終ワル
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ボカロ曲「理想絵図」をイメソンにしています
R15くらいの表現があります
冥界ヘルヘイム、生きながらも何故かこの場所へ迷い込んだ私は冥界の王の元で過ごしている、人間である私がそんな生活を許されているのはその冥界の王、ハデスさんの気まぐれである、だが少しでもハデスさんの機嫌を損ねてしまえば私の様なちっぽけな人間の魂なんてすぐに魂ごと消滅させられてしまうだろう
その特殊な生活も慣れさえすれば簡単なもので、以前ハデスさんに頼み込んで用意してもらった自室で私は静かに眠りに着いていた
「ナマエ、起きよ」
意識の向こう側から柔らかくも低い声が聞こえてきたと同時に頬に垂れていた髪の毛が退かされる、外気に晒された頬が一瞬冷えたかと思った時、すぐに指先で優しく撫でられた感覚が伝わる
重たい瞼をゆっくりと上げれば、そこにはこちらを見下ろしているハデスさんがいた、綺麗な薄い紫色の瞳がこちらに向けられたかと思いきや宝石の様なその瞳はゆっくりと細められる、一瞬何が起きたのか分からず呆気に取られたまま数回瞬きを繰り返してしまう、きっと今の私は実に気の抜けた顔をしているだろう
再び頬を優しく撫でられてようやく自身の身に起きている事が理解できた、あのハデスさんが寝ている私の頬を撫でるだなんてあり得ないと目を見開きながらそのまま飛び起きた
「ハ、ハデス、様……?」
「起きたか、随分と心地良かったのだな」
私の目の前には間違いなくハデスさんの姿がある、一瞬寝惚けて幻覚でも見ていたのかと思っていたがそんな事はなかった、飛び起きた私を見て仕方のないと言った様子でそう言いながら自身の髪を指差すハデスさん、咄嗟に自分の髪に手をやるとピョコンッと跳ねた髪が手に触れた、立派な寝癖と寝顔を見られてしまった羞恥心から顔が熱くなる
「お見苦しいものを見せてしまってすみません……」
「良い……ここに来てすぐは寝る事すら拒んでいたのに、随分とここに慣れた様だな」
私の反応を見てクスリと笑みを浮かべながらハデスさんはそう言った、ハデスさんの言う通り、冥界に来てすぐの頃は自分の身に起きた想像を超える出来事や冥界のおどろおどろしい雰囲気にすっかり怯えてしまい一睡もできなかった、だが人間の適応力はそんな状況でも発揮して、今となってはこうして寝癖を作れるほど安眠できる
手櫛で寝癖を整えながらハデスさんの言葉に頷き返す、そんな私を見てハデスさんは目を伏せて立ち上がった、ほんの少しベッドが揺れ、ハデスさんに続く様に私もベッドから降りる事にした
「ナマエ、今朝も貴様の分の朝食を支度させたのだが、不要か?」
「ぁ……その、申し訳ないのですが……」
「良い、分かっておる」
ハデスさんの数歩後ろを歩いていると不意に立ち止まってハデスさんに問いかけられた、だが私の返答は既に決まっていた
"ヨモツヘグイ"黄泉の国の食べ物を口にすると現世へ戻れなくなると言う言い伝えを信じている私は、ここに来てから一切物を口にしていない、飢えや渇きは全くないので問題はないのだが、毎日ハデスさんは私に食事は必要かと聞いてくるので少々心苦しい
いっその事ヨモツヘグイなんて気にせずにハデスさんと一緒に食事を摂ってしまおうかと思った時期もあったが、少しでも現世に戻る可能性を潰したくはないので今日もこうしてハデスさんの誘いを断るのだ
当のハデスさんは気にしていない様子でそのまま歩みを進めた、私とは違うスラッとしつつも筋肉がしっかりついていて重みのある体型に思わず目を奪われてしまう
「あの……ハデス様、今朝はどうして私を起こしてくれたんですか?」
気が付けば私はハデスさんの背中に向かって思わずそう問いかけていた、いつもなら部屋に来るなんて事ないのに、何故今日は私を起こしたのか、初めは寝過ごしたのかと思ったが枕元に置いてある時計が指す時間はいつも通りだ、私の問いかけにハデスさんは足を止めてこちらを振り向いた、ハデスさんの表情は感情が読み取れず何か不味い事でも聞いてしまったのかと自然と背筋が伸びた
「気まぐれ、ではあるが……そうだな、強いて言えば今日で貴様がここ冥界に来て一年経ったから……と言うべきか」
「え……?」
一年、確かにハデスさんはそう言った、ここに来てから日数を数えた事はなかった為もうそんなに経っていたのかと驚いてしまう、当の本人の私でさえ数えてなかったのにハデスさんは律儀に日数を数えていた事にも驚きだ
「もうそんなに経っていたんですね……」
「ふっ……貴様ら人類の言葉で"誕生日"の様な物だな」
「……誕生日……確かに」
何故、生きながらこの地にやって来たのか、いまだに答えと言う答えは見付かっていないが、当時の事はよく覚えている、いつも通りの日常を過ごしていた筈なのに急な眠気に襲われて意識を失う様に眠りについたと思ったらこの冥界の王の間と呼ばれている場所でハデスさんに起こされた、そう……丁度今朝の様に……
思えば当時もハデスさんの口調は案外柔らかくて、困り果てている私に優しく手を差し伸べてくれた、神様の間では恐れられていると聞いた事があるがそうは思えない程ハデスさんは優しかった、それもただの気まぐれと言うやつかもしれないが、右も左も分からない私にとってはまさに救いの神だった
そんな事を考えながら身なりを整えてハデスさんが朝食を摂っているであろう部屋に足を運んだ、重たい扉を開けるとそこには大きなテーブルを前にカチャカチャとカトラリーを動かしているハデスさんがいた
「相変わらず美味しそうですね」
「なら貴様も食べれば良かろう」
「いやぁ……いつか帰れると信じてますから、美味しいご飯を食べて帰れませんでしたーなんて事は避けたいです」
ハデスさんの隣に座りながら食事に目を向けると実に美味しそうな料理が並んでいて思わず喉を鳴らしてしまう、だが食事を摂ったのが原因で現世へ戻れなくなるなんて聞いてしまったら出来る限り食事を避けるのは正しい判断だろう
「……ずっとここに居れば良かろう」
「え?すみませんよく聞こえなくて……?」
「なんでもない、もう食べ終わる、少し待っておれ」
「はい……?」
カチャカチャと食べ進められる食事をボーッと眺めているとハデスさんが何かを呟いたが上手く聞き取れなかった、なんと言ったのかとすぐに聞き返したがハデスさんは答えてくれなかった、何か重要な事を言われた気がしたのだが、ハデスさんが教えてくれないので真相は闇の中だ
宣言通りすぐに食事を食べ終えたハデスさんが立ち上がり歩き出す、そのハデスさんの後を私は追いかける、基本的にここでの私の生活はハデスさんと共にいる、と言うのもここで人間が一人でフラフラと歩いているとすぐに誰かに殺されるか捕まって奴隷の様な扱いを受けるかどちらからしい、初日に冥界から出ようとして血相を変えたハデスさんにそう注意された
だからここ冥界では、偶にハデスさんのチェスの相手をしたり、部屋の掃除をしたり、読書をして過ごしているが、常に傍には私を守る様にハデスさんがいる、基本的に一人になるのは寝る時かハデスさんがどこかへ出かけた時ぐらいだ、こんな人間が傍にいてハデスさんは嫌にならないかと心配した時期もあったが、当のハデスさんは基本的に全く気にしていない様子な上に私が一人でどこかへ行こうとするとすぐに注意をしてくるので、いつしか傍にいる事が当たり前になった
「ハデス様、今からチェスでもしますか?」
王の間へと歩みを進めるハデスさんを見てそう声をかける、いつもなら"弱い奴が一丁前に勝負を挑むな"なんて笑いながら悪態をつかれてしまう所だが、今日のハデスさんはどこか違った、私の声が聞こえていないのかスタスタと歩いて行ってしまう
何か気に障ってしまったかと不安になる、もしかすると一年も帰る様子のない人間に呆れてしまったのだろうか、それとも勧めても頑なに食事を摂ろうとしないのに気分を害してしまったのか……ハデスさんの表情を伺おうにも脚の長さが違う為、後を追いかけるので精一杯だ
長い廊下を歩き王の間へと入るといつもの玉座には向かわず、ハデスさんは部屋の隅へと歩みを進める、何をするのかと出入り口近くで立ち止まっているとハデスさんは何か小さな箱を持ってこちらへと戻って来た
「ハデス様……?」
何をしているのかと首を傾げていると、ハデスさんは手に持っていた箱を私に差し出した、反射的にそれを受け取ると、箱の中には何かが入っているらしくズッシリと重かったが持てない程ではない
「開けてみよ」
「え、良いんですか?じゃあ……」
この箱をどこかへ持って行くのかと思っていたがそうではないらしく開ける様にハデスさんに言われた、私なんかが開けていいのかと思ったがハデスさんがいいと言うのだからと私はゆっくりと箱を開けてみた
箱の中には繊細で高級そうな煌びやかな装飾が施されたガラス製の杯が入っており、中には紅い液体が入っていた、水とは違いどこかドロッとしている様な液体だ、杯を箱から取り出して両手でそれを包み込む、杯には蓋が付いており液体の匂いはしない、ワインか何かだろうか
「ハデス様……これは?」
「人類は誕生日にプレゼントを贈ると聞いてな、余からのプレゼントだ」
「え‼︎そんなわざわざ……」
ハデスさんにこの杯は何なのかと聞くと私へのプレゼントだと言った、ただの迷い込んで来ただけの人間の為にこんな綺麗な杯を渡してくれるなんて、なんて優しい人なのかと驚いてしまう
だが、一つ気掛かりな事があった、杯の中身だ
"ヨモツヘグイ"を守る私にとってワインの様な飲み物は不要なのだがプレゼントされてしまった以上無碍にも出来ない、せめて香水の様な物であって欲しいが今の所特になにも香りは漂ってこない、無臭の液体かそれに近い物だろう
「……ハデス様、杯の中身って……」
意を決してハデスさんに杯の中身を聞いてみる事にした、後で部屋に戻った時に匂いを嗅いでみても良いと思ったが、今ここで聞いてしまった方が後々使い方に困らなくて済むだろうと考えての事だ、せめてワインの様な物ではありません様にと願いながらハデスさんの返答を待つ
「余の血だ」
「…………はぇ?」
ハデスさんの返答は私の想像を遥かに超えていた、この杯の中にあるのは自身の血だと言うハデスさんの言葉に思わず手の力が弱まってしまった、するりと私の手から杯が滑り落ちる、がそれをハデスさんが掴んだ
「危ないな、割れたガラスで怪我をしたらどうする」
「いや……あの、ハデス様?血って……言いました?」
"余の血"発言を聞いて驚いている私を他所にハデスさんはガラスが割れて怪我をしないかを気にしていた、どこか私とズレたハデスさんの感性に言葉を失ってしまうが私の聞き間違いかも知れないと思いすぐにハデスさんに聞き返してみる事にした
せめてこれで私の聞き間違いか、"余の血と同じ様な色をしたワインだ"とかであって欲しいと願う、そもそもプレゼントで血を渡すなんていくら神様であっても少々異常だろう、それともハデスさんの血は香水の様な良い匂いがするのかも知れない、むしろそうであって欲しい
一縷の望みをかけてそう願ったが、そんな私の願いすら簡単に粉々にするのが冥界の王だ
「血だ、他の誰でもない、余の体内を流れる物と同じ血だ」
杯についていた蓋を外し中身を私に見せながらハデスさんは確かにそう言った、ほんのりと鉄の様な香りがするのは気のせいではないだろう、呆気に取られてしまい何も言えない私にハデスさんは続け様に話し始めた
「昔、余の弟ゼウスの血を飲んだ人間がいてな、人間でありながらヘラクレスと言う神となった……ナマエも神になれば"ヨモツヘグイ"とやらに縛られなくて済むであろう、神の血を飲んで死ぬ者もいるが、そうはならない様に知り合いに調節を頼んだ、弱い人間が飲んでも害はない」
ペラペラと話し始めるハデスさんに私は絶句してしまう、何のために血を渡したのかと思ったら飲むためとは思わなかった、それどころか私を神にしようとしているハデスさんに恐怖を覚えた、いつからそんな事を考えていたのかと、いつからそんな歪んだ考えをする様になっていたのかと
今、目の前にいるハデスと言う冥界の王が恐ろしくて、私は一歩後退りをした、恐怖から脚が震えてしまいそれ以上後ろに下がる事ができない、だが目の前の神から逃げなければ取り返しのつかない事になるのは確実だ
「あぁ、その様な顔をするのだな……怖いか?大丈夫だ、先程も言ったようにこれを飲んでも死にはしない、共に神として永い時を過ごそう」
「い、いや……ッ誰か!」
恍惚とした表情をこちらに向けるハデスさんはもはや私の知っているハデスさんではなかった、一歩こちらに手を伸ばし近付いて来たハデスさんを見て私は弾かれる様にその場から離れた、幸い出入り口はすぐそこだ
扉に手をかけて体重をかけて扉を引く、王の間の扉は大きくて重たいのが難だ、私が通れる程の隙間が開いたのでその隙間に入り込もうとした時だった
ダンッッ‼︎と扉にハデスさんの手がかかり扉を押された、当然先程開けた隙間なぞ簡単に閉じられてしまった、それどころか私は扉とハデスさんに挟まれてしまって逃げ場がもうない、背中から伝わってくるハデスさんの視線が鋭くて振り向く事すら躊躇ってしまう
「余ではない誰かに頼るなど、許されると思ったか?」
「ッ……」
背後から聞こえるハデスさんの声色は地を這う様で、その声が鼓膜を揺らすだけで冷や汗が出てしまう、もし振り向けばそのまま動けなくなってしまうだろう、それ程までに今私の背後にいる人物は恐ろしい存在だ
「……ナマエ、面白い話をしてやろう」
先程の声色とは打って変わってハデスさんはいつもの様な穏やかな声色でそう言った、先程からハデスさんは感情の起伏が激しすぎて今何を考えているのか全く分からない、こんな状況で一体何を話すつもりなのかと私は静かに耳を傾けた
「この冥界でも人類の動向を探る事が出来てな、あの日も余はいつもの様に退屈に人類を眺めていた……だが、そんな中一人の人間に目を奪われた、か弱くも真っ直ぐに生きようとするその姿、笑顔も何かを思案している顔も全てが愛おしいと感じ、そこでとある考えが頭を過ぎってな……ただ眺めているだけではなく手元に置いてしまおうと」
「…………」
「突然ここに来て其奴はさぞ驚いていてな、実に可愛らしかったなぁ……だが"ヨモツヘグイ"とやらを信じていてこの地の食事に手を出さなかった、何かを口にすれば現世には二度と戻れなくなり永遠に余の物になると言うのに、強情な所も愛い奴ではあるが、いつまでも現世を気にしているその姿は少々腹立たしかったがな」
「‼︎」
ハデスさんが語るその"人間"が私の事を指しているのは簡単に分かった、まさかいきなり見知らぬ場所にやって来てから今までずっと、良くしてもらっていたと思って恩を感じてすらいた存在がその原因だったとは思いもよらなかった、美しい見た目の女神様なんて無数にいるのに人間であり顔も絶世の美女と言うわけでもなく平々凡々な私がハデスさんの様な神に目を付けられていたとは思ってもなかった
だからこそ、常々知らぬ間にハデスさんの地雷を踏み抜いていたのかも知れない、それが今こう言った最悪な形で爆発したとも言える
「ならばいっその事神にしてしまおうと思って、こうして血を飲ませる事にしたのだ」
「正気じゃないですよ……ハデス様」
特別何かが抜きん出て才能がある訳でもない、ただの人間を歪んだ愛だけで神にしようとするなんてとても正気とは思えない、だがもうハデスさんは手遅れの様で私の言葉を聞き入れようとしない
肩を掴まれ無理矢理身体の向きを変えられて目の前に差し出された血液入りの杯は、先程確かに見た筈の煌びやかさなどどこかへ消えていて、今はとにかくとても恐ろしい物に見えた
「飲んでくれるよな、ナマエ」
杯越しに見えるハデスさんの表情はどこか虚で、私に残された選択肢はほとんどない事を意味していた、最早ハデスさんの頭の中には私がこの血を飲み干す未来しかない、私の意思なぞそこにはないのだ
「痛ッ……」
杯を前にしても動かない私に痺れを切らしたのか、急かす様にハデスさんは私の手首を掴んだ、ギリギリと爪を立てられ思わず声を漏らすがハデスさんには聞こえていない様だ、ただただ虚な表情でジッと私を見下ろしている
「……そうか、杯からは嫌か……ならば、余の手から飲むと良い」
「……ッ」
手首を掴まれても血を飲む選択をしない私にハデスさんはそう言いながら杯の中身を手で掬って、血塗られた手を私の口元に運んだ、ベットリと口元に冷たい液体を付けられるが必死に口を紡ぎ血を拒否する
手首は解放されたので逃げようと身をよじらせると、ハデスさんは私の足の間に自身の足を差し入れて私の身体を全身で押さえ込んだ、ハデスさんの様な鍛え上げられた身体で体重を掛けられると動く事ができない、私の逃げ場は完全に防がれた
それでも私はいつか現世に帰る為に例え血だとしても口に含まない、むしろここまでしてハデスさんが血を飲ませようとするのには何かしらの理由がある筈だ、ヨモツヘグイをしなければ現世に帰れる可能性がある事を暗に示している様な物だ
「…………仕方ない奴だ」
頑なに口を閉ざし続ける私を見てハデスさんはそう呟く、口元にあった手が離された、ようやく諦めがついたのかと油断したが、直後ハデスさんは手に持っていた杯の中身を口に含んだ、予想外の行動に呆気に取られてしまったがハデスさんがまだ中身の入った杯をその場に投げ捨てた時のガラスが割れる甲高い音で意識が戻る
ハデスさんの両手が私の肩を掴み、顔を近付けられた瞬間、次に何をされるのか合点がいった
「んむッ!?」
事もあろうに、ハデスさんは自身の血を口に含みそのまま私の口へと運んだのだ、ハデスさんの柔らかい唇に触れたと思ったらそのまま冷たい液体を流し込まれる
「ッ、……‼︎ッ……」
微かに開いてしまった隙間から冷たい液体が口内へ流れ込んでくる、それを押し返そうとしても次から次へと止めどなく血液が送られてくるので、私はハデスさんを押し退けようとした
腕を掴みグッと自分から遠ざける様に押すがハデスさんはその直後、肩を掴んでいた手を私の顔に移動させ、両手で包み込む様にして顔を固定した、身長差から私の顔は完全に上向きになり呼吸が上手く出来なくて苦しいが、今空気を求めると口を開けなければいけなくなるのでこの苦しさと戦うしか私には選択肢がない
そうしてる間も、口から溢れ出した血液がダラダラと私の首を伝っていく、服も床も既に血塗れで取り返しがつかない状況になっている
いや、取り返しがつかない状況になっているのは私とハデスさんも同じか……事ここに及んでしまっては、いつもの様な関係性に戻る事はできない、現世へ帰る手段を探し求めながらも穏やかで笑い合っていた日々はもう二度と戻らない
「っは、ゲホッ‼︎ゲホッ、ハデス様、なんて事を……‼︎」
「うむ……少し足らぬな、ほとんど溢してしまった」
血塗れのキスを受けてからしばらくして、ようやく解放されたが流し込まれた血液は不運にも数滴喉を通って行った、たかが数滴だがこれで私はヨモツヘグイを犯してしまった事になる、なんとか吐き出そうとその場にへたり込み、下を向いて数回咳き込むが血液が出てくる様子はない
取り返しのつかない事をしてしまった事実にサァッと血の気が引いた気がした
そんな私の頭上でハデスさんはどこか他人事の様に呟いていた、そんな彼の様子に一瞬怒りが沸き上がり不敬と言われようとも構わないと、顔を上げてハデスさんをキッと睨み付ける、だがハデスさんはその場で自身の舌を噛みボタボタと血を流していた、その様子に嫌な予感を感じた
「"これ"は調節してないからな、気をしっかり保てよ……まあ例え死んだとしてもナマエの屍は余の傍にずっと置いておくから安心しろ」
そう言いながら私に見せつける様に曝け出された舌からは鮮血が流れていて、私の嫌な予感は的中した、そんな些細な血液でどうにかなる物なのか、ただ血を飲ませる事を建前に私に嫌でも記憶に残るキスをしたいだけなのではないかと嫌気がさしてしまう
すぐさま立ち上がり逃げようと踵を返すが、残念な事に簡単に捕まった、ならばキスされないようにしようと顔をブンブンと振って抵抗をすると後頭部に手が添えられそのまま固定されてしまう、最後の抵抗として何があっても口を開けない様にしようと私は自身の下唇を噛み締めた
「ーーッ!?んーッ‼︎‼︎んんッ‼︎」
「ッ、は……諦めて口を開けよ」
先程の血液とは違う、生温かい感触が唇を覆う、どこかの隙間を見つけようとまるで生き物の様に這うその舌は私の背中をゾクゾクとさせる、背筋が凍るとはまさにこの事なのかと思いながらも自由な手を動かしてハデスさんを押し退けようと必死に抵抗する
バシバシッとハデスさんの腕を叩いたり、掴んで動かそうとしたり、髪の毛を掴んだりするがハデスさんは全く気に留めていない、足をバタバタと動かしても先程と同じ様に足を差し入れられて固定されてしまう
しかし、私が抵抗ばかりしているのに機嫌を損ねたのか、ハデスさんは私の首を締め上げた、唐突にやって来た苦しさから反射的に空気を求めてしまい口を開けてしまってからハデスさんの思惑に気付いた
「ッ‼︎あ"ッ、ぅあ‼︎」
「良い子だ」
ぬるりと入って来た舌と血の味に思わず声を上げてしまうがハデスさんは嬉しそうに呟いた、ハデスさんの腕を掴み首にある手を退けようとした時ハデスさんが私の足を引っ掛けて重心を崩して来た、舌と首にばかり気を取られていたのでいとも簡単に私は倒れ込んでしまう
床に広がっていた血液が背中に触れた、冷たくて気持ちが悪い、頭にはハデスさんの手がある上、直前で庇われたので痛みはないが髪の毛に血液が付いてベトベトする、今きっと私は血まみれになっているだろう
不運な事に完全にハデスさんに押し倒される形となってしまった、足をバタバタと動かしてもハデスさんは器用に押さえ込む、それどころか首を強く締め上げてくるので私は空気を求めるのに精一杯だ
「飲め、飲んでくれ、ナマエ……飲むんだ、飲め」
口を開ければ舌が捩じ込まれて、抵抗すれば押さえ込まれ、首は緩急つけて締め上げられる、肺の中の空気がなくなって来て意識が遠のくがそれを許さないと言わんばかりにハデスさんの声が聞こえてくる
血の味が口いっぱいに広がる中、せがむ様なハデスさんの声に意識が朦朧としている私はゆっくりと喉を動かした、体内に入って来たハデスさんの血は私の心臓を強く脈打たせる
こうして私は神の手によって堕とされたのだ
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