警鐘
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「沖田さん、私を殺してください」
そう言って懇願するのは一体何度目なのだろうか、私達がいつも当たり前のように日々を過ごしていた日常という物がいとも簡単に壊されて非日常が私達を覆い尽くしてから私は一体何度この言葉を吐いたのだろう
せめて、人生の最期は尊敬している先輩に見届けて欲しい、そんなどこか歪んだ想いに気付いてから、私はずっとこの言葉を繰り返している、目の前に立っている人物がその尊敬する先輩の姿をしただけの別物だと分かっていても、私は懇願するのだ
「あはは、もちろん」
一重の細い瞳を三日月型に歪めて笑った沖田さんはその笑顔のまま私に銃口を向けた、目の前に確かに存在する"死"に私は密かに歓喜してしまう、あとは沖田さんが引き金を引けば私はこの地獄から解放される
そう思うと堪らなく安心した、ゆっくりと目を瞑り一呼吸した、さぁ、あとは沖田さんが引き金を……
「…………」
「…………」
「……沖田さん、まだですか?」
あとは引き金を引くだけなのに、沖田さんは何故か私に銃口を向けたまま固まってしまっている、目線や銃口は私に向いているので間違いなく沖田さんは私を殺そうとしている、引き金の部分に指も引っ掛けている、それなのに沖田さんは撃とうとしない
思わず沖田さんにそう声を掛けると戸惑ったような表情の沖田さんと目が合った、その表情を見た途端私は"あぁ、またか"と落胆した
「ごめんなぁ、この殻ちょっとガタきてるんだ」
私に向けていた銃をゆっくりと降ろし、銃口を下に向けて沖田さんはヘラリと笑った、見慣れた心が温まるような沖田さんの笑顔だ、しかし私が今求めているのはその笑顔ではない
「そうですか…………」
落胆しながら沖田さんに背を向けて私は歩き出す、とは言ってもただただ歩いているだけ、目的もなければ生きる気力もない、どうして私が生き残ってしまったのだろうと自己嫌悪に陥ってしまう、同じ生き残りの永井君は"最後まで足掻く"と言ってもう随分前に別行動を取っている、きっと求められているのは永井君のような考えを持つ人だろう
私は他にも生きたいと願っていた人は沢山いた筈なのに、運が良かったと言うだけでこの命を無碍に扱っている、それを理解しているからこそ私は一刻も早くこの世から消えたいのだ
「なぁナマエ、そんなに死にたいのか?」
私の後ろにピッタリとくっつくように歩いている沖田さんが不意にそう問いかけてきた、こうなる前の、生前の話し方を完璧に模した話し方は嫌でも沖田さんの笑顔を思い出させて私の涙腺を刺激してくる、一瞬涙ぐんでしまった事を悟られないように私は数回瞬きを繰り返して涙を誤魔化した
「違いますよ、死にたいんじゃなくて、沖田さんに殺して欲しいんですよ」
ヘラリと力なく笑った私の表情は沖田さんのその渇き切った瞳にどう写っているのだろうか、私の返答に沖田さんはほんの少しだけ顔を顰める、きっと私の言っている事があまり理解出来ていないのだろう
だた死ぬだけならこの世界では簡単にできる、しかし"沖田宏に殺してもらう"事ができるのは今はもうこの世界でしか出来ない事だ、本物の沖田宏は死んでしまったのだから、しかし偽物だとしても、中身が闇霊と言うただの化け物だとしても、私は沖田宏に人生の終止符を打ってもらいたい
「死ぬだけならそこにいる"彼"に撃って貰えば済みますが、沖田さんは一人しか居ないでしょう?」
「…………」
沖田さんにそう説明をしながら別の闇人がこちらに気付く前に私はその頭目掛けて小銃を発砲した、乾いた音と闇人の鳴き声が周辺に響き渡る、沖田さんはその様子を静かに見つめていた、しかしやはり闇人の間にも仲間意識があるのか、沖田さんはゆっくりとした動きでしかし確かに敵意を抱いている瞳で私に小銃を向ける
真っ黒な銃口が私の視界を占領する、その向こう側にいる沖田さんの表情はよく見えないが、私は思わず顔を綻ばせてしまう、ようやく、ようやく私は楽になれる
ゆっくりと瞳を閉じてその時を、今か今かと高鳴る鼓動の音が響く伏せられた視界の中待つ、沖田さんの指が引き金にかかった微かな音がした
「…………どうして俺なんだ?」
最期の言葉を聞いてくれるらしい、沖田さんの問いかけが真っ暗な視界の中に響く、私は薄目を開けて沖田さんの問いかけに返答する事にした
「私は沖田さんを尊敬していたです、どうせ死ぬなら最期はそんな人に殺されたいじゃないですか、だから沖田さん、私を殺してください」
両手を広げて沖田さんに対して敵意がない事を示す、相変わらず沖田さんの表情は見えないが、沖田さんがゆっくりと息を吸ったのは分かった、あとはその引き金を引くだけ……なのだが、いつまで経っても沖田さんはそれをしない
一体なぜそんなにも葛藤しているのか分からない、闇人は殻……つまり人間の死体が欲しいのではないのか、目の前にこんなにも楽に殺せる存在があるのに何故その引き金を引かないのか、今に至るまで何度か同じような場面があった、その度に沖田さんは戸惑った表情をした
「ナマエごめんなぁ、やっぱりダメだ」
まただ、沖田さんはまた私を殺してくれなかった、一体何をすれば沖田さんは私の命を奪ってくれるのだろうか
ゆっくりと下ろされていく小銃を見つめながら私は小さく溜め息をついた、申し訳なさそうに笑みを浮かべる沖田さんに私は再び背を向けてあても無く歩き始めた、やがて建物が見え始め、夜見島小中学校と書かれている銘板を横目に中に入って行く
薄暗い校舎の中には闇霊が大量発生しているようでキィキィと鳴き声が聞こえてくる、そちらに意識を向けていると視界の隅から赤黒い霧が立ち込め始めた、どうやら姿を変えた闇人が近くに居るようだ
「沖田さん、気が変わったらいつでも呼んでくださいね」
沖田さんにそう言い残し私は小銃を担いで、とりあえず邪魔な闇人を殲滅する事にした、正面からの攻撃が効かない闇人が居る事はすでに把握済みなので遮蔽物を駆使して大きな頭部の背後に回る、狙いを定めて引き金を引けば奇妙な声を上げて闇人は地面に横たわった
しかし銃を使った事により他の闇人に位置を気取られてしまったので早急に場所移動し、私を探してきた闇人の背後を狙う、のそのそと歩いて来た闇人の背後に銃口を向けて引き金を引く、するとすぐに発砲音が響き闇人は動かなくなる
こんなに簡単な事なのに何故沖田さんは殺してくれないのだろう
「ナマエ」
「ん?沖田さんどうしました?」
私のそばまでやって来た沖田さんは心なしか思い詰めたような表情をしていて、どこか痛いのかと首を傾げてしまう、沖田さんにはせめて私を殺してから死んで欲しい、このまま殺されずに死なれたら困る
「この殻ちょっとガタきてるんだ、だからいくら殻がナマエを殺すのを拒否しても、"俺"が無理矢理殻を動かせばナマエを殺す事なんて簡単にできるんだ」
沖田さんがポツリポツリと話し始めたのは私を殺す事自体は簡単に出来ると言う告白だった、"それが俺達の役割だ"と話す沖田さんはどこか寂しそうに見えるのは気のせいだろうか、いや、それよりも沖田さんの言う事が確かなら、やはりさっさと私を殺してくれないものか
「だけどな、"俺"はナマエに死んで欲しくないんだ」
乾いた笑みを浮かべる沖田さんはどこか諦めたような表情をしている、私に死んで欲しくないと願っているのは殻の沖田さんでは無く中身の闇霊なのだろう、それは闇霊としてどうなのだろうかと思うが力なく笑う沖田さんの表情に私は咎める事ができなかった
きっとこの目の前にいる沖田さんを一度撃ち殺して他の闇霊を中に入れてしまえば、きっと簡単に私を殺してくれる闇人に変わるだろう、そう思ったが私は偽物だとしても沖田さんにもう一度死を経験させるなんて出来ない、私の心から尊敬している人物を殺す事なんて出来ない
「気持ちが変わったら、いつでも殺して良いですよ」
沖田さんにそう言って私は運動場に設置してある朝礼台に腰掛けた、校舎の中にいる闇霊が先程倒した闇人に再び入り込むまでの束の間の休息
残弾数を数えるのはもうやめてしまった、無限に現れる闇霊、そして闇霊がいる限り蘇り続ける闇人、それに対して限りのある残弾、持久戦になれば勝敗は言う間でもない、それまでに是非とも沖田さんには心変わりして欲しいところだ
「沖田さん、私の願い……いつか叶えてくれますよね?」
視線を落とし沖田さんと目を合わせながらそう言う、すっかり乾ききった沖田さんの瞳はほんの少しだけ揺らいでいるように見えたが沖田さんは静かに頷いた
「あぁ……分かってる」
「お願いしますね、私は他の誰でもない、沖田さんに殺して欲しいんですよ」
沖田さんに向かってニッコリと笑った後、私は小銃を構える、先程倒した闇人に新しい闇霊が入り込んだからだ、モゾモゾと手足を動かし始めているので起き上がるのも時間の問題だ
私は沖田さんに殺されるまで誰にも殺されたくない、起き上がった瞬間に弾丸を大量に撃ち込んでしまえば闇人は再び回復に回る為に伏せってくれる、動かなくなった闇人を見下ろしながら私はまた束の間の休息を楽しむ、残弾数は後どのくらいなのだろうか、沖田さんはまだ私を殺すつもりはないらしい、何も言わずにそばに居るだけだが私はそれでも良かった、校舎からまた一体闇霊が落ちてくる、少しすれば私はこの小銃を使う事になるだろう、闇霊の行く先に目を向けながら私は小さく溜め息をついた
「私ずっと待ってますから」
「分かってる……分かってるよナマエ」
もし誰か、生き残りの人間がこの夜見島小中学校に来てくれたら弾を共有してほんの少しでも余裕ができるだろうが、わざわざこんな所に来る人間は居ないだろう
闇人が起き上がり始めた、私は冷静に小銃を構える、同胞に銃を向けている私に沖田さんは何も言わない、あと何回同じ事を繰り返せば私は沖田さんに殺してもらえるのだろうか、そんな事を頭の片隅で思いながら引き金を引く
乾いた音が響く、その音に混じるように誰かがこちらに向かって歩いてくる足音がしているのだが、この時の私は気付かなかった、その足音が数時間前に分かれて行動していた永井君の物だと言う事も
永井君が行方不明になっていたTNT爆弾を片手に持っている事も、それを使い沖田さんを倒そうとしている事も、この時の私は気付かなかった
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