警鐘
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(宮田視点)
羽生蛇村で唯一の病院、その肩書きだけでも忙しさが滲み出ているだろう、内科と言っても病院は病院、何かにつけて村人が診察を求めてやってくる、朝から診察を始めて気がついたらもう昼過ぎだ
グッと伸びをすると関節が鳴った、随分と疲れが溜まっているのかもしれない、思えばここ最近ずっと診察や回診ばかりしていてろくに休んでいなかったと思う
そう思った矢先神代から連絡が入り、美耶子様が風邪をひいたかもしれないから至急来いとの連絡が入った
「ハァ……人使いの荒い連中だぁ……」
そう呟いて病院の事は美奈達に任せて神代家へ向かった、村を歩くのはどうにも慣れない、宮田の事を知る一部の村人の視線が痛いのだ
今度は誰を狙っているのかと思われているのか酷い憎悪を込めた視線が真っ白な白衣に突き刺さる中、俺はようやく神代家に辿り着いた
「美耶子様、宮田です」
そう言って部屋に入ると美耶子様は熱のせいかほんのりと頬を赤くして布団に横になっていた、付き添いの者がそさくさと部屋から出て行った
美耶子様はなにも言わずただじっと白い犬を通して俺を見ているだけだ、そんな視線を感じながらもテキパキと医者の仕事をこなす
喉の腫れ具合を見たり体温、脈拍の異常を調べる、その間美耶子様は数回軽く咳をした、その咳の仕方や今まで調べた事を合わせると美耶子様は典型的な風邪を引いてることが分かった
付き添いの者を呼び美耶子様の様態を伝えてからそれに合う薬を渡す、服用方法も正確に伝えると俺の仕事は終わった、後は薬の効き目と彼女の免疫力に任せるしかない
神代家から出て、病院に戻るためにまた村を歩いていく、疲れているからか思わずあくびが出てしまうのを我慢ながら病院を目指す
昼飯を食べてまた午後の診療を始めてから明日は休診日という事に気がついた、久しぶりに休めると分かると自然と口元が緩んでしまった
「ふぅ……じゃあまた明後日」
「はい、お疲れ様です先生」
病院の出入口にいた美奈に一言言ってから病院を後にし車に乗り自宅を目指した、自宅について明後日の支度を軽くした時ふと自分が少し熱っぽい事に気が付いた
確か今日診察したのは美耶子様を含めて七人だ、誰もかれも重症な者はいなかったが伝染る可能性は無い訳では無いので大事を取って今日は早目に寝る事にした
運良く明日は休みなのだ、最悪風邪が伝染っていても明後日診察する事は可能だろう、そう考え事をしているうちに自然と意識が遠のきいつの間にか眠っていた
ピピピピ……と言ういつもと同じ仕事がある日に同じ時間に鳴る無機質な機械音で目が覚めた、折角の休みなのに何をしてるんだと思いつつ身体を起こしアラームを止めた
直後、自分の身体がやたらとダルい事に気がついた、昨日と同じ熱っぽさに加え心做しか喉も痛い、関節の痛みも多少ある
「まさか……」
思わず呟きながらダルい身体に鞭を打ち体温計で体温を測ってみた、アラームと同じ無機質な機械音が響き現れた数字を見てみると少し高めの体温が表示されていた
典型的な風邪、どうやら患者のが伝染ってしまったようだ、オマケに体調からして患者達より重症だ、さっさと治してしまおうと薬箱を開けたが、見事に風邪薬の姿が消えていた
「くそっ……厄介な事になった」
思わずそう呟くが今自宅には俺しかいないので一人でなんとかするしかない、とは言ってもこの風邪の症状、一人で動くのにはなかなか難しいかもしれない
一瞬困ったがすぐに電話を掴みある人物へ連絡をする事にした、美奈は生憎仕事なので他の人物にだ、二、三回コールした後電話に出る音が聞こえた
(ナマエ視点)
今日は休みの日なのに早めに目が覚めたのでのんびりと朝食を食べていた時、なんの前触れもなく電話が鳴った、近くにあったのもそうだがなんとなく早く取らないといけない気がして三回目辺りのコールで電話に出た
「もしもし?」
「ナマエか?宮田だが」
「うわー、宮田先生ですか珍しい」
モグモグと朝食を食べつつ電話に出て一言言うと受話器の向こうから聞きなれた声が聞こえた、だが意外すぎて思わず叫んでしまう
宮田と私は言わば仕事仲間、私は軽い薬剤師をしていて新作の薬などを宮田先生が経営している宮田医院に届けているのだ
だが宮田先生とはプライベートでは一切関わりがない、そんな宮田先生が一体どう言う風の吹き回しで電話をかけてきたのか、少し身構えてしまう
「実は風邪を伝染されたんだ、風邪薬が丁度切れていて、来てくれないか?」
「今からですかー?おわかりの通り私は今朝ごはん中ですけど」
「薬の買取先が一つ無くなってもいいのか」
「物騒な事言わないでくださいよー、仕方ないですね、じゃあ支度したらすぐ行きますから無理せずに寝ててくださいね」
「……ありがとう」
宮田先生の頼みを渋々飲み込み、電話を切ろうとした時普段聞かない宮田先生の弱々しい礼の言葉に思わず朝食のトーストを喉につまらせそうになった
咳き込みながらも朝食の皿を雑にシンクに置き、身支度をして何個か市販の薬を鞄に詰め込み家を出た、私の家から宮田先生の自宅までは車の方が早いので車に乗り込む
そう言えば宮田先生の自宅に行くのは初めてだと思いながらも、いつか役に立つだろうと手帳に書いておいた宮田先生の自宅の住所をナビに打ち込み車を発進させた
運転中、ずっとあの宮田先生の弱々しい声が耳の奥に残っていて少し心配でモヤモヤした気持ちになった
「宮田先生ー、生きてますかー?」
玄関の扉をガンガンと叩きながらそう言うと少しして弱々しく返事をする声と共に扉が開いた、宮田先生の姿を見て私は思わず息を飲んだ
熱のせいか少し汗ばんだ額に赤みを帯びた頬、呼吸は荒く肩を上下に動かして呼吸をしている状態、目が少し潤んでそれでいて虚ろ気味だ、玄関を開けるまで数回物音がした上今扉にもたれている状態で立っているという事は移動も困難になる程ふらつくのだろう
素人が見ても恐らくただの風邪ではないのは明らかだろう、思わず絶句していると宮田先生は私の方に歩み寄ってきたがバランスを崩したのか私の方に倒れてきた、少し重かったが宮田先生を支えた、私の肩に額を当てて荒い呼吸をする宮田先生は明らかに重症だ
慌てて宮田先生の腕を肩に回して支えながらどこか横になれる部屋に向かう、宮田先生は荒い呼吸をしたまま私に寝室の場所を教えていた
宮田先生らしからぬ敷きっぱなしの布団に宮田先生を降ろしてから玄関の扉を閉めに行き、玄関先に放置していた鞄を掴み寝室へ向かった、宮田先生は体を起こしていたがまだ体調は悪そうだった
「すまない……」
「いえ、いいんですよ」
申し訳なさそうに眉を下げて謝る姿はいつもの宮田先生ではないように思えた、風邪を引くと人肌恋しくなったり無性に心寂しくなったり弱くなるが宮田先生がこんなにも弱るなんて思いもよらなかった
とりあえず宮田先生は何も食べてないらしいので台所を借りる事にして簡単で消化の良いお粥を作った、それを宮田先生に渡し食べてもらう、その後は薬を飲ませて冷えピタを貼る
「これで良いでしょう、じゃあ薬、ここに置いておきますから」
「……ああ」
先程までお粥が入っていた器を持ち、薬を目立つ所に置いて部屋を出る、そのまま器を洗い多めに作ったお粥の隣に置いておいた
寝室を覗くと宮田先生は冷えピタの冷たさが心地いいのか額に手を置いたまま目を瞑っていた、部屋に入り持ってきた荷物を手に取った時
「行くのか」
朝呼ばれた時のあの弱々しい礼の言葉と同じような言い方でそう言われ引き止められた、私は宮田先生の方を向いていないので表情は分からないが宮田先生が身体を起こしこちらを見ているのはなんとなく分かる
「ええ、宮田先生はもう大丈夫でしょう、それにこれ以上宮田先生のお宅に居るのは迷惑かと」
少し冷たい言い方をしてしまったかも知れないが、宮田先生がそんな事を言うなんてきっと熱で思考回路がおかしくなっているとしか考えられないので目を覚まして貰うためにも必要な事だ
冷たく言い放ちながら荷物を持ち上げ部屋を出ようと身体の向きを変えた時、不運にも宮田先生の表情が見えてしまった
薬剤師の仕事上病院にはよく足を運ぶが、その時によく目にする心配そうな表情の子供のように泣きそうな顔で宮田先生はこちらを見ていた、普段の宮田先生とはかけ離れていて村の求道者様を連想する表情をしている
「ナマエ」
宮田先生の表情に私が固まっていると宮田先生は表情を少し変えて私の名前を呼んできた、口元を少し釣り上げて目を細める表情はいつも私を小馬鹿にしている宮田先生の表情だった
「ナマエ、お前は今にも熱で死んでしまいそうな危険な状態の患者を見捨てるのか?」
「……私はしがない薬剤師なので……」
「薬剤師と言っても医学を学んでるはずだ」
「…………」
宮田先生の遠回しに看病をしろと言う命令から逃れようとするが、宮田先生の方が一枚上手だったようで正論を言われてしまいまさにぐうの音も出ない状況になってしまった
病にうなされている筈なのに何故急に宮田先生らしくなっているのか、先程までは弱々しかったのにと思いながら、溜め息をついて持っていた荷物を置いた
「薬等は後日、全額宮田先生に請求します」
「ああ、看病を頼みますよ、ナマエ先生」
宮田先生にそう言い枕元に座るとまたいつもの表情で笑いながら私をからかってきた宮田先生に思わず冷や汗をかいてしまった
折角の休みをこの人のために使うなんて思ってもみなかったので軽く頭痛を起こしかけてきた、私も風邪を拗らせたのかもしれないなんて、一瞬淡い期待を抱いてしまった