海に溶けて消える
name changes
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そんな状況下で、ナマエは己に対して何項目か制約を決める事にした
"刃がついている物には触らない"、肉体との繋がりの線がプツンと切れてしまうのを防ぐためだ、"魂だからと言って危険な行為はしない"、いくら高い所から飛び降りても平気だからと言って油断すると線が切れてしまう事があるかもしれないと考えての事、"疲れていなくても休息は決まった時間にしっかり取る"、体内時計を正確に守るためと疲労から魂を守るため、"食事の時間に回廊に出ない"、ポセイドンが摂っている食事の香りについつい吸い込まれそうになるため……などなど
それらの範囲を守りながら、まずナマエはプロテウスに頼み手に入れた掃除道具一式を持って立ち入りが許可された書庫の掃除をする事にした、背の高い書架の掃除は手間取ったが立てかけられた梯子を使い慎重に積もった埃を落としていった
「っはぁ、臨死体験してるのに掃除するなんて、変なの」
一通り掃除を終えた後、寝椅子に倒れ込みナマエは大きな溜め息と共に呟いた、魂だけの存在だが掃除をした分の疲労は確かに感じていてナマエは一角をある程度綺麗にしたら休息を取ると決めて再び動き出した、埃が舞うので部屋の扉は開けていた、が、それが仇になった
ナマエが作業を始めて数十分、回廊の方から香ばしい良い香りが漂ってきた、その香りがナマエの鼻腔をくすぐるとナマエの脳裏に様々な豪華な料理が浮かんでは消えていく、それと同時に空腹を感じ、ナマエは唾液腺が刺激された
「しまった……ポセイドンさんの食事の時間だ……」
そう呟きながらナマエは図書室の扉を閉めた、天界の食べ物は口にしてしまうと別の繋がりができてしまい元に戻れなくなってしまうのでナマエは急速に呼び起こされた空腹感と戦う事しかできない、何も食べなくても問題はないのは分かっているが香ばしい香りを嗅ぐとどうしても空腹感は押し寄せる
「こんな時は寝よう!寝て忘れるんだ!」
一人でそう意気込みながらナマエは横になり、いつかポセイドンにかけてもらった毛布を勢い良く頭から被った、目を瞑りゆっくりと深呼吸を続けると疲れていた身体は即座に休息に入る、軽く睡眠を摂るつもりだったナマエだが気付けば深く寝入ってしまった
ナマエが規則正しい呼吸を繰り返し始めてからしばらくして、部屋にポセイドンが音もなく入ってきた、ポセイドンはゆっくりとナマエに近付くと少し身を屈め至近距離でナマエの顔を覗き込んだ、固く閉ざされた瞼を見てポセイドンは納得した様に頷くと何も言わずに傍に座り込んだ
声をかけなかったのはその事でナマエを起こしてしまうと懸念したポセイドンなりの不器用な気遣いだった、規則正しい呼吸を繰り返すナマエを静かに見据えて、彼は彼女の柔らかい唇に己の指を押し当てた
「そなたと食事を囲む事ができたら、退屈しなさそうだな」
彼の脳裏には食事を一緒に囲むナマエの姿が浮かんでいた、緊張した面持ちでカトラリーを手に取るナマエを見つめる自分、今の食事は一人で摂っている為ナマエと言う他人が存在するだけも彼にとっては騒がしい食卓だ、だがそれは今の彼にとって理想の食卓とも言える
だが共に食事を摂る事はできない、ポセイドンは兄であるハデスが言った言葉を思い出していた
「繋がりなど、そなたが願えば余がこの手で切ってやるのに」
見えないが確かにあるナマエの肉体との繋がり、もし彼女がこれまでの生活を捨てて自分と共に生きていく事を選ぶ事があれば、もしそう言ってくれるのなら、すぐにでも三叉槍を手に取って彼女の繋がりを断ち切るだろう
だが、彼女はそれを望むだろうか
ポセイドンは指先をナマエの耳に移動させた、自分のとは違う人間の丸みを帯びた耳、耳朶を指で挟み力を加えればぷにぷにとした感触が伝わってくる、何もかもが自分とは違い柔らかい、ポセイドンはもう片方の手でナマエの手を握る、太く節くれだった自分の指とは違うスラッと細く少しでも力を加えれば折れてしまいそうな指、力加減に気をつけながら絡める様に重ねればナマエの体温が直に伝わってきた
「ん……んぅ……」
「!」
触れられた感覚からかナマエが小さな声を漏らして身を捩った、それにより抱き枕の様にポセイドンの腕を抱え込む様な形となったナマエ、ポセイドンは息を呑んだが表情は崩さなかった、しかし心臓は早鐘の様に鳴っている
「余を翻弄して楽しいか……」
小さく舌打ちをしながらポセイドンはそう呟きナマエが起きるまでこのままでいようと寝椅子の淵に頭を預けた、すぐそばにはナマエの身体がありそこから微かに心音が聞こえる、その穏やかな旋律にポセイドンは自然と眠気に誘われた
目を瞑りナマエが目覚めるまでの休息を取る事にしたポセイドン、扉の隙間から様子を見て彼の身体が冷えないようにと毛布をかけようとしたプロテウスだがポセイドンの穏やかな表情に水を差す訳には行かないと静かに部屋の扉を閉めた
ナマエが目を覚ましたのはそれから数刻が経ってからだった、まず彼女が目にしたのは寝椅子の背もたれ、そして自分が抱きかかえている青色のした何か、まだ少し寝惚けた頭で寝椅子についているクッションだと思っていたナマエだがそのクッションは枕にしている筈だった、そしてその問題のクッションは他の物と比べて少し硬いのに気付いた、ゆっくりと身体を起こして抱きかかえている物体を改めて確認した時ナマエは絶句した
「ぽ、ポセイドン、さん?」
自身のそばにはスヤスヤと穏やかな表情で眠っているポセイドンがいた、そして彼の腕は自分が抱きかかえている状況
ナマエはポセイドンと言う神と知り合って間もないが、ポセイドンの性格を考えると間違いなく自分が寝ている間にポセイドンに何かしたとしか思えない、そう考えたナマエは即座にポセイドンを起こさないようにその場から離れようとゆっくりとした動作で抱えていたポセイドンの腕から手を離した
「どこへ行く気だ」
「ひえっ……」
ナマエの手からポセイドンの腕が離れた瞬間、バチッと音が鳴りそうな程勢い良くポセイドンの目が開いた、海の様な蒼い瞳がナマエを静かに、だが確実に捉えていた、蛇に睨まれた蛙のごとくナマエは情けなく弱々しい声を漏らす
ゆっくりとポセイドンが起き上がるのをナマエはただ黙って見上げる事しかできなかった、ポセイドンもそれは同じで何も言わずにただ小さくなったナマエを見下ろしていた、逞しい巨躯から放たれる圧は尋常ではない
しかしポセイドンはただナマエを見下ろしていただけではない、ナマエにある事を問い掛けるためになんと声をかければ良いのかと静かに言い淀んでいた、だがそうとはつゆ知らずナマエはただただポセイドンから放たれる圧に怯えてガタガタと震える事しかできない
「寝心地はさぞ良かっただろうな、実に間抜けな顔をしていた」
ポセイドンが本当に聞きたかったのはこんな事ではないが口下手が故に嫌味の様な一言しか発することができなかった、ナマエはポセイドンの言葉に弱々しく頷きながら謝罪する事しかできなかった
何故自分を起こさなかったのかと問いかける気力すらナマエには残されていない、ナマエはただ不機嫌そうに見えるポセイドンを宥める事しか出来なかった、まさか当のポセイドンが不機嫌なのは何も言わずに自分から離れようとしたからと言う理由である事を知らずに
