終ワル
name changes
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ゴポリ……と自分の口から血の塊が吐き出された、この血の塊が迫り上がってくる不快感は嘔吐した時に良く似ている
あぁ、またか、なんてどこか他人事の様に思いながら私はゆっくりと腕を動かした
そっとベルゼブブの頬に触れるとスイッとこちらに向けられた瞳、その瞳はいつものベルゼブブの綺麗な紅色の瞳とは少し違う、衝動に身を任せているサタンの瞳で、どこか虚ろだ
ベルゼブブの腕によって胸を貫かれた私、私の身体も彼の身体も、部屋の床も血に塗れていて、死の香りが辺りを埋め尽くす
「ベルゼ、ブブ……戻って、」
口内に広がる血の味を我慢しながらそう言葉を紡いでベルゼブブの頬を力無く撫でた時、途端にベルゼブブの瞳は色を変え、表情もみるみる変わっていった、見慣れたベルゼブブの瞳が驚愕に染まる時私の身体から完全に力が抜けた
「ナマエ……?」
ベルゼブブの声が聞こえるがそれに答える力は私に残されていない、ゆっくりと私の胸に突き刺さっていたベルゼブブの腕が引き抜かれた、持ち上がっていた身体が解放されて足が床についたが私の身体はそのままドチャッと重々しい水音と共に床に倒れ込んだ、私の体を中心にして床の血溜まりが広がっていく
胸を貫かれたと言うあまりの衝撃から身を守る為痛覚が麻痺を起こしたのか、床と接触した際の痛みなど、感じる事すらできなかった
ベルゼブブが慌てて倒れた私に駆け寄り上半身を抱き寄せた、必死に何かを叫んでいるベルゼブブの声すらもどこか遠くに聞こえて何を叫んでいるのかよく分からない、ただベルゼブブが泣きそうな表情になっているのは分かった
ベルゼブブの大きな瞳から涙が溢れ出てくる、それを止めてあげたくて手を伸ばそうと思ったがもう既に身体から力が抜け始めていて動かす事すらできない状態になっていた
あぁ、最期に言いたい事があったのに、と思いながらベルゼブブの叫び声を遠くで聞きながら私は目を瞑った
まるで眠りにつく様に意識が暗闇に溶けていく…………
「…………これで四度目だよベルゼブブ」
起床する様にすぐに意識が浮上してパチッと閉じていた瞼を開ける、目の前で泣きじゃくっているベルゼブブに私はハッキリとした口調で言い放つと勢い良く身体を起こし先程までベルゼブブの腕が刺さっていた胸に手を置いた
既に傷口は塞がっていて、血に塗れているがそこにはいつも通りの綺麗な身体があった、先程まであった大きな穴なんてどこにもない
私は所謂、不死と言うやつで、自身が燃えた灰から蘇る不死鳥の様に死と言う概念そのものがない、先程の死も私にとってはただの過程でしかなく、死は未知のものではなく、この長い生涯で既に何度も経験している物だ、その内の四回は目の前の男、蝿の王ベルゼブブによって与えられた、彼はもはや私を殺し慣れてていると言っても過言ではない
だが、不死だと言っても、不便な事に痛みは感じるので先程ベルゼブブの腕が貫通していた胸は現在鈍痛に悩まされている、ふぅと一つ息をついて泣きじゃくったままのベルゼブブに目を向ける
「ごめん、……ナマエ、僕はまた、君を殺してしまった」
先程の虚ろな瞳とは明らかに違う、暗い紅色をしたベルゼブブの瞳が私を捉える、この暗い紅色の瞳はベルゼブブが正気に戻った合図の様な物でこの瞳をしている間は彼は私を殺さない、私は罪悪感に押し潰されそうな表情で狼狽えているベルゼブブの肩に手を置いた
「気にしなくて良いよ、痛いけどこうして蘇るし、何か減るってわけじゃないから」
勤めて明るい口調でそう言ったがベルゼブブの涙は簡単には止まらない、止まるどころか次から次へと大粒の涙が彼の瞳から溢れ出ている
なんでも、彼は昔手を差し伸べてくれた優しい友人達を今回の様に心臓を貫いて殺してしまい、更に自身が殺した事を知らずに犯人を探し、同じ様に一緒に犯人を探していたその友人の幼馴染みまで手にかけてしまったそうで、彼の中で渦巻く悪魔的生命の破壊衝動はそのまま彼のトラウマになっているのだろう
かと言ってずっと泣かれたままだとこちらまで気分が滅入ってしまう、私はベルゼブブの両肩に手を置いて笑顔を向けた
「とりあえず血塗れだし、お風呂入ろう」
私の言葉を聞いてベルゼブブはようやく力無く頷き立ち上がった、フラフラとした足取りのベルゼブブを支えながら血に塗れた部屋を後にした
互いに血塗れの身体を清め湯船に浸かり温まった事で死と言うネガティブな経験もどこかお湯に溶けていく気がした
湯から出て、濡れた髪をタオルで拭いていると神妙な顔付きをしたベルゼブブが近寄ってきた、この表情をしている彼と話すのはあまり好きではない、この表情をしている彼は大体わざと自分を追い詰めるような事を言うからだ、ベルゼブブにはもう少し自分を大切にして欲しい
「ナマエ、やっぱり君は僕と離れた方が良い」
ほら、やっぱり、こう言う事を言う時は彼は決まってこんな表情をする
「なんで?」
「なんでって……分かるだろ、僕と一緒にいたら君は」
「私死なないから別に良いよ」
髪の毛を拭きながら心底興味のない口調で彼と話す、だが私の発言は彼の地雷を踏んでしまったらしい私の言葉を聞いてベルゼブブはいつも伏せられがちな瞳をカッと開き、そのまま私の手首を強く掴み真剣な表情で口を開く
「あぁそうだ、君は死なない!だけど痛みがないわけではないだろう!?」
いつも抑揚のない口調で淡々と話す事が多いベルゼブブがこんなにも感情を露わにするのは珍しかった、私はすっかり驚いてしまい思わず何回か瞬きを繰り返してしまう、ベルゼブブの大きな紅い瞳にキョトンとした表情の私が反射している、実に気の抜けた表情だなんて思いながらベルゼブブの言葉の意味を理解した
ベルゼブブは私が彼に殺される度に痛い思いをしているのが耐えられないのだと、確かに彼の殺し方は心臓を一突きするので痛くないわけではない、むしろ口に迫り上がってくる血の塊の不快感や身体を貫通された激痛、血が体外に出ていく不快感と寒気……病気で死ぬのとは訳が違う症状の数々
だが、不死と言う特性からベルゼブブに殺される前から何度も死と言う物を経験してきた私からしたら、心臓を一突きされる殺され方の方がよっぽど楽だ、何日ももがき苦しむ必要はない上に気が付けば身体から力が抜けていくし、痛い思いをする時間もそんなに長くない、気持ち悪さはあるが吐き出されるのは血の塊だけだ、他の殺され方より痛みはない
不死と言う特性を恐れた人間から迫害されて何度も拷問を受ける痛み、本当に死ぬのか試す為に毒を盛られ致死量に至らず死ぬ手前でもがき苦しむ辛さ、食糧難から四肢を切り出され死から蘇っては再び四肢を切り出される永遠地獄の痛み……今まで経験してきたそれらと比べると心臓を一突きされる辛さなんて一瞬で終わる上に痛みを感じる時間も短い、今まで会ってきた人間や神と比べるとベルゼブブは実に優しい殺し方だった
「心臓を貫かれる痛みなんて私は平気だよ」
「ッ……!そう言う事を言ってるんじゃ……」
「そう言う事でしょ」
だから私は平気と言えるのだろう、もっと痛い死に方を知っているから……だがベルゼブブは納得しない、掴んだ手首を離そうとせず逆に力を込めた、彼の黒い服に隠された体格の良い筋肉のせいで力を込められると少々痛いのだがベルゼブブは気にしていない、私もそんな痛みは慣れっ子なので表情を変える事なく納得していないベルゼブブに言い放つ、淡々とした私の声を聞いてベルゼブブは口を噤んだ
「心臓を貫かれる痛みなんて、ベルゼブブを独りにするのと比べたら無いに等しいよ」
真っ直ぐベルゼブブの瞳を見つめながらそう言う、これは私の本心だ、私にとっては、死そのもの、死に至るまでの苦痛、心臓を貫かれる衝撃……それら全てに比べてベルゼブブを独りにする方がよほど耐えられない、ベルゼブブを独りにするくらいならそんな痛みなど蚊に刺される様なものだ、いくらでも、何度でも耐えられる
私の言葉を聞いてベルゼブブはゆっくりと掴んでいた手を離した、信じられないと言った表情で私を見つめた後、くしゃりと自身の前髪を握った
「どうして……こんな僕なんかに……」
自分を卑下するベルゼブブを優しく抱き寄せる、彼の逞しい背中に手を回せば先程まで止まっていた私の心臓の近くでトクンットクンッとベルゼブブの鼓動を感じた、その鼓動に合わせて背中を優しく叩けばベルゼブブはおずおずと私の背中に手を回した
互いのお風呂上がりの上気した肌が触れ合い心地良い、目を瞑ればより一層ベルゼブブの鼓動を感じる事ができて、まるで二人が溶け合う様な感覚に陥る、いっその事本当に溶け合ってしまえばベルゼブブの悩みも罪悪感も何もかも無くなるのにと思いながらゆっくりと呼吸を繰り返す
「ベルゼブブが大好きだからだよ」
「っ……」
ベルゼブブの夜を溶かした様な黒色の癖っ毛に指を絡めながら優しく呟けばベルゼブブは息を呑んで私を抱き締める力を強めた、先程私を殺した腕が今度は私に救いを求める様に縋っているなんておかしな話だと思い私は思わず小さく笑ってしまった
「ダメだ……僕はまた幸せだと思ってしまう……僕を拒んで、僕を嫌ってくれナマエ」
「大丈夫、何度でも殺して良いよ、ベルゼブブ」
悪魔的生命の破壊衝動から逃れる為に自分を拒んで欲しいと願うベルゼブブに私は残酷にもそう囁いた、殺したくないと願うベルゼブブに殺せと囁く、しかしそれは彼を愛しているからであり彼もそれを理解している、理解しているからこそ彼は私を拒む事ができず結果として私を殺してしまう、そして再びこうして罪悪感に苛まれて私に救いを求めて縋り付くのだ
なんとも不健全で歪な愛の形なのだろうか、そもそも私達のこの関係は愛と呼んでも良いのだろうか、愛と呼ぶにはあまりにも禍々しく血に塗れて罪悪感と依存に溢れている、そんな事は分かっているが私はあえて分からないフリをしてこれを愛だと信じるのだ
ベルゼブブもきっと同じだろう、彼は私を殺したくないと言いつつ殺しても死なない私に安堵すら覚えている筈だ、今まで彼が愛する者達は須く殺されていた、そこに不死の私と言う殺しても死なない愛する者が現れ、私を通して彼は愛を知り、愛を育み、愛を与え、愛を与えられる、私でなければ彼の愛は途中で死を迎える、彼の愛を完成させる事ができるのは私だけなのだ
「ごめん……ッ、ナマエ、僕はまた君を殺してしまう」
「うん」
「殺したくない、僕は君を殺したくないのにっ」
「うん、分かってる」
「ナマエ……僕は……君を……」
堰を切ったようにベルゼブブが私に愛を囁いた、縋るように込められた力が強くなり私達の身体は更に密着する、私はただ目を瞑りベルゼブブの言葉を静かに受け入れる、するとベルゼブブの声が途切れ始めた、ほんの少しだけ身体を離してベルゼブブの表情を確認するとベルゼブブは眠気に耐える様に何度も瞼を落としていた、そして遂には眠りについた様にベルゼブブの力が完全に抜けて私に身体を預ける
直後、ベルゼブブの腕が私の胸を貫いた、劈く様な死の香りが漂い始める
私は自分の口の端から血が流れ落ちるのを感じながら胸を貫くベルゼブブの腕を撫でた
あぁ、そうか、今わかった気がする、ベルゼブブの悪魔的生命の破壊衝動が愛が極限まで高まった結果だとするならば、この血に濡れた腕こそ私達の最大の愛の形なのかもしれない、こんなにも分かりやすくて歪な愛の形が今まであっただろうか、この迫り上がってくる不快な血の塊も、胸の痛みも、衝撃からくる耳鳴りも、全てはベルゼブブの愛だったのだ
「ッ、ゲホッ…………ベルゼブブ……」
「…………」
名前を呼べば衝動に身を任せている彼の虚ろな瞳と目が合った気がした、ゆっくりと手を伸ばし彼の頬を撫でる、胸から滴り落ちた私の血液が彼の頬についてしまったがそれすらも愛おしく見えてしまった
「私も、愛してるよ、ベルゼブブ……」
彼の愛に応えると同時にベルゼブブは私の胸から腕を引き抜いた、直後力が抜けてその場に倒れ込む、視線を動かし彼を見上げれば虚ろな目をしたまま彼は微笑んでいた、どうやら今回は彼が正気に戻る前に私は死んでしまうらしい、目が覚めた時に何と言って彼を安心させるべきか、何と言えば彼はもう一度私を愛してくれるのか
次にかける言葉を考えながら私の意識は暗闇に溶けていった
4/4ページ
