不穏な隣人、月島さん
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閉ざされた意識の中不意に冷気を感じた、どうやら窓を少し開けたままだったようだ北海道の夜は堪える、どうやら作業をしていた途中でうたた寝をしてしまったようだ、目の前には記憶が途切れる少し前に整理を行っていた書類が見えた、体を起こし時計を見ると既に深夜だ、最近動き回っているとは言え作業中に寝てしまうとは情けない、鍛錬が足りないと怒られてしまう
座っていた椅子から立ち上がるとパサリと何かが落ちた音がした、それと同時に急に背中が冷えた、視線を落とすと私の物ではない外套が落ちていた、手に取ると温かく、先程まで私の体温を外に逃がさないようにしていてくれたのが分かる、誰かがかけてくれたのだろうか
「目が覚めたか」
外套を凝視しながらまだ虚ろな頭で考えていると不意に声をかけられた、この声には聞き覚えがある、自然と身体は立ち上がり背筋が伸びた、ピシッとした姿勢でしっかりと敬礼をする、そして声をかけてきた人の名前をハッキリとした声で言うのだ
「月島、さん……?」
目が覚めると見慣れた部屋に不釣り合いの坊主頭が見えて思わず声をかけた、するとピクリと反応した後ゆっくりとこちらに歩みよってきた、ボウッとする視界の中月島さんの心配そうな表情がやたらとハッキリ見えた気がした
「大丈夫か?」
心配そうな表情のまま優しく私にそう声をかける月島さん、そこでようやく先程まで何があったか思い出した、飲み会後少々厄介な人物に絡まれてしまい月島さんに助けられた事、安心したのも相まってか酔いが回り倒れてしまった事……
視線を動かすと閉めたはずの私の鞄が大きく口を開けていた、どうやらわざわざ鍵を探して私を部屋まで運んでくれたらしい、本当に、助けてもらっただけでなくその後の介抱もしてくれるなんて、なんて優しい人なのだろうか
お礼を言おうと身体を起こすと慌てた様子でその動きを制する月島さん、しかし寝たままでは申し訳ない、大丈夫だと言って上半身のみ身体を起こした、すると月島さんはそのままパタパタと慌てた様子で台所へ行きコップに水を注ぎ手渡してくれた、それを受け取り飲み干すと乾いていた喉が潤ったと同時に酔いで熱くなっていた身体が冷やされた気がした
「本当に……何もかもありがとうございます……」
「気にするな…………怖い目にあったな」
コップを両手で包み込み、上半身だけを起こした状態だが深々と頭を下げて月島さんにお礼を言う、月島さんは私の背中を擦りながら気にするなと言ったあと言い辛そうにそう言った、きっと下手に思い出させないようにと気を使ってくれたのだろう
「大丈夫です、倒れたのも酔いのせいですから」
これ以上月島さんに無駄な心配をかけたくないと思い無理にでも微笑みながら大丈夫だと言う、しかし安心してくれると思っていた月島さんは私の言葉を聞いて顔を顰めた、上手く笑う事が出来なかったのか、そんな事ではダメだ、笑わないと、月島さんに心配をかけたくない
微笑むだけではダメだと思い軽く声を出してもう一度笑った、しかし月島さんの表情が晴れる事は無い、口を紡いで私を心配そうな表情で見るだけだ、思わず笑うのをやめて月島さんを見てしまう、どうしてそんな表情をするのだろうか、私は大丈夫なのだ、私は笑っているから、月島さんもいつものように笑って欲しい
「瀬田、瀬田は昔からそうだったよな……お前は辛い時にこそ笑うんだ、無理にでも笑って、安心させようとする……あの時も、血を沢山、沢山流しながらお前は笑っていた、大丈夫だと言って笑っていたんだ、その笑顔を見て俺は本当に大丈夫なんだと一瞬思ってしまった……その一瞬が、希望の光を見てしまった事が、絶望した後どれだけ苛まれるのかお前は知らないんだ」
月島さんは笑ってはくれなかった、心配そうな表情のままポツリポツリと話し出していつしか月島さんは辛そうな声色で何かを思い出すかのように話し始めた、昔からだとかあの時だとか、私の記憶にはない話をする月島さん、それはきっといつもロマンチストだからだと聞き流していた"前世"の話なのだろう
いつもなら"ロマンチックですね"と笑って聞き流していたはずなのに、私は何故か今回だけは月島さんの言葉に聞き入ってしまった、前世なんてあるわけが無いと、頭では思っているのにどうしてか月島さんの言葉に惹き込まれて行く、月島さんの話す事が嘘ではなく真実だと錯覚し始める
「瀬田、もう無理に笑わないでくれ、笑って誤魔化して本心を隠して、瀬田の事を知りたいのに、笑顔なのに突き放されている気持ちだ」
心臓がある位置をギュッと握って月島さんは辛そうに、辛そうに顔を歪めてそう言った、そんな月島さんの表情を見て私は今まで自分が人の為だと思って行ってきた笑顔と言う逃げ道が人を傷付けていたのかもしれないと初めて知った
月島さんは固く目を瞑って何か辛い記憶を思い出している様に見えた、そんな今にも記憶に潰されてしまいそうな月島さんを見て私は思わず月島さんの頬に手を伸ばした、スルリと頬を撫でると月島さんはハッとしたように顔を上げた
「すいません、月島さん」
月島さんの目をしっかりと見ながら謝ると月島さんは頬にある私の手に自分の手を重ねながら驚いた様な表情でこちらを見ていた、そんな月島さんに今度は無理にでは無く自然に零れた笑みを向けて私は口を開いた
「余計に心配をかけてしまいましたね……もう、誤魔化したりしません」
「瀬田……」
「許して……くれますか?」
驚いた様な表情のまま私を見ている月島さんに私は少し首を傾げてそう問いかける、月島さんが息を呑んだのが聞こえた、それと同時に先程まで合っていた月島さんの目が合わなくなってしまった、視線はこちらに向けているが月島さんが今見ているのは私ではない、そう確信した
私を通して別の何かを見ている気がした、月島さんの表情が驚いた様な表情が段々と歪んでいき今にも泣き出してしまいそうな、そんな表情に変わった、思わず月島さんを呼ぶと瞬きをした一瞬のうちに月島さんの泣き出してしまいそうな程辛そうな表情は変わっていた
「すまない、少し……感情的になりすぎたな、さっき言った事は気にしないでくれ……」
頬にある私の手をやんわりと離しながら月島さんはそう言った、そして私の手にあったコップを手に取ると再び台所に向かって歩いて行った、歩いて行く背中にどこか哀愁を感じたのは気の所為ではないだろう
思わず自分の膝を抱えてしまう、月島さんに言われた"笑って誤魔化して本心を隠している"と言う言葉を否定する事が出来ないからだ、確かに私は自分の気持ちを誤魔化して、人の顔色を伺っていたのだから、図星を付かれた上、逆にその行動が月島さんを、他人を傷付けていた事実を知ってショックを受けたのだ
ならばこれからは、少しずつでいい、しっかりと自分の気持ちを素直に伝える努力をしよう、もうこれ以上突き放していると思われて他人を傷付けたくない、そう思い立ち私はすぐさま行動に移すためベッドから降りてコップを洗っている月島さんの元へと向かう
「月島さん」
「ッ!!瀬田、驚かせるな……寝てないとダメだろ」
「私、すごく怖かったです」
声をかけると月島さんはビクリッと肩を揺らして驚いた後こちらを向いてそう言った、ご丁寧に指はベッドの方向を指している、しかし私はまず自分の気持ちを伝える事が優先だと思い言い放った、月島さんは私の急な発言にまた肩を揺らした
「何を言って……」
「あの時、月島さんが助けてくれなかったら、私はきっと彼にこの家の場所を教えていたと思います……腕を掴まれて迫られた時、凄く怖かったです……自分の心臓が痛くなる程緊張して……でも月島さんが助けてくれた時安心しました……本当に、助かりました……ありがとうございます」
制止しようとする月島さんの声に半ば被せながら私はあの時感じた気持ちを素直に伝えた、とても恐怖を感じた事、月島さんが助けてくれて本当に安心した事……言葉だけでは伝わりにくいかと思い私はゆっくりと頭を下げた、足しか見えないが月島さんが驚いているのは分かった
しかし数秒後、私が何故急にこんな行動に出たのか理解したのか月島さんは小さな声で少しだけ笑った後、私の肩に手を置いた、ゆっくりと下げていた頭を上げると、困った様に笑う月島さんの顔がそこにはあった
「本心を隠すなとは言ったが、こうにも素直だと逆に心配になるだろ……だが、ありがとう、そう言ってもらえると自分の行動が正解だったと分かる」
柔らかく笑う月島さんはいつもの月島さんで思わず私も自然に微笑んでしまう、ゆっくりとでもいい、こうしてしっかりと自分の気持ちを伝えていこう、月島さんの笑顔を見て私はそう思えた
それからはもう大丈夫だと悟ったのか月島さんは自分の家に帰って行った、帰ると言っても隣の部屋なので玄関先でずっと手を振って見送った、今日は早く寝た方がいいと釘を刺してくる月島さんにどこか実家の母親の匂いを感じながら私は頷いて
「月島さん、おやすみなさい」
と言って扉を閉めて鍵をかけた、少しして月島さんの方の玄関が閉まる音がして私はヨタヨタとした足取りで自分のベッドに倒れ込んだ、明日は休みなので最悪このまま寝てしまってもいいだろうと思いながらウトウトと瞼を落とそうとした時、ふと先程目が覚める前の夢を思い出した
作業中うたた寝をしてしまった私に冷えないようにと外套をかけてくれた人物、名前を呼ぶ前に目が覚めてしまったが一体あれは誰だったのだろうか、やたらと現実味を帯びていたあの夢は本当にただの私の頭の中だけの物だったのか、今となってはどうにも出来ない事だがやたらと引っかかっていた
「明日改めてお礼しないとなぁ……」
不意に来た眠気に襲われながら私は明日また月島さんにお礼を言おうと考えながらゆっくりと瞼を閉じた、そう言えば飲み会をしてかなり遅い時間だったのに何故月島さんはあの場に居たのだろうか、金曜日の夜だと言うのに残業でもしていたのだろうか、ならば簡単な菓子折りを持ってお礼をした方が良いのかもしれない