警鐘
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この最低で最悪な状況になってどのくらい経ったのだろうか
私が参加したのは簡単なヘリ輸送訓練だった筈だ、比較的話の合う一藤さんや不思議な人だけど悪い人ではない三沢さん、いつも気にかけてくれる沖田さん、年下だけど頼りになる存在の永井……
そんな人達と訓練をこなして、終わったらいつもみたいに打ち上げをして、美味しい物を食べて、暖かい布団で寝て……そんな訓練だった筈だ
ヘリを操縦していたパイロットが不審死してから……いや、それより前から私のこの最低で最悪な状況は始まっていたかもしれない、ヘリが墜落して班のほとんどが死んでしまった、仲が良かったみんなも、一藤さんも、沖田さんも死んでしまった、それで終わりだと思っていた
「ナマエ‼︎」
「ッ、‼︎」
かつて、優しい声色で私の名前を呼んでいた沖田さんは聞いた事ない程殺意が込められた声で私の名前を呼ぶ、この島で死んだ人間は化け物に変わって生きてる人間の命を狙うのだ、今私の目の前にいる沖田さんも例外ではない
永井がヘリ墜落時に沖田さんに庇われたと言っていた、危機的状況でも他人を優先する優しい心の持ち主だった沖田さんは今は見る影もない、私に銃口を向けて一切の躊躇なく発砲してくるその姿は悪夢以外の何物でも無かった
身を屈め、地面を転がるようにして銃弾を避けて手に持っていた小銃で沖田さんの手を目掛けて発砲する、すると運良く狙い通りの場所に当たったのか、呻き声のようなものを上げながら沖田さんは手に持っていた銃を手放す
「ッ、銃がなくても……‼︎」
煙の様な物が出てる自身の手を見た後、沖田さんはそう呟いて私に向かって来た、腕を伸ばし煙が立ち込む手は私の首を狙っている
距離を詰められて発砲できないので必然的に沖田さんと取っ組み合いの状態になる、しかし自衛官とは言え女性と男性、その力の差はどうしても出てしまう物で私はいとも簡単に地面に押し倒されてしまう、手に持っていた小銃がどこかに落ちた、馬乗りになった沖田さんは勝利を確信したのか微かに微笑みながら私の首に手を這わせようとする
「、ッ……沖田さん、やめッ」
「お母さんの為に人間は殺さないといけないんだ‼︎死ねッ‼︎死ね人間ッ‼︎」
「うぐ、ッ」
腕を振り回し抵抗するが一瞬の隙を突かれて首に手を這わされた、直後ギリギリと首を締め上げられる、窒息死、だなんて生易しいものではない、このまま首の骨を折る勢いだ、脳に酸素が送られなくなり視界が霞む
沖田さんはいつも困った様に笑う人だった
薄い眉を吊り下げて、よく笑うから目元に微かにシワがあり、それが少し目立つ、そして困った様に首元に手をやりザリザリと刈り上げられた襟足を撫でるのだ、整えられた前髪はたまに後れ毛が垂れていて、だらしないと三沢さんによく怒られていた
ポカポカとした春の陽気の様な笑顔の人だった
「ッ、かはっ……‼︎」
肺が酸素を求めているが沖田さんによって私の首は容赦なく締め上げられる、引き離そうと沖田さんの手首を掴んでいた手が反射的に跳ね上がり沖田さんを包む様に巻かれていた帯を掴んだ
掴んだ場所は丁度結び目だったらしく、帯が解かれた直後ハラリと帯は沖田さんから離れる、その瞬間先程手を撃った時の様な煙が沖田さんの全身から立ち込めた
「ぎゃあああああッ‼︎‼︎」
煙が立ち込めると沖田さんは苦しそうな叫び声を上げて私の首から手を離し、自身の身体を隠す様に頭を抱えた、首が自由になり脳に酸素が行き渡り視界がクリアになっていく、慌てて上半身を起こして何度か咳き込む、その間も沖田さんは絶えず叫び声を上げていた
「お、お……きた、さん」
クリアになった視界に帯が外れた沖田さんの姿があった、その姿は生前そのもので、肌が異常なまでに白い事以外いつもの沖田さんと変わらない、腹部にある大きなドス黒い血の跡が痛々しい、永井を守った際に負った名誉の負傷だ
沖田さんのいつもの様に整えられた前髪には一束後れ毛があった、帯なんて頭に巻くから髪の毛が崩れるのだ、また三沢さんに怒られてしまいますよと思わずそれに手を伸ばす
直後、ガシッと私の手首を掴んだのは他の誰でもない、沖田さんだ
顔を半分押さえ、見えている方の目は殺意が籠り鋭く私を睨み付けている、沖田さんに掴まれた手がギリギリと音を立てた
「……やっぱり、化け物なんだ」
思わずそう呟いていた、目の前の存在をいつから沖田さんだと勘違いしていたのだろうか、沖田さんはこんな殺意が込められた視線を私に向けない、こんなに痛くなる程私の手首を掴まない、目の前にいるのはただの化け物だ
その事を理解すると私の中で再び沖田さんが死んだ気がした、あの困った様な笑顔も、時に優しく時に厳しい頼れる人格者の姿も、モロヘイヤを永井から貰って嬉しそうにしていた姿も、三沢さんと難しい話をしていたかと思ったら急に冗談を言い出して三沢さんを笑わせていた姿も、沖田さんが私に見せてくれた光景はもう見る事はできない
沖田さんは死んだのだ
「沖田さん……ッ、なんで、なんで死んじゃったんですか……」
「フーッ、フゥーッ、‼︎」
「私を置いて一人で行ってしまうなんて、酷いです……!」
目の前で獣の様な呼吸を繰り返す化け物を前に、私は静かに涙を流した、ガクリと項垂れてももう誰も慰めてくれない、目の前の化け物を倒さなければ殺される、泣いてる暇なんてないのに
沖田さんに二度と会えない事実が私の涙腺を壊してしまったようだ、こんな状態ではもう小銃なんて握れないだろう、けれども生き残ってしまった以上私は必死に生き延びなければいけない
それが生き残ってしまった者への罰だ
涙でロクに前なんて見えない状況の中、私は地面に手を伸ばした、するとすぐに固く冷たい感触がする、先程落とした小銃だ
「沖田さん、私、死んでしまった沖田さんの為にも前に進まないといけないんです」
「…………」
「だから、ごめんなさい、沖田さん」
ポツリポツリと沖田さんに向かって話しかける私を静かに睨み付ける沖田さん、しかし私の次の行動を察したのかギリッと歯を食いしばった、沖田さんのそんな表情は生前見た事なかったのでなんだか不思議な感覚だ
変わらずこちらを睨み付けている沖田さんに私はゆっくりと先程手にした小銃を向けた、銃口がしっかり眉間を捉えているのを確認して引き金に指をかける
「沖田さん……沖田さん、ごめんなさい」
罪悪感から沖田さんに何度も謝ると先程止まったと思っていた涙が勝手にボロボロと流れ出てくる、そのせいでまた視界が歪み上手く発砲できるか自信がなくなる
そんな私の様子を静かに睨み付けていた沖田さんが不意に動き出した
「ナマエ」
「ッ、沖田さ……」
「助けて」
「ッ‼︎」
こちらに一歩近寄ってきた沖田さんは私の名前を穏やかに呼んだ、そんな沖田さんの様子に思わずなにかの奇跡が起きて沖田さんが戻ってきたのかと思ってしまう、しかし次の言葉でその考えはどこかへ行った
"助けて"だなんて、あの沖田さんが私に対して言うわけがない、そう思った瞬間、気付けば引き金を引いていた
「あ」
けたたましい衝撃音と共に自分の口から気の抜けた声が発せられた、こちらを向いていた沖田さんはいつの間にか仰向けで地面に横たわっている
明らかにあの時、沖田さんは私を油断させて殺そうとしていた、分かっているのにあの沖田さんを射殺してしまった事実に私はイマイチ頭の中が整理できないでいた
もちろん、この島に来てから発砲したのは初めてではない、だがどうしても良心が働いてしまい頭部を撃つ事が出来なかった、だがどうだろう、先程は沖田さんの眉間にしっかりと照準を合わせていた
気分が悪い
「おき、た……さん」
気が抜けた状態で発砲したからか耳鳴りがする中沖田さんの顔を覗き込んだ、するとそこには眉間に大きな穴が空いている沖田さんが横たわっていた、その傷も他の傷と同じ様に再び立ち上がった時に治されるのを理解していてもグロテクスだ
沖田さんの表情自体は目を閉じていてまるで眠っている様なのにその眉間のグロテクスな穴が沖田さんが再び死んだ事を私に伝えてくる、だとしても……
「沖田さん、死に顔綺麗だなぁ」
そんな事を呟いてしまった私はこの島に侵食され始めているのかもしれない、だがそれ程までに沖田さんの死に顔は綺麗なものだった
もう少し眺めていたいとすら思えたが早くはぐれてしまった永井達と合流しなければいけないので、私はその場を後にした
沖田さんを殺すのを躊躇っていたが、あの死に顔を見られると思えば案外簡単に殺せてしまうかもしれない
