警鐘
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(三人称視点)
けたたましく鳴いていた筈の蝉達の声が聞こえなくなってしばらく経ち、自衛官達が活動する駐屯地にも秋が訪れていた、茹だるような熱を持つ夏とは違い比較的過ごしやすく冬の気配も感じ始める秋の風を感じながら駐屯地の休憩室の窓際で、一人タバコを咥えて先日の失敗を思い出しては項垂れている男性が一人
周りの人間からは人格者だと評される男性の名は沖田宏、彼がしでかした失敗は他人から見れば実につまらない物だった、実際休憩室に来る前に相談を受けた彼のバディである永井頼人は苦笑いをしていた、自身のバディのぎこちない微笑みを思い出して沖田はまた大きく溜め息をついた
息を吐くと肺に貯めていたタバコの煙も一緒に吐き出される、タバコの成分が効いたのか幾分か心は落ち着いている気がしたがタバコの煙を吐き出しても彼の失敗が取り消される事は無い
「溜め息ばかりついていたら幸せが逃げちゃいますよ沖田さん」
「あー……ナマエか」
「お疲れ様です、一藤さんから聞きましたよ、ヘマやらかしたって」
「……こりゃあ明日には駐屯地全体に広がってるな」
「いえ、もう全員知ってると思いますよ」
「…………」
溜め息をついている沖田のところにやってきたのは彼を慕う部下の一人であるナマエ、女性でありながらも自衛官として立派に活躍している人物で沖田が所属している小隊の一員だ、彼女の口から自身の失敗が駐屯地全体に広がってると伝えられて沖田はまた項垂れた
自然な流れで沖田の隣に立つナマエはそんな沖田の姿を見て面白い物でも見るかのように口角を上げていた、実際、彼女にとっては沖田の失敗談は他人とは違い面白い物だった
彼女の目には人格者だと評されて更には訓練中の迅速な対応、他人を気遣いながらも自身の活動範囲を良く理解して上手く立ち回り訓練をこなしていく沖田が失敗をしない完璧な人間のように見えていたので、今回彼の失敗を聞いて沖田も自分と同じ失敗をする人間なのだと実感し、密かに安心していたりもする
「それにしても沖田さんがあんな失敗をするなんて思ってもみませんでした」
「……仕方ないだろ……知り合って間もなかったし、第一誰だって満足に話した事も無い人にあんな事言われたら困惑するだろ」
彼の意外な一面が見れてニコニコと笑い心做しか嬉しそうな彼女とは真逆で沖田は疲れきった顔で失敗の言い訳をする、そしてそれと同時に失敗をした時の事を思い出す、彼の失敗は小隊長の一藤一佐の一言から始まったのだ
「一般の女性達と飲むからお前も着いてこい」
仕事終わり明日の休みをどう過ごそうかと考えていた時に言われたこの言葉、一藤一佐の後ろには沖田と同じように声をかけられたのか見慣れた顔が何人か皆浮き足立ってるような表情で立っていた、誰も彼も沖田と同じような恋人がいない独り身だったので沖田は直ぐに一藤一佐の意図に気付いたが
正直、今の沖田にはそのような場は必要ないものだった、導くべき部下やバディはいるし、目標にすべきである上司もいる、仕事も慣れてきて楽しいと思える時期がやってきてしばらく経つので余裕ができて今までやりたかった事を存分に楽しんでいるのだ
しかしここで一藤一佐の好意を無下にもできない、パッと表情を明るくして沖田は一藤にお礼を言って他の者と同じように一藤の後ろに並んで後に続いた、この時理由をつけて断っていれば今回失敗をする事もなかったのかもしれない
「自衛隊の人ってバディって人がいるんですよねぇ?」
「バディ?あぁ、相棒みたいな?」
「そうそう、そんな感じの」
ガヤガヤと各々が会話を楽しむ騒がしい空間で一藤に連れられた沖田達は久しぶりの一般女性を前に酒を飲んでいた、沖田はいつも通りのペースで飲んでいたが他の者は緊張からかハイペースで飲んでしまい既に出来上がっている者もチラホラといた
そんな中、女性達が沖田と残った者達に自衛隊のバディ制度について話し始めた、初めは気にしていなかった沖田だったがある一人の女性が自身の隣に移動して来て不意に話しかけた
「えー、じゃあもし私が"私とバディどっちが大切なの?"って聞いたらどう答えるんですか?」
彼女が沖田に対して好意を寄せているのは他人から見ても明白だった、しかし当の沖田は元々参加する気が薄らいでいたのでそんな明らかな好意に気付く事ができなかった、今思えばこれが彼を失敗に導く一つの要因だったのかもしれない
「え、バディでしょ相棒だし」
女性の問いに全く考えず素で答えてしまった沖田、嘘でも女性を取らないといけないのは明らかだったのに何故彼はバディの方を取ったのか、ただ単に彼にとって今日初めて会って数時間しか経っていない女性より明らかにバディの方が大切だと感じたのだ、ただそれだけの単純な理由、しかしそれが大きな失敗だった、それに気付いたのは沖田が言葉を発してすぐだった
問いかけてきた女性も、周りにいた女性も沖田を軽蔑したような目で見ていたのを見て沖田はやってしまったと思ったが後の祭り、女性の機嫌を損ねた沖田はその後一人で飲む事になる……
これが沖田の苦い失敗だった、それを見ていた一藤や他の者達は、あの何事もそつなくこなし人格者と評される沖田がやらかしたと面白おかしく駐屯地内に広めていったのだ
「バディは確かに大切な存在ですけど、そこは嘘でも女性と答えるべきでしたね沖田さん」
「……分かってたんだけどなぁ、完全に素だったから……」
「なにか他の事でも考えていたんですか?」
「いや、そう言う訳じゃなくて……まあ、あまり乗る気ではなかったけど……」
ナマエにダメ出しをされて沖田は困ったように頬を掻きながら答える、ナマエも沖田がそんな失敗をするとは思ってもみなかったので少々驚いてはいた、沖田が実はあの飲み会は乗る気ではなかったと呟いたのが聞こえて思わず首を傾げるナマエ
「どう言う事ですか?」
「いや気にしなくていい……」
「……そうですか?」
ナマエには知られたくないとある理由を隠すために沖田は気にしなくていいと誤魔化した、そしてそれと同時になにか話題を変えようと思考を巡らせる、ふと、少し前に聞いた噂を思い出した
ナマエに関係する噂で、内容も内容なので少し言うのを躊躇った沖田だったが、このまま話題が変わらなければいつか理由を聞かれてしまうかもしれないという焦りから咄嗟に口にした
「そ、そう言えばナマエも少し前に何かやらかしたって聞いたぞ?あれからどうなったんだ?」
「え」
直後沖田は自分が放ったこの言葉を酷く後悔する事になる、沖田の言葉を聞いてナマエは分かりやすく気分を下げた
「………………誰から聞いたんですか」
「え、あ……永井、から……」
「永井め……後でシメる」
今まで聞いた事の無いナマエの低い声に沖田は驚きながらも噂話を教えてくれた永井の事を伝える、ナマエは永井の名前を聞くと眉間に皺を寄せてボソリとそう呟いた
今後バディがナマエにどのような制裁が加えられるのかは分からないが、自分が軽率に放った言葉でバディの身に危険が迫る事を沖田は謝りながら心の中で合掌するしか無い
しかし小隊の中でも温厚な人物であるナマエがこんなにも取り乱すと言う事は、なにかしらの大きな理由があるのだと沖田は考えていた、永井からは"ナマエがヘマをやらかした"としか聞いてなく、ナマエのやらかした話の細かい話は知らない
「良ければさ、何があったのか教えてよ」
なるべく刺激しないように穏やかな口調でナマエに問いかける沖田は流石人格者と言ったところか、取り乱していたナマエは自分とは対象的に落ち着いた様子の沖田を見て少し冷静さを取り戻したのかゆっくりとポツリポツリ話し出した
事の発端は飲み会の席、沖田とは違い普通の同期のメンバーとの親睦会兼上司の愚痴大会だった、普段弱音を吐く事が許されない自衛官と言う立場もこの飲み会の席では姿を消していたのをナマエは覚えていた
飲み会は特に何も問題なく終わる予定だったのだ、本当なら
「そう言えば皆、恋人とか浮ついた話ないの?」
一人のナマエの同期である女性自衛官が声を上げた、これが一つの要因だった、普段は色恋沙汰の話など滅多にしない自衛官達は酒も入ってるのもあってか大いに盛り上がる
「私は彼氏と仲良くやってるよ」
「俺も」
「最近彼女と別れた……」
「そもそも彼氏がいない」
等々それぞれの恋事情が聞こえてくる、そんな中彼氏と呼べる存在がいないナマエは少々肩身が狭かったが気配を消してなんとか自分に話が振られないようにしていた、そんな時だった
「ナマエは?」
不意に振られたその言葉を発したのはナマエと仲の良い女性自衛官だった、特に悪気のないその一言だったが、悪気がないからこそナマエの心を少々傷付けた、しかしナマエも大人だ、自分の機嫌一つで周りの空気を壊すわけにもいかない
なるべくすぐに興味が無くなるようにとナマエは敢えて落ち着いた口調で話す事にした、これなら無闇矢鱈に掘り下げられる事無く自分の話題はすぐに終わるだろうと思っていた、しかしそれが間違いだと言う事をナマエは後に知る事になる
「あー……彼氏いないから」
「えぇ!?そうだったの!?じゃあ好きな人は?」
「えっ……居ないけど」
「えぇ!?嘘ォ!?」
自分の落ち着いた口調とは裏腹にテンションが上がっていく友人にナマエは少したじたじとしてしまう、酒が入っているからだろうか、ナマエの友人はいつもとは少し雰囲気が異なり少々大袈裟なリアクションをしている
そんな友人の声を聞いて周りの人達がナマエの方へと意識を向けた、様々な人の視線が自分に集まっている事を知りナマエは少し顔を赤らめる、そんなナマエに友人はすかさず問いかけた
「じゃあ好きなタイプは?」
この質問が後にナマエを気分を下げる原因になるとは誰も予想しなかった、会話の流れは実に普通で、彼氏も好きな人も居ないナマエに恋愛的な話題を振るのはこのくらいしかネタが無いのだ
夢主の問いかけにナマエは少し考えた後自分の中でこれは譲れないと思う男性の特徴を口にした
「うーん……私より強い人かな?」
一般のか弱い女性がこれを口にすれば大抵の男性はやる気になるだろう、しかし発したのはナマエ、自衛官と言う職業に就いているナマエだ、一般の男性ならほぼ勝ち目はない、しかし現在ナマエの周りにいるのは全員が自衛官だ自分より小さい女性であるナマエなら、と考える人間も少なくない
「じゃあ俺と乱取りでもするか」
「俺も俺も」
酒が入っているのもあって浮かれた考えを持った男性が手を挙げて主張しながら声を上げた、その場のノリか、それとも本当にナマエに気があって声を上げたのかは不明だが、兎にも角にもこの男性達は哀しい結末を迎える事になる
ナマエはただの女性自衛官ではない
父親が柔道の講師、弟は柔道で地方の大会で優勝し、ナマエも同じく小さい頃から柔道の経験があり、一般人はおろか男性自衛官をも重心をずらして投げ飛ばす事が出来る実に優秀な女性自衛官だ
そんなナマエに酒が入った状態で挑むとどうなるのかは明白だった、案の定、ヤケになり挑んでくる男性自衛官を次々に薙ぎ払い、死屍累々の中をナマエは一人立っていた、その後の結果は言わずもがな、ナマエは萎縮されて誰にも声をかけられず一人で酒を飲み進めていた
「…………なんと言うか……うん、ごめんな」
「なんで謝るんですか、謝らないでくださいよ哀しくなります」
「あははっごめんごめん、そんなつもりはなかった」
ナマエの話を聞いて沖田はいたたまれなくなり気が付くと謝っていた、そんな沖田の謝罪を聞くと本当に救いがないように思えてしまいナマエはとてつもなく哀しくなった、お互い爆弾発言をして失敗をしたもの同士、親近感が湧かないはずもなく、二人は何を言うわけでもなくほぼ同時に励ますように肩に手をやっていた
それにしても……と不意に沖田が顎に手を添えて話し出す
「ナマエも悪い子だなぁ、自分より強い人だなんて数少ないのに……それこそ俺や三沢さん、一藤さんしかいないよ」
ヘラと笑ってそう言う沖田、確かにナマエに敵う自衛官はこの駐屯地では三沢や沖田などなど、上手く立ち回る方法を取ったり、力技で押し通すタイプの人物くらいだ、それこそ沖田のバディである永井もナマエと勝負をすれば半分以上の確率でナマエに負けるだろう、永井には伸び代はあるがまだまだ経験者に追いつくには努力がいる
沖田の言葉にナマエはそうですねと言いながら控えめに笑った、そんなナマエの笑顔を見て沖田はどこか安心したように密かにフッと息を吐いた
「はーぁ、どこかに良い人居ませんかねぇ……」
「そうだなぁ……」
溜め息混じりにそう呟くナマエと沖田はまだ気付いていない、自分の目の前にいる人物が一番己を理解してくれている存在だと言う事を、お互い同じ職場に務めているで職種への理解があり、なにより沖田はナマエに勝つ事が出来る
これ程までに条件を満たした異性はいないだろうに、両方とも気付いていない、互いに異性として意識していない事も一つの原因であった、このままこの二人は一緒になる事無く終わると思われた時だった
「……俺は確実にナマエに勝てるけど、どう?」
首を優しく傾けながらナマエを見上げるように視線を上げてそう聞く沖田の声は優しかった、何故急にそんな事を言うのか、沖田は先程のナマエの一言に密かにナマエを異性として意識し始めていたのだった
そんな沖田の、若干熱を孕んだ言葉にナマエは顔を赤らめた、異性として見る事のなかった頼れる上司が急に熱を帯びた視線を向けてきたのだ、沖田以外の人間なら簡単に押し退けてその場を立ち去ったであろうナマエは沖田の言葉に対してマトモな返事をする事が出来なかった
軽々しい雰囲気を纏いながらも、沖田の表情は真剣そのものだったからだ、沖田があまりにも真剣な表情になるので冗談で言った言葉ではない事をナマエは理解したのだ
「ぁ……えぇ?」
「ナマエならこの間の女性みたいなイザコザはないだろうし、特別待遇でちょっと優先するよ……どう?付き合っちゃう?」
驚いてしまい思わず情けない声を上げたナマエに沖田はもう一度ナマエを見つめてそう言った、沖田のいつもとは遥かに違う熱を帯びた視線にナマエは思わず息を飲む
先程と同じように軽々しい雰囲気を纏っている沖田だが、その耳が少しだけ赤らんでいた、沖田も自分と同じような気持ちになっている事に気付いたナマエはどこか嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった
互いに断る理由はない筈だ
とっくにそんな事はナマエも沖田も気付いている、答えなんて分かりきった事だ、しかし沖田はナマエの口から、ナマエの言葉で、自分のアプローチを受けて欲しかったのだ
沖田が思っていた回答が返って来たのは激しく脈打っていたナマエの心臓が落ち着いてからだった