勝デク短編集
僕はかっちゃんが好きだ。
まさしくクソを下水で煮込んだような性格で、みみっちくて、僕のことが大ッ嫌いなかっちゃんのことを、何故か僕は好きになってしまった。
好きだなぁと感じるようになったのはふとした瞬間だった。
暑い夏が過ぎてやっと涼しくなってきた九月の最後、明日から衣替えかとぼんやり思っていた時だったと思う。
僕の視界の遠い先端っこにちらりと入ってきたかっちゃんを見たときだ。
きっちり第一ボタンまで締めて下手くそながらもネクタイをしている僕と違い、第一と第二もボタンを外してガバッと空いた学校の制服から見えるかっちゃん鎖骨、そしてかっちゃんに話しかけてきた切島に言葉を返す時に動いたかっちゃん喉仏。
僕はその光景を食い入るように見つめてしまい、低過ぎないけど高くもないちょっと掠れたかっちゃんの声に胸の奥がきゅぅんと締め付けられた。
ずっと見つめすぎてしまっただろうか、かっちゃんの赤い瞳がこちらに向いてばちりと自分の目と重なる。
気まずくなって僕はすぐにかっちゃんから目線をそらした。
(や、やばい……爆破されるっ!)
そう思って死を覚悟した。しかし、何も起きなくてかっちゃんを見つめ直すと切島くんにあの赤い瞳を戻していた。
最近のかっちゃんは前より僕に絡んでこなくなった。
それは僕にとっては爆破されることがなくなり、かっちゃんへの恐怖が身に染みてる自分にとってもとても素晴らしいことだった。
だけど何故だろう。なぜこんなにも胸の中にぽっかりと穴があいてしまったような、そんな虚しさが僕を襲うのは。何故こんなにも僕は目頭が熱く今にも涙を流してしまいそうになるのだろうか。
ここは教室だ。しかも休み時間。こんなところで突然泣きだしたらみんなが心配するしなんて言い訳をすればいいのだろうか。自分でもなぜ泣きそうなのかわからないというのに、説明なんてできるはずもない。
僕は唇を噛み締めて、こみ上げる涙を何とか流さないように目を閉じた。
虚しい。辛い。何が辛いって、君との間に開いてしまったこの距離だよ、どんな形でも君はいつも僕のそばにいた。でも君はだんだん僕から離れていくのを感じる。
何故だろう、なんでこんなにも僕は君との距離が寂しいと感じてしまうのか。
僕が君を見ていたのは、どんなに糞で下水で煮込んだような中身でも、まっすぐで自分のスタイルを貫く向上心と、それを貫こうとする努力を誰にも見せない姿がかっこよくて、そしてその努力が報いるようにどんどん強くなっていくセンスと実力がすごくて、憧れていたからじゃないのか。
僕はかっちゃんが好きだ。
その好きだという言葉だけなら友情という意味で使われるだろう。
けどかっちゃんと友達じゃない僕にとっては友達として好きというのは有り得ない。
幼なじみだから?尊敬しているから?
確かにそれはあると思う。
でも、それならなぜ、男の僕が言うのもなんだが、僕はどうしてこんなにもかっちゃんに胸をときめかせ締め付けられるのだろう。
幼なじみなら昔の記憶として頭の奥にしまっておけば綺麗な思い出として昇華するだろう。
尊敬しるなら僕はかっちゃんのファンとして、遠くから密かに応援してかっちゃんの活躍と功績を喜べるはずだ。
でもそれだけじゃ僕は虚しくて寂しいんだ。
ダメなんだ、別に好きって言って欲しいとかじゃ無いけど、かっちゃんを遠くで見てるだけじゃなくて、応援はしてるけどでも僕だって活躍してかっちゃんと並びたいし、僕はかっちゃんに認めて欲しいんだ。
***
「それで?」
「え?いや、その……以上なんだけど」
「は?以上ですって何だよ。結局どうしてぇんだよお前は」
「どうしたいって……別に、なにも。こうして君に好きだって言っちゃったけど」
「はぁ?」
「えっと……ゴメン、その、返事が欲しいとかかっちゃんと付き合いたいとか、というのは無いんだけど、その、嫌われたくないていうのはある、かな……ごめんね」
「おい、デク」
「は、はい!」
「てめぇの話クソ長いんだよ、要点まとめろやカス」
「すみません……」
「要らねぇとこばっかダラダラしゃべりやかって、しかもそのダラダラで肝心なとこは誤魔化すわ同じ事何度も言うわで、聞いてて耳が腐るわ、どうしてくれんだよ」
「ご、誤魔化してなんかいないよ……!それに、かっちゃんが思ってること全部言えって言ったんじゃないか。僕はトークが得意って訳じゃないし、でも今話したのはこれでも何とか君に伝わってほしいって思ってる僕の本当の気持ちだよ。これ以上どうしろと」
「あぁ?何が本当の気持ちだクソナード。だからてめぇはクソナードなんだよデク」
「何がってなんだよ!君こそさっきから何なんだよ。分かっただろ?僕は君を好きで、でも君は僕のことが大嫌いだし、君に好かれるのは有り得ないし、これ以上嫌われたくないし、だからこれ以上は何も無いよ」
「てめぇやっぱ分かってねぇな。本当に好かれたくねぇやつは冗談でも好きだなんて吐かねぇんだよクソナード」
教室にいた僕らとその間を挟む机1個分の距離はかっちゃんが僕に近づいてきたことによって無くなった。
僕の胸ぐらを掴んだかっちゃんはいつもの敵顔ではなくさっきから僕が話している間もずっと真顔で、その顔がぐんと近づいて、僕は怖くなった。
遠くでも存在感を放っていたかっちゃんのふたつの赤い瞳が僕の両目の視界にはっきりと映る。
「本気でんなこと抱えてんなら墓に持っていくんだよ。何のために墓に持ってくつー言葉があんだよ。つまり、だ。てめぇ……期待したんだろ?」
かっちゃんのふたつの赤い瞳は僕の顔の横に流れ、耳からあの低過ぎない掠れたかっちゃんの声が息とももに鼓膜を揺らす。
「俺もデクが好きだ」
想像したことが無いわけじゃない。でもそのセリフは脳内のかっちゃんに言わせてしまうと違和感でしかなくて、すぐにそのセリフに続けるように「ンなわけねーだろ!気持ち悪ぃクソナードがァ!」と口直した。
でも目の前にいる体温と音と存在を持ったかっちゃんはそう続けてくれなかった。
そのセリフは僕にとって、嬉しいとは思えなかった。
嘘だ、からかってるのか、馬鹿にしてるのかと、飲み込めずにそれを吐き出して、でもその甘美な言葉は欲しくてたまらなかったものだったらしく何度も口に含んではそして吐き出すような気持ちだった。
「どうすんだよ、デク」
「どうするって……なに?」
「まだとぼける気かてめぇ、いい加減にしろよ」
「だから!何なんだよ!いい加減にするのはかっちゃ」
距離をとろうとした僕はかっちゃんに髪を掴まれそのままかっちゃんの胸に引き寄せられた。
「俺から逃げてんじゃねぇよクソデクが、てめぇは昔から俺のもんだろ。……で、てめぇも俺が欲しくなったわけだ」
もっと欲しがれや。
そう言ったふたつの赤い瞳がギラりと僕を捕らえる。
真顔だったかっちゃんの表情は、諦めかけていたゴールがやっと見えて、疲労と達成感が一気にこみ上がったような顔をしていた。
ほんの少し、いや数時間前、僕がかっちゃんが好きだと思うまでの数分前までいつも勝ちにいく君が諦めてたなんて、信じられなかった。
でもやっぱりかっちゃんだ。
「……いずく」
久々に聞いたその呼び名は、昔と違って低過ぎない掠れた、僕の大好きなかっちゃんの声だ。
おわり
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