警鐘
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初夏、過ごしやすかった春の季節に別れを告げた途端、茹だるような熱を出し始めた太陽を思わず睨みつける、太陽が鎮座する空はいくつもの積乱雲が漂っていた
「これは今日も降るなぁ」
季節の変わり目だからか、やはり大気の状態は不安定なようで最近ではよく突発的な雨が降る、積乱雲を目にした後手に持っていたスマートフォンで天気予報のサイトを覗くと、やはり夕方から雨が降るらしい、用事を済ます頃に降り始めると書かれた文字を見て思わずため息をついてしまった
せめて今の時期だけは折り畳み傘を持ち運ぼうと密かに心に決めながら私はコンビニに入り、出入口付近にあるビニール傘を買った
結果としては、予報通り、丁度用事が済んだ直後にポツポツと雨が降り始めた、どんよりと淀み憎たらしく感じる空を一睨みしながらあらかじめ買っておいたビニール傘を広げる
既に日も暮れ、更に雨が降っているのもあって良好とは言えない視界の中、傘に当たる雨音を聞きながら私は帰路に着く
「あぁ……疲れたなぁ」
そう呟きながらパシャパシャと足元にある小さな水溜まりに足をつけながら歩いて行く、周りには同じようにパシャパシャと水音を鳴らしながら歩いている人や走っている人など様々な人々が見える
特に気にする事もなく歩いているとふと、雨音に混じり耳元で鈴が鳴るような音が聞こえてきた、チリチリと高い音に反応して思わず伏せがちだった顔を上げて周りを見渡す
「鈴……?」
初め聞こえてきた場所よりも少し進んでいるが鈴の音の位置は変わらず耳元から聞こえるだけだ、なにか違和感を感じおかしいと思いながら今度は足を止めて周りを見渡す、後ろを歩いていた人が驚いたように微かに声を上げて私を避けて再び歩き出した
私の背後を人が通り過ぎた後、ふと自分の視線の少し先に一人、奇抜な格好をした人が佇んでいるのが見えた、その人が視界に入った途端、まるで時が止まったかのように周りの雑音が遮断された気がした
先程まで聞こえていた雨音すら意識の向こう側から聞こえているような微かな音になり、人々が歩く音もほとんど聞こえない、唯一私の意識の中に響くのは鈴の音のみ
チリチリと聞こえてくる鈴の音を聞きながら奇抜な格好をした人を視界に捉えているとなんだか不思議な感覚に陥ってしまう、思考がフワフワと定まらなくなってきた気がした瞬間、その人と目が合った気がした
「ッ、……」
じっと見ていては失礼だと思い慌てて目を逸らす、変に因縁を付けられて絡まれても嫌だ、さり気なく傘を低く持ち、なるべく視線を合わせないようにしてその人の横を通り過ぎる
いつの間にか鈴の音は聞こえなくなっていて、日常的に聞いているいつもの雑音がしっかりと鼓膜を揺らしていた
いつも通りの道を歩いて何事もなく無事に帰宅する事ができた、足元についた雨水をタオルで拭き取り、身体が冷える前にお風呂の支度をする
「はぁっ、本当にこの時期の天気はやだなぁ……夏の空に積乱雲って言うのは結構好きなんだけど」
浴槽に溜まっていくお湯を眺めながら思わずそう呟いた、鬱陶しいと思いながらもやはり夏には蝉の鳴き声と青い空、そして真っ白な積乱雲が似合うのだ、茹だるような暑さでも時期が過ぎれば懐かしいと思いノスタルジーに浸る時もある
結局のところ四季を楽しめるのが日本の良い所なのかもしれない
「そう言えば……」
夏らしい通り雨について考えていた時、ふと先程道で見かけた奇抜な格好をした人を思い出した、結局あの人は何故こちらを見ていたのか、何故あの時鈴の音が聞こえてきたのか全く分からなかった
"不思議な人"と一言で言ってしまえばそれで終わりなのだが、こんな夏の時期で雨も降っている為湿気が強めの中あの人が着ていた服装が気になった、遠目から見ただけで今はあまり覚えていないが、真っ黒な上着に青いストールか何かを身に付けていてお洒落に着こなしていたが……
「あんな厚着して熱中症とかで倒れたりしないのかな?」
真っ先に思い浮かんだのはその一言だった、外気的な暑さだけでなく、湿気もあるというのに、あの人はまるで極端に日光を遮る様に厚着をしていた、もっとも、あの時は雨が降っていて日光なんて出ていなかったが紫外線と言うのは強い日は曇り空でも貫通してくると聞く、しかし日傘などをさせば防ぐ事ができる
あの人も厚着なんてせずに日傘をさしてしまえばいいのに、なんて思った時だった、あの光景に違和感を感じ、そしてあの奇抜な格好をした人が傘をさしていなかった事に気が付いた、雨宿りでもしていたのだろうと思ったがあんな大雨の中雨宿りするにはあの場所は不釣り合いだ
そこまで考えた時、私はもう一つの違和感を思い出した、あの人はあんな大雨の中に立っていたのにも関わらず服が全く濡れていなかったのだ、傘をさしていた私でさえ足元や鞄、肩などが濡れていると言うのに
「……不思議な事もあるって事かな」
あまり深く考えないようにするために思わずそう呟いた、しかしどう考えてもあの状況はおかしいと感じた、思わず目を細めてあの時の光景を思い浮かべてしまう
チリチリと穏やかに鳴る鈴の音と共に視界に捉えたあの人は、本当に存在していたのだろうか、幽霊とは言わない、白昼夢と言うか幻覚と言うか……とにかく私が勘違いなどをしたのだろうか……
しかしあの奇抜な格好はどう考えても私の脳内で造り上げるのは難しいだろう
「なんであんな幻覚が見えたのかなぁ……疲れてるとか?……怖い」
思わず身震いしながらそう呟いた、あの光景を思い出すとまた鈴の音が聞こえてきそうだ、穏やかな音とは裏腹にそのままどこかへ連れて行かれそうな気持ちになるようなあの不思議な音色
もう聞く事がありませんようにと祈った時、視界の端に赤い花が良く映える青色の帯が見えた気がした、慌ててその方向に目をやったが当然そこには何も無かった
初めは何かの見間違いかと思ったが、私はある事に気が付いた、いや、気付いてしまった
あの奇抜な格好をした人は、ストールを身に付けていたのではない、青色の帯を体に巻き付けるように身に付けていたのだと、そしてその格好がハッキリと目に浮かんだ時、チリ…チリ……と家の外から鈴の音が聞こえてきた気がした
「ッ」
思わず息を飲み、玄関に目を向けた、チリ、チリ……チリ……と微かだが確かにあの鈴の音が聞こえてくる、呆然としていると鈴の音が私の家の玄関の前で止まった
固唾を飲んだ時、微かな音を立てて玄関のドアノブが下がった、鍵はかけているしチェーンロックも付けている、中に入られる事はない、大丈夫、大丈夫
そう自分に言い聞かせなければ我慢できずに悲鳴をあげてしまいそうだった、ドク、ドクッ……と自分の心臓の音がやたらと聞こえている気がする
鈴の音が聞こえる中、警戒しながら玄関を見つめていた時だった、一瞬鈴の音が聞こえなくなった直後、チリン。と一際大きな音が自分の耳元で聞こえた
「ナマエ」
自分の名前を呼ばれたと思った瞬間、再び私の視界の端に青色の中で咲く真っ赤な花が見えた気がした、直後私の意識は暗闇の中へ吸い込まれていった、しばらくして目が覚めると私は廊下に伏せって倒れていた、浴槽には程よくお湯が溜まっている
一瞬全て夢だったのだろうかと思ったが窓の外から聞こえてくる激しい雨音はあの幻覚を思い出させるには充分で、私は小さい息を吐いた
今度会ったら私は"連れて行かれて"しまうのだろう、と何となく感じていた、今度鈴の音が聞こえてきたら私はきっと逃げられない、あの青色の帯を身に纏う者からは