不穏な隣人、月島さん
name changes
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カタカタといつものようにデータを入力していく、この資料作成は期日がまだ先なので後回しでも大丈夫なのだがいつ上司からの無茶振り作業が来るか分からないので早め早めに仕事を終わらせる事ができるようにしておく、小さい文字を長い事見ていたので少々目が疲れてきた
一旦パソコンから目を離して上を向く、どこにでもあるオフィスの天井が見える、それをボーッと眺めていると段々チカチカと先程の画面の残像が天井に広がっていく、グッと目を閉じてもう一度開いてから私は疲れ目用の目薬をさす事にした
「瀬田さん」
目薬の爽快感が疲れ目を誤魔化している間目を閉じて目頭あたりを摘んでいると背後から声をかけられた、声色的に女性で聞いた感じ確か同期で入社した方だったと思いながらゆっくりと目を開けて振り向くと、そこには予想通りの人物が立っていた
「どうしました?」
なにか書類に不備でもあったのかと内心ドキドキしながら冷静に答えると女性の口から飛び出したのは予想外の言葉だった
「明後日の飲み会、一人欠席が出ちゃったから参加してくれない?」
"明後日"、"飲み会"、"参加"、その単語を聞いて私の脳みそはフル回転し始める、バレない様に視線を逸らしてパソコン画面の右下にある日付を確認すると今日の曜日は水曜日だ、明後日、つまりは金曜日の夜に飲み会があるらしい、華の金曜日とはよく言ったものだが正直な所私は家でのんびりと一人晩酌をしたい
しかし、飲み会なら確か以前断っていた記憶がある、流石に二度も飲み会を断るわけにはいかない、全く行きたくないし、参加メンバーすら分からない状態だがここは腹を括るしかないだろう、と考えるまで僅か三秒、我ながら頭の回転スピードが早すぎると思う
「いいですよ、丁度誰かと飲みたかった気分だったので」
ニッコリと笑いながらそう返すと女性は嬉しそうに跳ねて私の手を握った、そして詳しい情報はメッセージで送るとだけ伝えて自分のデスクへと戻って行く、そんな彼女の後ろ姿を見つめながら私は誰にもバレないように静かに溜め息をつくのだ
その日の帰宅途中、例の彼女からメッセージが入り飲み会の詳しい情報が入ってきた、内容は親睦会と言うなの上司の愚痴会だろう、メンバーは男女四人の計八人、メンバーの名前に目を通すと見慣れない名前が数人いるが話せない事はないだろう
確認か気遣いか、大丈夫かと聞く彼女に問題ないとだけ伝えて私はスマホをカバンにしまった、我が家のアパートを目指しながら歩く足はいつもよりどこか重たい気がした、カンカンと階段を上ると自分の家に入ろうとする月島さんとかち合ったが正直今は上手く笑顔を作る事が出来るか心配だ
「お、おかえり瀬田」
「ああ、月島さん、ただいまです」
月島さんの言葉にいつもの笑顔を心がけながら返事をして、いつもなら立ち止まって話をするがそのまま自分の家に向かって歩き出す、すると流石に月島さんは気付いた様で不思議そうに首を傾げた
「何かあったか?」
すぐさま鍵を手に取り鍵穴に挿し込んだ時月島さんが私にそう言ってきた、思わず鍵を回す手が一瞬止まってしまったがそれでは何かあったと答えているのと同じなのでそのまま動かした、カチャンッと気の抜けた音を聞いてから月島さんの方を向いた
「いえ、ちょっと眠くて…おやすみなさい月島さん」
流石に"飲み会に行きたくないのでいじけています"だなんて月島さんには言えないので、なるべく口角を上げて笑顔を作りながら月島さんにそう言った、月島さんが何かに気付いた様に顔を顰めたのを見てこのままでは月島さんに愚痴を言ってしまうと思い早々に扉を開けて月島さんに一度会釈をしてから家に入った
扉が閉まる直後月島さんが私の名前を呼んだ気がしたが扉が閉まる音によってそれは掻き消されてしまった、少々あからさまだったかもしれないが今の私はあまり余裕が無いので仕方ない、そう言い聞かせて私は静かに靴を脱いだ
次の日はもう割り切る事が出来たので月島さんにいつものように挨拶をすると安心した様に笑ってくれたので逆に心配させてしまったと罪悪感を感じた、月島さんの目に薄らと見えたクマ、きっと私より多い仕事をこなして疲れているのだろう、それなのにわざわざ隣人でしかない私の気遣いをしてくれる月島さんは本当に優しい人だ
「無理しないでくださいね」
ホームでの別れ際、自分の目の下を指さして月島さんにそう言うと、月島さんはハッとした後頭をかいて"善処する"とだけ言って歩き出した、そうして問題の飲み会の日まで私は仕事も隣人関係も何事も問題なく過ごした
カタカタとデータを入力しているとオフィス内の時計が定時を指したらしいガサガサと定時上がりをする人達が動き出す、私はまだキリがいい所まで行ってないので少し残業をしてしまおうと思い再びキーボードを打とうとした時
「瀬田さん、飲み会行くよ」
と飲み会の参加者に背後から声をかけられて手が止まった、なるべく考えないようにと仕事に集中していたので今日が金曜日だと言うのを半分忘れていた、しかし残業をしなければいけない程の仕事は残っていないしドタキャンなんてできるわけが無い
「はーい、今行きます」
私は腹を括り笑顔でそう返した、やりかけのデータをしっかりと上書き保存してパソコンの電源を落として机に広げた私物をカバンに詰め込んでいく、少々乱雑に入れてしまったが問題は無いだろう
バタバタとしながら飲み会グループに入って行く、"遅いよ"だなんて言われてしまったが行く気が乗らないのだ仕方ないだろう、と返したくなるのを我慢して軽く謝ると丁度エレベーターが着いたのでそれにぞろぞろと乗り込んで行く、エレベーター内は既に大盛り上がりで私もそれとなく会話に参加しながら会場へと向かう
会場と言ってもどこにでもある居酒屋だ、お店に入ると既に出来上がっているサラリーマン達が大きな声で話しているのが聞こえてくる、そんな人達の声を聞きながら歩いて行くと既にお店に来ていた今回の参加者が個室から手を振っていたのでそちらに向かう
「お疲れ~」
「いまさっき来たばかりだからまだ注文とかしてないよ」
「OK、とりあえず何飲む?」
「いやその前に席決めようぜ」
「上着どこにかければいい?」
「荷物ここに置くよ〜」
「えっと~…合計で何人だっけ」
「ほら早く入って入って」
個室に入ると皆がそれぞれ聞きたい事や話したい事を言い出すので個室は一時期パニックに陥ったように人の声が飛び交う、頭がクラクラするような感覚に陥って目が回りそうになるが何とか堪えながら靴を脱いで個室に入る
しばらく何を飲むか、何を食べるかで騒ぎ出した部屋だったが各々飲みたいもの、食べたいものを言い合ってそれを集計して店員に伝える事で一息つける程に落ち着いた、私も思わず溜め息をついてしまう、男女四人、それぞれ向かい合う形で座っているので私の目の前にいるのは男性だ、残念ながら顔馴染みではない
「とりあえず自己紹介しておく?」
「合コンみたい」
「良いじゃん、良いじゃん」
この飲み会を企画したであろう男女が自己紹介をし合うか言い合い、とりあえず初めて会う人もいるという事で軽い自己紹介をする事になった、私もその方が助かるので深く頷いた、自己紹介と言っても名前と部署くらいの物なのですぐに終わり、終わった頃タイミングよく飲み物が運ばれて来たのでそのまま乾杯をする
カチャンッと明るい音が響き渡ると少し低かった気分が上がっていく気がした、折角の飲みの席だ、明るくいかないと周りにも迷惑がかかってしまうだろう、そう心を入れ替えて私はグイッとグラスに入ったアルコールを飲み込んだ