不穏な隣人、月島さん
name changes
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あれだけ行きたくない気持ちでいっぱいだったのに、いざ飲み始めてしまえば案外楽しく、初対面であるメンバーとも気軽に話せる程打ち解けていた、時計を確認してそろそろ場所を移して二次会でもしようと言う事になった
飲み潰れてしまった人を介抱する為にもう一人も帰る事になり、人数は八人から六人に減ったがまだ楽しめそうだったので私も二次会に参加する事にした、男性四人と女性二人になってしまったが話しているうちに打ち解けて気が合う女性なので苦ではなかった
ある程度一人の男性とも仲良くなり、部署が違うので会う事は少ないがお互い頑張ろうと激励し合う事でその場は盛り上がり無事に二次会も終了した、少々飲み過ぎた頭を抑えながらそれぞれに挨拶をして、また時期が合えばやろうとお世辞まがいの事を話して駅前で解散した
「うぅ…飲み過ぎたかも……」
思わずそう呟きながらスマホの画面を見ると時計が終電間際の時間を表示していたので思わず足取りが早くなる、パタパタと酔いが回らない程度に走っていると不意に後ろから声をかけられた、振り向くと先程まで楽しく話していた別の部署の男性で思わず驚いた声を出してしまう
「瀬田さんも帰りの方面こっちなんですか?奇遇ですね俺もなんですよ」
ニコニコと微笑みながらそう言う男性、一見爽やかそうに見えるがどこか胡散臭いと感じてしまうのは私の性格の問題だろうか、しかしいくらなんでもここで男性を拒絶して一人電車に乗り込んでも気まずくなるのは目に見えているので私も笑い返す
そうこうしているうちに男性と一緒に電車に乗り込み、席が空いているので隣同士に座り、飲み会で話していたように会話を続ける、正直な所もう十分話したとは思うが彼はそうではないようで様々な話を振ってくるので私はそれに受け答えをするのに精一杯だ
彼の投げてくるボールを必死に返していると段々と話の話題が私個人の話になっているのに気が付いた、最初こそは仕事での話題だったのに今は私の家についての話になっている気がした、"仕事がある日は何時くらいに家に着きますか"だとか"一人暮らし……ですよね?もしかして彼氏と同棲とか?"だとかそんな話題になっているのでもう会話を続ける気が引ける
なんと答えれば正解なのか分からず、ひたすら愛想笑いを続けていると待ちに待った私の家の最寄り駅の名前がアナウンスされた、しかし近くなったと言うだけで電車の扉はまだ開かない、早く開いて欲しいと懇願したのはいつぶりだろうか、もう彼の言葉も耳に入ってこない、ひたすら待っていると遂に扉が開いたので素早く立ち上がり
「今日はありがとうございました!!」
と一方的に言い放って逃げるように電車から降りた、ホームを少し走り、改札を通ってようやく一息つけた、少々無礼な行動をしてしまったと後悔したが身の危険を感じたのだ仕方ないと思い正当化する事にした
未だにバクバクと強く脈打つ心臓を抑えながら駅から出て真っ直ぐ自分のアパートへと向かう、駅から数メートル程離れた場所で流石に着いてきてはいないだろうと思いゆっくりと後ろを振り向いた、しかし、私の考えは淡い期待だと実感した
「気分が悪そうだったから、良ければ家まで送りますよ」
解散した後声をかけてきた時のようにニコニコと微笑みながら私にそう言う彼、酔いのせいか、それとも元々そう言う人物なのか、どうしてそんなにも私に執着してくるのだろうと混乱しながら思わず数歩後ろに退る、しかし彼もゆっくりとこちらに歩み寄ってくるので私達の距離は変わる事は無い
恐怖から声すら出ず、弱々しく首を振って自分の意思を示す事しか出来ない、なんて情けないのだろう、恐怖からすっかり酔いは覚めてるはずなのに身体が思うように動かないのだ、そんなぎこちない動きをする私を見て彼はニコニコと貼り付けた様な笑みを浮かべながら手を伸ばし私の腕を掴んだ
笑顔とは裏腹にギリッと腕が軋む程強く掴まれる、振り払おうとしたが今度は肩を掴まれてしまった、自然と彼との距離が近くなる、微笑んでいる筈の彼の顔はどこか黒く澱んでいるように見えた
「っ……やめてくださ、」
「どうしてそんなに逃げるんですか、俺は親切にしてるのに」
「誰か、っ助け……」
彼の手から逃れようと動くがそれを上回る力で押さえ付けられてしまう、彼の言う事も最もだ、ただ単に私が怖がっているだけで彼は親切心で行っているのかも知れない、だがこんなにも拒絶しているのに引いてくれないのは最早親切なんて物ではないだろう、いよいよ薄い涙の膜が目に浮かんだ時だった
「誰だお前、瀬田の手を離せ」
どこからか地を這う様な低い男性の声が響いた、だが私にはその声に聞き覚えがあった、思わず目を見開くと、彼の肩を背後から掴んでいる坊主頭の男性が立っていた、表情は見た事もない程憎悪に満ちていて目だけで人が殺せそうな程に殺気を飛ばしていた、坊主頭の男性……私の隣人の月島さんだ
いつも朝の挨拶をする時の優しい月島さんと同一人物とは思えない程の形相で彼を睨む月島さん、凄まじい力で肩を掴んでいるのか月島さんの腕は筋肉によって盛り上がっていた、私の肩を掴んでいる方の手を離して月島さんの手を剥がそうと掴む彼、だが月島さんはビクともしない
「聞こえなかったのか?離せと言ったんだ、その汚い手を瀬田から退けろ、瀬田を貴様なんかが穢すな」
再び地を這う様な低い声が月島さんの口から発せられる、そして彼に向けられている真っ黒に淀んだ瞳から放たれる眼力は私すらも腰が抜けてしまいそうになる程の力を持っていた
そんな月島さんを見て私の手をようやく離した彼、自由になった私だがその場から動けずにいた、本来ならすぐにその場から離れるべきなのだろう、しかし動いたら私にも噛み付いて来るのではないかと思ってしまう程の雰囲気を月島さんは纏っていたのだ
「二度と瀬田に近付くな」
月島さんがそう言うとさっきまであんなに執着してきた彼は慌てた様子で少し腰を抜かしながら駅の方へ走って行った、そんな彼を見ながら私は力なくその場にへたりこんでしまった、私がへたりこんだのを見て月島さんは素早く膝をついて私の肩を優しく掴んだ
先程まであんなに憎悪に満ちていた月島さんの表情は別人の様に穏やかな表情に変わっていて、いつもの優しい眼差しで私を見ていた、その変貌さに私はどこか恐怖を感じてしまったがそれと同時にどこか懐かしさを感じた気がした、月島さんのあんな表情は初めて見た筈なのにどこか既視感があった
一体何故、あんな異常とも思える状況に既視感を感じたのか気になったが、心拍数が急激に上がり血流が良くなった事によって覚めかけていた酔いが再び回ってきた、視界が歪み始める、身体が内側から熱くなるのを感じ、頭がフワフワとしてくる
「瀬田?」
「つ、き……しまさ、ん」
私の異変に気付いたのか月島さんが心配そうに私の顔を覗き込んだ、が、私の目には月島さんが二重になって見えていく、酷く酔った時に起こる現象だ、身体がふらつき思わずアスファルトに手をついてしまう、月島さんを見ると先程と同じく二重になって見えているが、ふと昔の、軍人さんの格好をした月島さんが見えた気がした
何回か瞬きをするとそんな不思議な格好をした月島さんではなく、いつものスーツ姿の月島さんが私に向かって何かを言っているのが見えた、しかし意識が遠のいて行くせいで月島さんが何を言っているのか分からない
頭が痛くなり、気持ち悪さを感じた時、耳鳴りの嫌な音が聞こえた、思わず目を瞑った瞬間私の身体は倒れてしまった、運良く月島さんが受け止めてくれたのでアスファルトに身体をぶつけずに済んだが、申し訳ない気持ちで一杯だった、月島さんの男性特有の硬い胸板に体を預けたまま私は意識を手放した