味くて、あの時の俺は味が変わるなんて梅雨ほども思ってなかったのに……
けど、今は違う。
何もかも違うはずだ。
環境も、その"誰か"だって──────、
なのに、
どうして…………
楓「れい、ごはんおいしい?」
尋ねる楓に、零はぽつり、と返した。
零「………ああ。………美味い……」
楓「よかったぁ!」
ああ………
そうか………
………誰でもいい訳じゃないのか………
あやめ(それが大好きな人なら尚更です)
………いや、俺は、今、"何"を考えた………?
馬鹿な。
そんな訳ない。
ただの思い違いだ。
気の迷いだ。
いらない。
そんな存在、欲しいなど思ったこともない。
師匠達とは違う………
違うんだ…………
楓「れい……?どうしたの……?たべないの?」
零「ッ………ああ……なんでもない………」
我にかえり、飯を口に運ぶ。
……そうだ。あり得ない………
あり得ない筈……なんだ………
俺がこいつを一瞬でも"大切"だと思うなんて─────。
──────
────
───
伊吹丸(ふむ。もしや楓の記憶の手掛かりがないかと思い、足を運んだが………)
伊吹丸『……無駄足だったか』
伊吹丸は、巴蛇と戦い、楓を見つけた森に来ていた。
閻魔の監視付きである故に、あまり零と離れるのも良くないと思い、踵を返す。
伊吹丸『……そこな物の怪、いるのは分かっている。疾く出てくるがいい。……さもなければ、……斬る』
その瞬間、ヒィッと短い悲鳴が聴こえ、刀に手を掛け、抜刀しかけた伊吹丸の前に一匹の河童が飛び出し、地面に平伏す。
河童『勘弁してくだせぇッ……』
伊吹丸『主はあの蛇めを討伐した時からここにいたな。何故こそこそと隠れていた。訳を話せ』
河童『……おいら達この辺の弱い妖怪は、戦争前に巴蛇のやつが来たときからずっとやつに怯えて暮らしていました……言う事を聞かないと殺される……だから、贄を逃さないよう見張る役をやったり、時には村から選ばれた娘を運ぶ役割もやりました………』
伊吹丸『……脅かされていたのはヒトだけではなかったか………』
河童『へい……もうこんな生活は嫌だ……そう思った時です。巴蛇を退治してくれるっていうあんたらの話を耳に挟んだのは。……だから、おいらは─────』
伊吹丸『……我らが本当に彼奴を討伐するに足るか見ていたと………』
河童は地に平伏したまま、その通りですと言った。
河童『さっきから見てたのは、旦那がこの森に来たのを見て、旦那方に比べて自分は同じ妖怪としてなんて弱くて情けねえと思い、せめて礼の一つも言いたくて………』
伊吹丸『……なる程な。……我の方こそ、主ら一族に礼を言わねばならぬ』
河童『へ?そりゃどういう……』
伊吹丸『我は、鬼太郎の力添えがありはしたものの、主ら一族のものに助けられた事があるのだ。主には関係無きことかもしれぬが、主らに力を借り受けた事、まことに感謝している。礼を言うぞ』
顔を上げ、伊吹丸の言葉を聞いた河童は、泣きそうな顔で再び平伏した。
河童『貴方様程の方に御礼を言われるなんて、なんと勿体無いお言葉……!必ず一族のものに伝え聞かせます……!』
伊吹丸『うむ。ところで河童よ。主は事の一部始終を見ていたというが、ここに居た水色の髪の少年がどこから来たのか知らぬか』
河童『へえ、おいらが来たときには既にここで倒れていらっしゃいました。そのすぐ後に巴蛇が来て、その方を見つけたのです』
伊吹丸『……そうか。ならばその少年に見覚えはなきか?……というのもあの子は記憶を失っていてな。何か知っていれば、教えて欲しいのだが……』
河童『……いいえ。戦争の時にもそのような方はお見かけしませんでしたが………』
伊吹丸『……分かった。手間を取らせてすまなかったな』
河童『とんでもございません!……あ、それと旦那。これなんですが─────』
伊吹丸『ん?何だ?』
そう言って河童が差し出したのは水晶で出来た耳飾りだった。
伊吹丸『これは?』
河童『この森で昨日拾ったんです。何か手掛かりになれば……』
それを受け取り、見つめる伊吹丸。
伊吹丸『……礼を言う。さあ、もうそろそろ棲家へ帰るがいい。仲間も心配して主を迎えに来たようだぞ』
伊吹丸の言葉に、河童が振り返れば、そこには心配そうな顔をしてこちらを見つめる数匹の河童達の姿があった。
……手を振り、礼をして去っていく河童達を見送り、伊吹丸はもう一度、耳飾りを見つめた。
伊吹丸『…………』
……底光りのする雲母色の雨雲が縫い目なしにどんよりと重く空いっぱいにはだかって、水気の多い温気が、身体を擡げるように籠って来る。
どことなく不吉な予感に苛まれながら、
暗雲立ち込める空の下、伊吹丸は始まりの森を後にした。