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第一章

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主人公の名前

ひしめき叢る樹木つづきの緑の海の中を一人の少年が張り出した木の根に躓くこともなく真っ直ぐに進む。

森林はどこまでもどこまでも続き、豊饒というよりも無造作に、枝々は幾重にも折り重なり、法則もなく長く長く伸びていた。

潮騒のような遠い蛙の声が、またたく星を頼りなく揺すぶり、月が数々の葉末を剣のように光らす。

顔にかかる枝葉や蜘蛛の巣を払い、少年、石動零は顔を顰めた。

伊吹丸『そのような顔をするな、零。これも修業の内ぞ』

後ろからついてくる伊吹丸はその端正な顔を歪めもせず、表情一つ崩さない。

……この憎らしいまでの涼しい顔に、いい加減悪態の一つもつきたくなったが、これも修業の為……いや、旅の為である。

───────

都心から離れ、暫くしてとある小さな集落を通りかかった零達はそこに一夜の宿を取ることになったのだが、その民宿で仲居達が話していたある噂を耳にする。

何でもこの集落の森には大蛇の妖怪がいつからか棲み憑き、毎年、ある決まった日に集落に現れ、村を襲わない代わりに生贄を要求してくるので、村は秘密裏に生贄となる若い娘を捧げ、難を逃れている……という話だった。

部屋に通された零は、話をしてくれた仲居が去った後、整った顔を顰め、悪態をついた。

零「……チッ……"胸糞の悪い話"だ。本当かどうかは知らんが、自分達が助かるためなら他人を犠牲にしてもいいってのか」

伊吹丸『……ヒトとは、往々にしてそのように他者に付けを回し、己さえ良ければ良しとする卑小な一面を持つもの……それが全てでは無いのであろうが、零よ。お前も見てきたであろう。ヒトだけではなく、妖怪にさえそのような邪な考えを持つものは存在する。そして、また、逆も然り』

零「……ああ……どいつもこいつも、時に傷つけ合い、憎み合いながらも、結局自分より他人を優先して自分がどれだけ傷つこうとも構いやしない。癪に障るがそういうお節介な奴らも少なからず存在するって事を俺はアイツに……あいつらに教えられた」

……最後まで人間を信じ、諦めようとしなかった鬼太郎。

……助けられた命を、鬼太郎の為に使うならば本望だと言って贄となった猫娘。

……親友の死に涙を流し、戦争なんて腹が減るだけだと、皆の心に、必死に訴え続けたねずみ男。

……そして、あのような非道を働いた自分を助けた鬼太郎の仲間たち。

……大切な鬼太郎を取り戻す為、自らの記憶を捧げた犬山まな。

誰も彼も、お節介で甘っちょろい理想ばかりで反吐が出る……妖怪は人間の敵であり、それは変わらない事実だ。……そう、思っていたのに、それが揺らいだのはいつからだったか。

零「……女将に話をつけてくる」

伊吹丸『……うむ。森の方角から妖気を感じる。恐らくはこの話、噂などでは無く、事実であろうよ』

……それから、零が女将を捕まえて問い詰めると、女将は涙ながらに生贄の話が事実であると認め、自らの素性を話した零を村長の元へと通してくれたのだった。

──────


村長「なんと……!あの大蛇を退治してくれると仰るのか……!」

零「ああ、その代わりこっちも慈善事業じゃない。その分、お代はきっちり頂くがな。俺は腕試しができて一石二鳥……あんた達にとっても悪い話じゃ無いはずだぜ」

村長「いや、でもしかし、……うむ………」

暫し考え込む素振りを見せた村長に零が口を開く。

零「もちろん代金は倒した後で結構だ。一晩して俺が帰らなければ、後はゲゲゲの鬼太郎に頼むなりなんなりすればいい。……ただ、生贄を捧げる日は"今日"なんだろう?……まぁ、これもあんた達が一人でも犠牲を減らしたいと考えているならの話だがな」

村長「っ……分かった……代金もそれなりのものを出す……!討伐を引き受けて貰えるだろうか」

村人「村長……!こんな子供に任せるのですか!?万が一、失敗したら大蛇様の怒りを買い、村が滅ぼされる可能性も……!」

村長「滅ぼされるというならば、それは報いを受けるときが来ただけのこと……お前も分かっているだろう。誰かの犠牲の上に成り立つ平穏など、偽りだと言う事を………」

村人「……村長……」

村長は、深い皺の刻まれた目を細め、零の真紅の瞳を見つめた。

村長「この村は、自分達が助かるため、明日を生きるために村の娘達を犠牲にして生き永らえて来ました………その罪は永遠に許される事は無いでしょう。だけどそうしなければ生きられなかった。私は、村を預かるものとして多くの村人を道連れにすることはできなかった……己の行為を、弱さを正当化するつもりはありません。けれど、間違いだったとは思わない」

零「………」

村長「……思ってしまったが最後、今までの娘達の犠牲が無意味なものになってしまう。お若い貴方には分からぬ道理かもしれませんがね………」

─────
───
──

零「……分からねぇよ……そんなもん、分かってたまるかッ……」

伊吹丸『零。注意せよ。もうすぐ奴の領域に入るぞ』

伊吹丸の言葉に、はっとして気を引き締める。

目の前の藪に手をかけ、掻き分けると、開けた場所に出た。

月明かりが開けたその空間と巨大な楓の大木を照らす。

………その根本に、"その人"は居た。

木の幹に寄りかかるようにして座り込み、目を閉じている"その人"はこの場には似つかわしくない程に美しかった。月明かりに照らされた長い水色の髪、抜けるように白い肌。
その姿はまるで天女のようだと一瞬錯覚する。

零「……女……?どういう事だ……今夜は生贄は捧げられないんじゃなかったのか……?」

訝しみ、困惑する零に、伊吹丸の鋭い声が飛ぶ。

伊吹丸『零!上だ─────!!』

零「!」

咄嗟に地面を蹴り、後ろに跳躍した。

瞬間、先程まで立っていた場所の地面が轟音を立てて隆起し、刳れる。

『ざぁんねん……あと少しだったのに』

土埃の中、地面に突き刺さった鋭い尻尾を引き抜きゆらりと立ち上がったのは、全身を鱗に覆われ、金の眼をぎらつかせた大男だった。

零「……お前か。村に生贄を要求してた蛇妖怪ってのは」

巴蛇『蛇妖怪なんてチンケな名前で呼ぶなよなァ。俺様は巴蛇。大陸の大妖怪様よ!それにしてもなんだぁ?お前は?』

零「……鬼道衆だ。今からお前を討伐する」

巴蛇『鬼道衆?おっかしいなァ、鬼道衆はとうに滅びたって聞いたが……でも、ま、いいや。今から久々に食事にありつこうってんだ。邪魔しないでくれる?』

零の鋭い眼光にも怯むことなくそう言うと、男は、伸ばした尻尾を背後の少女に巻きつけ、その身体を引き寄せた。

巴蛇『生贄はこねーわ、腹は減るわで、ムカついて村の一つもぶっ潰してやろうと思ったが、代わりにいい獲物が手に入った。あの村をぶっ潰すのはこいつを喰った後だ』

そう言ってにやりと笑うと、少女の頬に二股の舌を這わせる。

零「……そいつを離せ……!」

巴蛇『ハッ!やなこった!!誰が離すかバァカ!!』

少女を尻尾で掴んだまま、後方に跳躍した巴蛇の腕から硬質化した鱗が零目掛けて放たれる。

零「鬼神招来!!」

術式の発動と同時、上着を脱いだ零の腕が爆発的に膨れ上がり、破裂しそうな程に筋肉が隆起した。

鬼神のそれに変化した腕で鋭い鱗を薙ぎ払う。

空中へ跳躍し、瞬時に巴蛇との距離を詰める。

巴蛇『ッ……野郎ッ……!』

巴蛇の脚から鋭い刃が出現し、零の喉元を狙って蹴り上げられるも、鋼のような鬼神の手に脚ごと握りつぶされ、引き千切られる。
肉のと骨がひしゃげ、砕ける嫌な音が響き、
筋繊維が千切れる感触と同時、耳障りな悲鳴が響き渡った。

巴蛇『ギャアアアアァアア!!てめぇッ……!!よくもォッ……!!』

瞬間、大蛇の姿に変化した巴蛇が零を呑み込もうと巨大な口を開ける。

零「ハアァッ!!」

鬼神の手が頭から真っ二つに巴蛇を引き裂き、尾を切断して落下した少女を抱きかかえ着地した。

ビシャビシャと血肉が地面に叩きつけられる音を立てて背後に落ちた巴蛇を一瞥もせず、零は少女の呼吸を確かめる。

……浅いが呼吸はしている。

しかし、よく見れば身体中に血が滲み、酷い怪我をしているようだった。

そして、零はあることに気が付く。

零「……こいつは……半妖怪か……!」


……その時、背後の巴蛇の尻尾と半分に別けられた頭がズルリ、と動いた。

巴蛇(ちきしょう……許さねぇ………許さねぇッ……!!)

ぎらり、と憎悪に染まり、血走った金の目が零の背を捉える

巴蛇『死ねェェエエ工ッ!!』

零「!」

鋭く尖った尻尾と飛んだ頭が振り返った零を貫き引き裂く瞬間、斬!と音がして伊吹丸の刀がそれを斬り伏せていた。

巴蛇は今度こそ跡形もなく霧散し、消滅する。

伊吹丸『……詰めが甘い。まだまだ修行が足りんな、零』

刀を仕舞い、美貌の顔で冷ややかにこちらを一瞥する伊吹丸に、零は苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをした。

伊吹丸『だいたいお前は────』

零「あ"ー、分かった。説教なら後で聞く。それより、"怪我人"だ」

──────
────
──

村長「なんと………!!あの大蛇を本当に退治してくれたのですか……!ああ……なんと御礼を申し上げていいやら……!」

零「……ああ……とどめを刺したのは俺じゃねえがな……」

村人「?……石動様、それはどういう……?」

訝しむ村人になんでもねぇと返し、零は再び口を開く。

零「……それより、あんたらに聞きたいことがある。こいつをあの蛇に捧げたのはあんたらか?」

零の抱えた少女を見て、村長を始めとする村人が一様に怪訝な顔をする。

村長「いいえ、石動様、我々はその方を知りません。村人にもそのような方は………」

零「……そうか」

(そういや、あの蛇も"代わりにいい獲物が手に入った"と言っていたな………)

村長「あの……石動様、その方は怪我人なのでは……?でしたら医者を………」

零「いや、薬と包帯だけでいい。人間の医者は必要ない。こいつは半妖怪だからな」

零の言葉に、村人達がどよめく。

村人「半妖怪だって……!?」

村の女「半妖怪……またこの村に妖怪が……!」

村の男「冗談じゃねえ!!せっかく平和になったってのに!」

村人「妖怪は敵だ!!そいつらを今すぐ追い出せ!!」

口々にそうだ!追い出せと叫び、殺気立つ村人達を村長が一喝する。

村長「お前たち!!いい加減にしないか!!」

村の青年「だけど村長!!妖怪は危険です!!今までこの村がどれほど妖怪に苦しめられてきたか……!!」

村長「そうだとしても、この方はこの村を救ってくださった恩人だ。無下に追い出すなどどうしてできようか」

しかし、なおも村人の怒りは鎮まらず、妖怪に対する憎しみの感情が爆発的に膨れ上がる。

村人「妖怪を助けるなら恩人だろうとなんだろうとそいつも妖怪の仲間だ!!」

村の女「そうよ!私達の敵よ!!」

村長「お前たち……!なんという事を……!!」


まるで戦争が始まったかのようだった。

騒ぐ声が嵐のように聞こえる。

伊吹丸『……ヒトとはまこと勝手なものよ。事が裏返れば忽ち掌を返す………さて、どうしたものか………』

通常の人には見えぬ伊吹丸は先程から黙ったままの零をちらと見遣った。

零「……あんた達の気持ちはよく分かった。あんた達が妖怪を憎み、恐れる気持ちはあって当たり前だろう。身内を殺されてりゃ、尚更だ。だが俺は、それでもこいつを助けたい。だから頼む。こいつの事は俺が全責任を持つ。せめて怪我が治るまででいい。ここに置いてくれないか─────」

伊吹丸『………』


頭を深く下げる零に、村人達がたじろぎ、
再び、ざわざわざわっと林がゆれるようにざわめきが走る。

村人「っ……」

村長「……分かりました」

村の男「村長!!」

村長「石動様がこうまでして頼み込んでおられるのだ。恩人にここまでさせてしまった身としても聞かぬ道理はあるまい」


村長はそう言うと、村人に薬と包帯を持ってくるように指示し、杖をつき、前に進み出て零を見上げる。

村長「しかし、申し訳ないがその方の怪我が治るまでです。恩人である貴方様に対し、このような事を言うのはまことに心苦しいのですが……」

零「ああ。分かっている。十分だ。……感謝する─────」


───────

伊吹丸『……まさかお前が自ら頭を下げるとはな。それ程までにその童が気に入ったのか?』

民宿の部屋の中、布団に寝かせたその人の側に座る零に、伊吹丸が問いかける。

零「………そんなんじゃねえよ。……ただ、放っといたら死ぬだろこいつ」

伊吹丸『ああ。放っておけば間違いなく喰われるかそのまま死ぬかだろうな』

零「……つまりそういう事だ」

伊吹丸『惚れたか』

伊吹丸の言葉に零が掴みかからんばかりに詰め寄り、声を張り上げる。

零「ああ"!?なんでそうなるんだよ!!死なれたら寝覚めが悪いだけだ!!大体こいつ男じゃねえか!!」

……彼女、否、いざ彼の手当てをしようとした時、衣服に手を掛けるのを躊躇っていた零に、察した伊吹丸が一言、

伊吹丸『零。心配するな。この童は男だ』

……その言葉に、彼を初め見たとき、天女かと錯覚した自分が堪らなく恥ずかしくなり、同時に過去の自分を殴りつけたくなったのは言うまでもない。

零「大体、お前がさっさと言わねぇから────!」

伊吹丸『その程度、気を見れば分かるだろうに……修行が足りぬ』

零「〜〜〜ッ……!!この野郎ッ……表出ろ!!」

伊吹丸『手加減はせぬぞ』

零「上等だ……!!今日こそは─────」

その時、小さな呻き声が聞こえ、零ははっとして声のした方を見遣る。

少年「ん……ぅ………」

苦しげな息を吐く少年の顔は赤く、汗が額に浮かんでいた。

伊吹丸『……魘されているな……傷のせいで熱が出ているのであろう』

零「………」

ふと、掛布団からはみ出した小さな手に目が行く。


ふいに、幼い頃に熱を出した日の事が頭を過ぎった。


サヤ(零兄ちゃん、大丈夫。サヤが側にいるからね)


熱に魘される自分の手を握っていてくれたのは…………


零「─────、」

零は、躊躇いがちにはみ出したその手に触れた。

……ややあって、弱々しく握り返された手に、しばし戸惑う零。

少年「……はっ……、はぁっ……い、や……おいて……いかないで……」

少年の目尻を流れた涙に、目を細め、その手を小さく握る。

零「………大丈夫だ。ここに、いる」

ぽつり、と呟いた言葉が届いたのか、乱れていた少年の呼吸が少しだけ落ち着いたような気がした。

伊吹丸『お前も疲れたであろう。ここは我が見る。もう休んだらどうだ』

零「………いや、大丈夫だ。もう少しだけ、ここに居る」

心なしか、優しさが滲む零の言葉に、伊吹丸はふっ、と優しく微笑い、そうかと言った。

窓からもれる銀色の月光が、室内を水底のように浮き上がらせていた。

繋がれた二つの白い手が月明かりと室内の淡い照明に照らされ、優しく浮かび上がっている。

窓の向こうには春の夜霧が闇を包み込むように流れていた。
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