不穏な隣人、月島さん
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朝起きてからも眠気は取れそうになかったので眠気覚ましに一杯の冷たい水を飲み干す、喉が冷やされる感覚が半強制的に頭を覚醒させる、思わず息を吐いてコップを軽く洗って棚に仕舞う
つけっぱなしのテレビを切ってカバンを持ち玄関を出れば決して気持ち良いとは言えない外の空気を感じる事が出来る、扉を閉めてしっかりと鍵をかけて……ふと、思わず隣を見た、いつもならこの位のタイミングで隣の家の玄関が開く筈なのだ、隣の家……つまり隣人の月島さん……
しかし数秒経ってもその玄関が開く様子はない、思わず時間を確認してしまう、いつもと同じ時間の筈だ、最近はずっと月島さんと一緒に駅まで歩いていたので今日もきっと同じ時間になると思っていた、だがどうやら今日は違うようだ
「……遅れちゃう……」
今駅に向かわないと遅れてしまう、そう自分に言い聞かせて私は後ろ髪を引かれる思いでアパートの階段を降りた、カンカンと階段の鳴る音が今日は一人分足らない、その事がやたらと気になってしまう、階段を降り終えた時思わず月島さんの部屋を見てしまった、しかし玄関が開く様子はない
「…………」
踵を返し、久しぶりに近所の生活音を聞きながら私は駅に向かって歩き出した、足取りがどこかゆっくりなのは背後から慌てた足音と月島さんの声がやってくるのではないかと期待しているからだろう、しかし結局月島さんが来る事はなく私は駅に着いた、改札を通ってホームで電車を待っていても月島さんの影を探しているのは気の所為ではないだろう
電車に乗り込みこんな気分で仕事が捗るのか心配だったが、私もいい大人だ、気分云々で仕事のクオリティを落とすわけにもいかない……頭ではわかっているのにつもりなのに無意識に溜め息をついてしまう、少しでも気分を上げるためにカバンの奥に移動していたイヤホンを取り出して久しぶりに音楽を聴く事にした
一度落ちてしまった気分を上げるのは簡単な事ではなかった、結局仕事のクオリティを落とさないようにと思っていたのに私は普段よりデータの打ち込みミスやコピー枚数のミスなど小さなミスが目立っていた、それは他人から見ても同じなようで、先輩が少しだけ仕事を手伝ってくれた
先輩に対し申し訳なさを感じつつ手を動かして定時少し過ぎに今日分の仕事を片付ける事が出来た、先輩が偶にはそんな日もあると励ましてくれて気持ちは少し落ち着いた、思えば月島さんと一緒に駅に行き始めたのは最近だったし、それまでは一人で行っていたのでこんなにも気分を落とす事ではないのかもしれない
「……でもなんか、寂しいんだよなぁ……」
思わずポツリと呟いた私の言葉は帰宅ラッシュ過ぎの電車の音に掻き消された、ラッシュを過ぎると優に座席に座れるので少し嬉しい気もする、だが一刻も早く帰りたい時は帰宅ラッシュ時の電車の方が早いので悩ましいところだ
ボーッと窓の外を眺める、相変わらず街並みは活気付いていてオフィス街の照明とそれに合わせるように飲食店街のネオンが目立つ、太陽が完全に落ちているので窓に疲れた顔の自分が反射する、その姿を見て思わず溜め息をついてしまう
電車を降りて改札を通り、見慣れた道を歩く、よく月島さんと仕事の愚痴などをボヤきながら歩いた道だが今日は一人で歩いている、途中何度か振り返って月島さんが居ないか探してしまったが、数人の見知らぬサラリーマンが歩いているだけだった
「風邪とか引いてないかな……」
いつものようにカンカンと音を響かせながら階段を登って思わず月島さんの家の玄関を見ながらそう呟いてしまう、いつもの月島さんの雰囲気から風邪以外の理由で仕事を休むようなタイプではないだろうし、むしろ風邪でも出勤してそうだ、思わずインターホンを鳴らそうと手を伸ばしてしまったが逆に迷惑をかけてしまうと申し訳ないので手を引っ込めて自分の家に戻った
結局今日は一日月島さんの姿を見る事はできなかった、ここ最近ずっと月島さんと顔を合わせていたのでなんだか物足りない気持ちになったが晩御飯の支度をする事にした
「…………今日も、かぁ」
カチャリと玄関の鍵を締めながら思わずそう呟いた、結局あれから月島さんと一度も会わずに一週間以上が経過した、人間と言うものは慣れる生き物で、三日目辺りから月島さんと会わない生活に違和感を感じなくなった、しかしほぼ毎日会っていた人に急に一週間以上も会わなくなるといよいよ本気で心配になってくる
今日の帰りに会わなかったらやはりインターホンを鳴らして様子を見るべきだろうかなど考えながら既に慣れてしまった駅までの道のりを歩く、ほとんど流れ作業のような動きで改札を通り電車に乗り込む、しばらく電車に揺られればあっという間に職場のある駅だ
首の凝りを感じながら職場へと向かいコキコキと動かして凝りを解す、しばらくマッサージをしていないなぁと頭の片隅で思いながら事務所の扉を開けて挨拶をしてから自分のデスクへと向かう、チラホラと既に仕事を始めている人も見えたので私も荷物を置いてパソコンを起動させた
「……このままいけば定時には帰れそうかな」
カタカタといつものように仕事を処理しながら時計と残っている仕事を見比べて思わずそう呟いた、憂鬱だった朝から時間も経っているのもあって仕事中はほとんど忘れていた月島さんの事がふいに頭をよぎった、そして同時に月島さんがよく仕事量が多くて残業ばかりしてしまうと漏らしていた事を思い出した
一瞬、仕事を少し増やしてちょっと残業してみようかと思ってしまったが体が疲れているのもあってそんな馬鹿げた考えは首を振って吹き飛ばした、第一そんな事をしても月島さんと確実に会える訳ではない
「なんか、月島さんに振り回されてる気がするなぁ……」
思わずそう呟いてしまったが私の小さなボヤきは周りの人がカタカタとキーボードを叩く音によって掻き消された、私もすぐにその音を奏でる一部となって仕事を再開して定時に帰れるように仕事を処理していく
案の定、定時退社をして今日もいつも通り帰路に着く、華の金曜日、駅内はいつも以上に賑わっていて正直気が滅入ってしまったがそさくさと人の波を掻き分けて改札へ一直線に向かった、今はもう人はまばらにしか居なくて安心して道を歩く事が出来る
カンカンといつものように階段を上るが、やはり隣人の月島さんの姿はない、思わずふぅ……と溜め息をついてしまう、朝出勤をする時にインターホンを鳴らして様子を確認しようと考えていた事を思い出して私は恐る恐る月島さん宅のインターホンに手を伸ばした
思えばあんなに話している月島さんなのにインターホンを鳴らした事はおろか、こうして玄関の前に立った事もないのかもしれない、そう考えると今から私は"初めて"月島さん宅のインターホンを押すのかと少々緊張してしまう、しかし決めたからにはやらないとモヤモヤしてしまう、意を決してインターホンを人差し指で押そうとした時
「瀬田?何してるんだ?」
「ッッ!?」
背後から急に名前を呼ばれ息を飲んでビクリと肩を揺らした、慌てて振り向くとそこにはポカンとした表情の月島さんが立っていた、一週間以上ぶりに会う月島さんはいつもより少し疲れた表情をしているように見えた
「ぁ、月島さん……こんばんは……?」
「あ?ああ、こんばんは……じゃなくて何してたんだ?」
久しぶりに会って私は何を言うべきか分からずとりあえず夜の挨拶をするべきだろうと言う思考回路に辿り着き、ペコリと軽く会釈をして挨拶をした、月島さんは一瞬何を言っているのか分からないと言った表情で私を見た後同じように挨拶をして再び同じ言葉を私に投げかけた
そりゃあ自分の家の前に隣人だとしても他人が立っていたら何かしら警戒はするだろう、警戒された事に内心密かに少々傷付きながらも私はポツリポツリとここまでに至る事情を話す事にした
「え、と…ここ最近月島さんの姿を見てなかったので……ちょっと心配になってしまって、姿を見かけなくなってから、時間も結構経っていたので…インターホンでも押してみようかなぁ……って思いましてぇ……」
なんだか自分の言っている事、そしてやっている事を改めて確認するととても恥ずかしくなってきてしまう、お節介だと思われてしまうのではないだろうか、勝手に仲良しさんだと決めつけて隣人のプライベートにズケズケと入り込んで来て面倒な奴だと思われたのではないかと、様々な考えが頭の中を駆け回った
最終的には完全に月島さんの顔をしっかりと見る事が出来なくなり、視線が下に向いてしまった、弁解も自信がなくなっていきモニュモニュと口が動くだけになってしまう、そんな情けない私を見て月島さんは呆れたりしないだろうかと思いチラリと視線を上げて月島さんの表情を盗み見た、月島さんは呆れるどころかポカンとした表情のまま私を見ていた、そして私の言葉を理解したのか不意に口元を歪ませて笑いだした
「く、…ははっ!!いやっすまん、ははっ…!!」
「……なんで笑うんですか……」
「必死に弁解する瀬田が面白くてな…ふっ、心配かけたな、急な出張が入ってしばらく家を空けてたんだ」
急に笑いだした月島さんに思わず不思議そうな視線を向けてしまう、月島さんはどうやら疑われないように弁解する私の様子がツボに入ったらしい、ある程度笑うと落ち着いた様子で出張に行っていたと話し出した、そう言えば月島さんの傍には少し大きめのスーツケースがある、思わずなるほどと声を漏らしてしまう
そんな私に月島さんは何かを思い出したように声を上げた後手に持っていたビニール袋を差し出した、袋に書いてある文字を見るとどこかのお土産屋さんの名前が書いてある、もしかして……と月島さんの様子を伺うと
「出張先の土産だ、心配かけたお詫びに」
そう言いながら口角を上げる月島さん、流石にただの隣人でしかない私がそれを受け取るのはおこがましいと思い断ろうとしたが私が何か言う前に月島さんは半ば無理矢理私の手に袋を握らせた
「す、すいません……」
「そこはお礼の言葉が欲しかったな」
「ぇ、あ、……ありがとうございます」
「ああ」
申し訳なくなって思わず謝ると月島さんは腕を組んでそう言った、少々強引だなぁと思いながらお礼を言うと月島さんは納得したように頷いて自分の家の鍵を取り出した、流石にずっと玄関の前で仁王立ちするわけにもいかないので慌てて退くと月島さんは軽くお礼を言った後鍵穴に鍵を挿した
兎にも角にも、月島さんが元気そうで良かったと安心したが、ふと今後も同じ様な事が起きるかもしれないと思った、その度に今回のようなモヤモヤとした気持ちで過ごさないといけないのかと思い私は少々思い切って月島さんに提案してみた
「連絡先、交換しませんか……!!」
私が声を張るのと同時に月島さんの家の玄関が開いた、だが月島さんが動きを止めてドアノブを握っていた手も離したのでキィイ…と音を立てて扉は再び閉まった、月島さんの驚いた表情と目が合う、絶対に変な事を言ったと分かっているので段々と頬に熱が集まってくるが、今後の事も考えると連絡先くらいは交換してても問題は無いと思えたのだ
「れ、連絡先……?」
「はい!!今後今回みたいな事が起きたら嫌だなぁって思って……ダメ、ですかね?」
月島さんは驚いたまま聞き返してきたので理由も付け加えて再び聞いてみた、もう既に私の頭の中ではこの提案を無かった事にするなんて考えはなかった、チラリと月島さんを見てみると少し考えているような素振りをした後ゴソゴソとポケットの中を探り出した
「確かにそうだな、俺も瀬田が同じ様な事になったら心配で寝込んでしまうかもしれない」
「大袈裟ですねぇ月島さんは」
「そうかもな……案外本当の事かもしれんぞ」
どうやら月島さんは私の提案に賛成してくれたようだ、私もポケットの中からスマホを取り出して月島さんと連絡先を交換した、メッセージアプリも持っているそうだったのでメールアドレスと電話番号、そしてメッセージアプリも登録した
一覧表に載っている家族や友人に混じって隣人である月島さんの名前が混ざっているのに思わず違和感を感じてしまいながらも月島さんに初めてのメッセージを送ってみる、メッセージと言ってもスタンプ機能だ、"よろしくお願いします"と文字の書かれた動物系スタンプを送るとすぐに月島さんのスマホが鳴った
「ちゃんと届いたな」
「良かったです、月島さんプロフィール画像設定しないんですか?」
「んー……実はまだ操作に慣れてなくてな……よく分からないんだ、あ、メッセージのやり取りは出来るから安心してくれ」
たふたふと月島さんの男性的な太めの指がスマホの画面を触る、親指ではなく人差し指な所が月島さんの機械が苦手感をよく出していた、戸惑い気味に何度か画面をタップすると私の送ったスタンプの下に既読の文字が付いた、どうやらちゃんと届いたらしい
良かったと安心していると月島さんは眉を顰めながら画面と睨めっこして文字を打っていた、気の抜けた効果音が私達の間に響く、スマホの画面の光に照らされて月島さんの頑張っている姿がよく見える、その姿を静かに見守っていると私のスマホが震え出した、画面を見てみると月島さんからのメッセージだった
「と…届いたか?」
「ええ、ちゃんと届いてますよ」
心配そうに届いたか聞いてくる月島さんに私のスマホの画面を見せる、少し目を細めて私の画面を見る月島さんは自分の送ったメッセージを見ると少し口角を上げた、"よろしく、お願いする"と入力されたメッセージ、頑張って入力してくれたんだろうなぁと眺めてみる
こうして無事に連絡先を交換する事が出来た私達は明日も頑張ろうと声をかけてそれぞれの家に戻った、鍵を閉めて荷物を置いた時再びスマホが震え出した、画面を見てみると月島さんからでメッセージには"最近夜更かししてただろ、今日はちゃんと寝るように"と書かれていた
まるで保護者だなぁと思いながらも月島さんの優しい心遣いに感謝しつつお礼の言葉を返してとりあえず晩御飯の支度をする事にした、けれども少なくとも今朝にはクマなどは無かった筈なのに夜更かしの事に気付くなんて月島さんの洞察力は凄いなぁ、そう思いながら私は食材を切った
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